虹色の未来を

わだすう

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34,送還

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「さぁ、グズグズするな!早く出ろ!」
「ちっ…痛えな!」

 ウェア城、地下牢。カンパは牢から出てきた男の背をドンと押す。

「そんなに乱暴にしなくてもいいじゃない」

 ノームは笑顔のまま、その男を後ろ手にして手錠をかける。

「この者たちの罪を君も知っているだろう!レン様を拉致監禁したなど…っ極刑に値する大罪だ!!」

 カンパは立腹しながら隣の牢を開ける。
 今日のふたりの任務は彼ら罪人、3人の送還である。2年前の仮の王位継承式の際に、当時の王子、否、王子に扮した蓮を拉致した隣国の窃盗グループだ。地下牢に収監されていたが、尋問も身辺調査も済み、特に危険性がないとの判断で強制送還することが決まったのだ。

「そのレン様に重傷を負わされたらしいけど」
「当然だ!レン様に触れたのだから生ぬるいくらいだろう!」
「耳が痛いなぁ」
「いや、むしろご褒美!!」
「気色悪いよ」

 などと会話をしつつ、3人の男たちを牢から出し、手錠をかけていく。

「なあ、あんたら、その…レンと会わせてくれねえか?」

 その内のひとり、蓮を拉致した実行役の男…アルトが言う。

「はあ?!な、な、何を言…っ?!」
「何故ですか?」

 激高するカンパを制し、ノームが聞く。

「ただ、国に帰る前に、俺たちをこんな目にあわせた奴の顔をもう一度見ておきたいだけだ」
「へぇ、おかしな理由ですね」

 普通見たくもないんじゃない?と微笑む。

「おかしいどころじゃない!!私でさえ、そう簡単に会えるお方ではないんだぞ?!レン様の裸体を写真におさめるため、どれほど苦労した…っがっごぉぅ?!!」

 つかみかからんばかりに怒鳴るカンパの横っ面に、背後からの上段蹴りが綺麗にキマる。カンパはその勢いのまま床に叩きつけられ、転がって壁にぶち当たる。

「何、キモいことほざいてんだ?蹴るぞ」

 と、振り上げた足を戻し、怒り心頭でにらむのは蓮だ。

「もう蹴ってるね」

 蓮が地下牢へ降りてきたことに気づいていたノームは、ニコニコとツッコむ。

「ふ、ふおぉ…っ高さがありながら、威力を失わない鮮やかな蹴り…!やはり、レン様は素晴らしい…っ!」

 カンパは鼻血を吹き出しながら、蓮に蹴り倒された嬉しさに打ち震える。

「どうしたの?ひょっとして、僕の復帰を祝いに来てくれた?」
「んなワケあるか」

 笑顔で聞くノームに、蓮は仏頂面で返す。

「コイツらが帰るって聞いたから、顔拝みに来ただけだ」

 と、手錠をかけられた3人を指す。

「彼らもレンにお話があるみたいだよ」
「あ?話なんかねーし」
「そこは普通、聞いてあげるんじゃないの」

 きっぱり拒否する蓮にノームは呆れる。

「では、5分だけ待ちます。私たちは上にいますから。手錠は外せませんけど」
「悪い。恩に着る」

 と、アルトはノームに頭を下げる。

「そんなもの着ないでください。ほら、カンパ。行くよ」

 ノームは苦笑い、まだ鼻血を流して倒れているカンパに声をかける。

「はっ?!何を言っているんだ?!レン様が、奴らに…っ!」
「何か出来る訳ないじゃない」
「レン様ぁああー!!」

 焦って叫ぶカンパの首根っこをつかみ、引きずりながら上階への階段を上がって行った。


「おい!お前やるなぁ!」
「あの護衛、俺らを虫ケラ扱いしやがって!スカッとしたぜ!」

 ふたりの姿が見えなくなると、アルト以外のふたりはワッと蓮に近寄り歓喜する。

「あ、そ」

 蓮としたらいつものことなので、何が嬉しいのかと思う。

「レン」

 アルトが歩み寄る。

「お前、そんな髪色と目だったのか。この国の生まれじゃねえだろ?」

 蓮は今、生来の黒髪、黒い瞳の姿。彼らの前では王に扮した姿しか見せていなかった。

「だったら何」
「国王の格好より、その方が似合うじゃねえか」
「…キモい」
「「…」」

 ほめ言葉だが、蓮も他のふたりも男相手に何を言っているのかと引く。

「話ってそれかよ」
「ち…っ違う違う!聞きたいことがある!」

 呆れる蓮にハッとして、アルトは慌てて首を横に振る。

「2年前、何で俺たちを殺さなかったんだ?王子を拉致しようとしたんだぞ?その場で殺すべきだろ?お前なら簡単に出来たはずだ。生け捕りにしろと命令されていたのか?」

 彼はずっとそれが疑問だった。ウェア王国、王室護衛は世界最強、国王のためなら手段を問わず殺戮を繰り広げるという話は有名だ。王子拉致計画が失敗して捕まれば、その場で殺される覚悟をしていた。重傷は負わされたが、2年の投獄だけでまさか帰国出来るとは思わなかった。

