虹色の未来を

わだすう

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25,無慈悲

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「陛下」

 そこへ、シオンがやってくる。人の気配を探るのが得意なシオンも、気配を消していた王を探し出すことは困難だった。蓮と王が会えたことでようやく把握出来たのだ。

「ご無事で安心いたしました。お怪我はありませんか」

 微笑み、広げた傘をふたりに差し出す。その傘をさす余裕はなかったので、シオンもびしょ濡れだが。

「陛下ぁあ!!」

 そこに、さらにびしょ濡れのクラウドが走ってくる。

「はぁああ~…良かった…。申し訳ありませんでした、陛下…!!」

 崩折れるように膝をつき、頭を下げる。やはりクラウドも王の姿どころか気配も見つけられず、蓮とシオンの気配に気づき、すがる思いで走ってきたのだ。

「まずはお着替えをしなくてはなりませんね。今夜の宿に参りましょう」

 着替えの荷物などは今夜泊まる宿に預けてある。シオンは蓮を抱きしめたまま動かない王に手を伸ばす。しかし

「触るな」

 威圧的な低い声で拒絶され、手が止まる。

「陛下…?」
「昨晩、いや、この2年、貴様らは何度レンを辱め、苦痛を与えた」
「陛下?何を…」

 クラウドも何を言い出すのかと、混乱気味に王を見つめる。

「この、腹の痣。役目ゆえという由では通らぬ。我をあざむくことは出来ぬぞ…!!」
「「!!?」」

 爆発的に高まる覇気。コンタクトレンズをつけているにも関わらず、その両眼が金色に光り輝いていることがわかる。大地が、空気が震え、どしゃ降りの雨が一瞬空中に止まる。シオンとクラウドはその恐ろしいほどの強大な覇気に動けなくなる。

「ティル、違ぇって!」

 シオンとクラウドがこのアザが出来るほど殴り、常日頃から暴力を加えていると思っているのか。蓮は否定しようとするが

「黙っていろ、レン」
「…っ」

 金眼の力か、恐怖のせいか、声が出なくなる。王の抱きしめる力が強くなり、濡れた上着がギチっと引きつれ、身体を離すことも出来ない。

「陛下」

 シオンは傘を置き、地に片膝をつく。

「レン様のそのお怪我は我々によるものではありません。昨晩、宿の廊下にて暴漢に襲われた際に負われたものです」
「ほう…そのような件が、何故我は初耳なのだ」

 話に対する王の反応があり、少し安堵して話を続ける。

「陛下にご心配をおかけしたくないというレン様のお気持ちを慮り、ご報告は控えておりました。しかし、レン様にお辛い思いをさせてしまったのは我々の失態に変わりありません。然るべき罰を受ける覚悟でございます」

 と、頭を下げる。

「陛下!わ、私の失態です!私が不用意にレン…様をおひとりにしたばかりに…!申し訳ありませんでした!!」

 クラウドも必死に謝罪し、頭を下げる。

「レン、事実か」
「ああ…クラウドが、助けてくれた…」

 王が聞き、声が出ると気づいた蓮はうなずく。

「シオン、その暴漢とやらに相応な罰は下したのであろうな」
「はい、二度と悪事を働くことは出来ないでしょう」

 それを聞いた途端に、王の強大な覇気が揺らいでフッと消える。

「…あは…そうなんだ」

 王は安心したように笑み、蓮のほほをなでる。

「ごめんね、シオン、クラウド。レンにひどいことしたんじゃないかって、疑っちゃって…。ふたりはいつも、レンも、僕のことも、助けてくれるのに…ごめん、なさ…っ」

 普段の口調でふたりに謝ると、ぷつんと糸が切れたかのように脱力した。

「ティル…っ」

 倒れそうになる王を、蓮が慌てて抱き止める。眠ってしまったようで、静かな寝息が聞こえてくる。

「…お疲れになったのでしょう。動き回っておられたでしょうし、当然です」

 ホッと息をつき、シオンは立ち上がる。

「ふぅー…っさすがに死ぬかと思った…。ありがとうな、レン。一応、お前も」

 クラウドも緊張を解き、蓮に礼を言ってからシオンを見上げる。昨夜の蓮への仕打ちを知られたら、何の言い訳も出来ずに首をはねられただろう。そのくらいの殺気を感じた。

「…」

 蓮は複雑な感情で、穏やかな表情で眠る友達を見つめる。いつの間にか雨はやみ、明るい日差しが森の中にも射し込んでいた。




 その後、今夜宿泊する宿へ行った一行は、びしょ濡れの彼らを見て絶句した宿主の配慮で予定より早めにチェックインが出来た。


 温かいシャワーを浴び、ひと息ついた蓮はベッドで眠る王の脇に座る。見慣れたかわいらしい寝顔に笑みがこぼれるが、やはり、さっきの怒りをあらわにした彼を思い出してしまう。