「…死にたかったんか、お前ら」
「「っっ?!」」

 蓮が聞くと、他のふたりはブンブン首を横に振る。

「お前らを殺すとか生け捕りとか、何で俺がやんなきゃなんねーんだよ。死にてーなら、国帰ってから勝手に死ね」
「態度悪…」
「言い方も悪…」

 心底面倒くさそうに言われ、ゲンナリする。

「…」

 蓮の態度も言い草も今まで見てきた王室護衛たちとかけ離れており、かなり異質だ。ウェア人でもなさそうな上、王への忠誠心すらないように思える。

「お前、何者なんだ?本当に護衛か?」
「さぁな」
「…」

 ならば何故、こいつはここにいるのかと別の疑問が生まれてくる。王とたまたま容姿が似ているというだけで雇われたのか。ウェア王の身代わりなんて、最大級に命がけの仕事だろう。蓮を見つめ、アルトは思い切った考えが浮かんだ。

「なぁ、レン。俺たちと一緒に来ねえか」
「あ?」
「お前、こんな窮屈な国で、王族の命令に従っているようなタマじゃねえだろ?俺たちの国は自由だ。お前の力があれば、もっとデカいことが出来るぞ」
「それいいな!」
「お前が俺らと組めば、大金持ちも夢じゃねえ!」

 ふたりもいい考えだと浮き足立つ。弱小窃盗団には蓮の人並み外れた戦闘能力は魅力的だ。

「断る」

 間髪入れずに拒絶され、3人はぎょっとする。

「えっ?何で…っ?」
「国に金積まれたのか?それとも弱み握られてるのか?」

 快諾はしなくとも、少しは迷うだろうと思っていたふたりは焦って聞く。

「ああ?何も握られてねーよ。お前らみてーな安い人さらいと一緒にすんな」
「安い人さらいって…」
「一応、ポリシーが…」
「あ?無駄に時間かけて穴掘って、偶然やれただけで調子乗んな」
「いちいち痛いとこ突くな…」
「性格悪…」

 蓮の悪態に再びゲンナリする。

「俺は、俺の意志でここにいんだよ」
「だから、何でなんだ?何故、お前はこんな国のために命かけているんだ?」

 アルトはガチャリと手錠を鳴らし、蓮に詰め寄る。

「理由なんか言ったって、お前らにはわかんねーよ」
「…っ」

 力強い黒い瞳。見上げているのに、見下されているようで。それ以上問い詰めるのをためらわせる。

「じゃあ、どうしたらいい…っ?」

 と、アルトは絞り出すように訴える。

「あ?」
「俺たちが生きて国に帰れるのはお前のおかげだろ!!どうやって恩を返したらいいんだ?!」









「遅い…!!」

 階上では、鼻にティッシュを詰めたカンパがイライラしていた。

「まだ3分も経ってないよ」
「まさか奴ら、嫌がるレン様を押し倒し、服をはぎ取り、あの美しい裸体をなで回したあげく、媚薬を飲ませ、快楽に抗えないレン様は彼らの要求に従ってしまい…っ!!」
「何言っているの?」

 はぁはぁと息荒く、鼻血を追加で垂らしながら語る彼を、ノームは呆れて見る。

「だから、出来る訳ないって。そういうのをお望みなら、僕がやってあげようか?」
「ダメに決まっているだろう!しかし、君に組み敷かれるレン様は非常に色気があって、たまら…っぐ?!ぶおぅっっ!!」

 背後から脇腹に鋭い中段蹴りがくい込み、カンパは身体を折り曲げながら壁に激突する。

「蹴るぞっつってんだろが」
「だから、もう蹴ってるって」

 地下牢から上がって来るなり蹴りを入れた蓮に、ニコニコとノームが再びツッコむ。

「お話は無事済みましたか」

 蓮の後ろから階段を上がって来る3人にも声をかける。

「ああ、悪かったな」
「いいえ」

 うなずくアルトに、にこりと微笑む。

「ぐぅう…っ本日2発目の蹴り…!ありがたき幸せ…っ」
「では、行きましょうか。カンパ、起きて」

 と、ノームは脇腹を押さえて悶えているカンパを引き起こす。

「ち…ちょっと、待っ…また、肋骨折れたかも…っ」
「そのくらいあんたなら大丈夫じゃない?」
「だ、大丈夫ではな、いが…っ」

 スタスタと歩くノームに3人の男がついて行き、それをヨロヨロとカンパが追っていく。

「…」

 それを見送り、反対方向へ歩いて行く蓮の背を、アルトは振り返って見つめる。そして、先ほどのことを思い出す。





「…どうやって恩を返したらいいんだ?!」
「んなモンやってねーし、いらねーよ」
「そうはいかねえよ!国に帰ったら、もう二度と会えねえんだぞ…っ?」

 話をする限り、生きて国に帰れるのは最初に自分たちを捕えたのが蓮だったからなのだろう。ならば、一生をかけて彼に恩返しをしなければならない。窃盗などという犯罪行為を生業にしているが、人にかけてもらった情けや恩義には相応のものを返さないと気が済まないタチなのだ。

「何言ってんだ」
「え…?」
「お互い生きてりゃ、また会えんじゃね?」

 蓮はにっと笑う。アルトは予想外の言葉と、初めて見た笑顔に心を射抜かれていた。

「あー、けど、お前ら国帰って死ぬんだっけ?」
「は?!」
「死なねえって!」

 蓮の悪態に他のふたりは慌てて否定するが、アルトの耳には入らなかった。





 アルトはふっと蓮の背に笑み、前を向く。絶対また会いに来てやると誓い、歩いて行った。
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