「なぁ」
「はい」

 クラウドと入れ違いで浴室から出てきたシオンに声をかける。

「なんか、わかった。お前らが、コイツに逆らわねー理由」
「…」
「今さらか」

 黙ったシオンを見て、苦笑いする。王室護衛として、使用人として、絶対的な君主に従うのは当然のことだろうが、彼らが優しく気弱な王を必要以上に畏怖していることが蓮は不可解だった。
 王の強大な力も話に聞いただけでは信じられなかった。初めて目の当たりにした時は驚きながらも、それを含めて王なのだと受け入れていた。それに、王はどんな時も自分の言葉を聞いてくれると思っていた。けれど、植物園での怒る彼に対しては何も出来なかった。
 シオンの話を信じたから良かったものの、もし納得出来る内容ではなかったら。長年王室に仕え、信頼しているはずのシオンとクラウドを手にかけてしまったかもしれない。そう思えるほど、金眼の力を解放し、恐ろしい覇気をまとう王は高圧的で無慈悲に感じた。シオンとクラウドはそれが嫌と言うほど身にしみているのだ。

「マジ、今さら…だけど。俺、守れんのかな。コイツを」

 さらさらな金髪をそっとなでる。『身代わり』として外敵から彼を守れる自信はある。けれど、暴走する力により理性を失った彼を抑えられるかはわからない。

「ん…」
「!」

 王が身じろぐ。目を覚ましたのかとハッとするが、寝言のようだ。

「レ、ン…レン…」

 名を呼びながら、王の手が宙をかく。

「出来ますよ」

 それを見て、シオンは迷いなく言う。

「この方を守れるのはあなたしかいません」
「…ああ」

 蓮は自分を探しているであろうその手を、ギュッと握った。















 半月後。ウェア王の即位1周年を祝う記念式典が開催された。

「ご即位1周年、おめでとうございますぅ!ウェア王陛下!!」

 1年前の王位継承式よりは小規模だが、同様に世界各国の国王や首相らが何十名も来訪し、謁見の間に鎮座するウェア王へ祝辞を述べる。

「…」

 勢いよく頭を下げるある国の首相に無言でうなずき、手を差し出す若きウェア王はもちろん『身代わり』の蓮だ。

「ふおあぁぁ…あ、ありがとうございますぅ!ますますのご隆盛をお祈り申し上げますうぅ!!」

 首相はその手にそっと手を添え、触れられた喜びと蓮の美しさに恍惚としながら礼を言う。
 2回目とはいえ、長時間堂々とした姿勢を保ち、王らしい仕草をし、微笑を浮かべていることは蓮にとって拷問に近い。しかも、この首相の態度には笑ってしまいそうになる。ぷるぷる震えてこらえる蓮を、両脇に立つアラシとライカはハラハラしながら見守っていた。





「あー…あっぶねー」

 首相とその臣下たちが謁見の間を後にし、なんとか笑いをこらえた蓮は脱力する。

「レン様ぁ!気づかれてしまいますよ!」

 護衛長アラシが涙目で訴える。『身代わり』だとバレてしまうのではと心配でならないのだ。

「だって、んだよアイツ。必死過ぎだろ」
「来訪される方々は皆、必死です。陛下に触れれば己の権力を保てると信じているのですから」

 ため息を抑え、王付きの護衛ライカが言う。過去、ウェア王に触れた者が一国を治めた、戦争に勝ったなどという逸話がひとり歩きしているらしい。己の地位安泰のため、国を閉じているウェア王国に正々堂々と入国し、王に触れることが出来る数少ない機会を逃すまいと各国の権力者たちは命がけなのだ。

「アホだな」
「レン様、口が過ぎます」

 と、悪態をつく蓮に注意する。

「あ、次の方が参りますよ。メンバル王国の新たな国王陛下です」
「あ?」

 アラシの言う聞き覚えのある国名に、蓮は顔を上げた。





「お初にお目にかかります。ウェア王陛下」

 と、新メンバル王は片膝をつき、胸に手を当てて頭を下げる。
 メンバル王国はかつて唯一ウェア王国と友好関係にあった国だが、国王の死によって軍事国家になってしまっていた。そして、ウェア王として訪れた蓮たちの暗殺を企てて失敗し、荒れ果てた国はウェア王国の管理下に置かれていた。つい1ヶ月ほど前に彼が民間人から選出され、王位を継承したのだ。
 先代ウェア王と深く親交していた先代メンバル王を蓮は知らない。比べることは出来ないが、彼は『国王』というより、新進気鋭な政治団体のリーダーといった雰囲気だ。お付きの護衛たちも含め、皆30歳前後と年齢が若いせいかもしれないが。
 彼は膝をついたまま、祝辞とメンバル王国の復興支援への感謝をスラスラと述べる。

「…前国王と同様に親睦を深め、友好な関係を築きたく思っておりますので、後々、またお会いする場を設けさせてください。よろしくお願い申し上げます」

 差し出された蓮の手を取り、また頭を下げると謁見の間を後にした。

「…」
「レン様?」

 いつものように姿勢を崩して悪態をつくこともなく、手を差し出したままの蓮に気づき、ライカが声をかける。

「どうされました?!ご気分がすぐれませんかっ?!」
「…いや」

 アラシが蓮の前に膝をつき、焦って聞くが、蓮は首を振る。

「レン様ぁあ…っ」
「面会者はあと4名ですが…休憩しますか?」

 オロオロする護衛長を制し、ライカが冷静に聞く。

「ヘーキ…」
「わかりました。ご無理なさらないでくださいね」
「ああ…」

 蓮は半ば呆然と、手を椅子の肘置きに戻した。
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