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08 遠い推しと近い君
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熱愛報道は嘘だと分かっても、不安に思っている僕のことを心配して、結斗くんが会う時間を作ってくれた。
マネージャーの伊藤さんに、「楽屋に変装した高代光が遊びに来るから、通してあげて欲しい」とお願いしたらしい。公私ともに仲が良いと公言しているけど、楽屋に訪ねていったところを見つかると、ネタにされかねない。だからこっそり会いに行けるように手配したんだそう。
「渚、心配かけてごめん。不安だったろ?」
伊藤さんが退出してから、結斗くんはやさしく僕を抱きしめた。
「ちょっと不安になっちゃったけど、大丈夫だよ。結斗くんが心配して連絡くれたから、信じようって思えたよ」
僕がそういうと、結斗くんは不甲斐ないと言った様子で大きくため息をついた。
「写真に写っていたのは、今共演中の星野真衣さん。あの週刊誌の記事は、彼女も知らなかったそうだよ」
「そうなの? じゃあ誰が……」
「伊藤さんが言うには、彼女も知らないうちに、誰かが週刊誌に売り込んだのかもしれないって」
「売り込んだ……?」
「それが、真衣さんに新しくついた、新人マネージャーじゃないかって噂なんだ」
伊藤さんは、結斗くんが芸能界デビューしたときからのマネージャーさんだ。無名だった頃からずっとそばで支え続けてきた人だから、信頼できる人だと結斗くんは言っている。その伊藤さんが嘘を言うとは思えない、信用できる情報なのだと思う。
若手女優でこれからどんどん売り出していきたい。マネージャー自身も新人だから、必死だったんじゃないかって。
うーん、たしかにその気持ちもわかるけど……だからといって捏造はよくないよね。僕だけじゃない、ファンのみんなが不安になっているのを知っている。
「納得いかないって顔してるね」
抱きしめていた僕を体からそっと離すと、結斗くんは苦笑いをしながら言った。
「これは、俺の事務所と真衣さんの事務所でも調べているから、いずれ正式に判明すると思う。ただ、彼女自身に非はないから、マネージャーの処分でことを済ませるんじゃないかって伊藤さんは言ってたよ」
「週刊誌への対応はどうするの?」
「それも全部伊藤さんと事務所に任せてある。俺は今まで通り、仕事を精一杯こなすだけだよ」
結斗くんは「渚のように応援してくれるファンのためにもね」って付け加えると、僕の頭にぽすっと手を置いた。その手の温かみと重みを感じながら、ちょっとへの字になってしまった口元をキュッとあげた。
それからしばらくして、両方の事務所から正式に発表があった。週刊誌の記事について本人たちに確認したところ、熱愛の事実はないということ。お互いに良い影響を受けながら撮影しているということ。より良い作品をお届けできるよう精一杯頑張っているので、楽しみにしていてほしいということ。
僕はそのネット記事を読んで、ほっと胸をなでおろした。でも気になるのがファンの反応。なので僕は、ファン同士のコミュニティに顔を出すことにした。
『結斗くんの記事見た? 安心したよ』
『やっぱり熱愛は嘘だって思ってたんだよね』
『でも、なんか誤魔化されたようにも感じるんだけど』
『週刊誌なんて嘘ばっかりだもん。私は結斗を信じてる』
『大切な人ができた時は、結斗の口から伝えてくれると思うよ』
否定的な意見は少なかったけど、『本当かな?』と疑うような書き込みもちらほら見えて、胸がチクッとした。それでも、応援の声が多かったから、ほっとした。一般の掲示板では、そうはいかないと思う。僕は怖くて見に行くことはできなかったけど、事務所の公式発表が出たんだ。あれこれファンが言っても仕方がないと思う。
けど、書き込みのひとつに目が留まり、スマホ画面をスクロールする手が止まった。
「大切な人ができた時は、結斗の口から……」
僕の心臓が急にドキドキと音をたてた。今までの僕だったら、そうだねって素直に同意できたけど、今は違う。もう、完全にファン目線ではいられないんだ。
遠くから見ていた推しが、実は小さな頃に会ったことのあるゆうちゃんで、そのゆうちゃんは僕のことを初恋の相手だと言ってくれて、再会を願ってずっと探してくれていて……。
今でもこれは、僕の見ている都合の良い夢なんじゃないかって思ってしまう。その上、僕があの葛城結斗くんの恋人だなんて、どう考えても信じられない。
そんな立場の僕だから、一途に応援しているファンの気持ちも、恋人としての思いもあふれてくる。そして結斗くんが、一般人の僕を守ろうとして行動してくれているのもわかるから、掲示板のファンの書き込みに胸が痛くなる。ファンとしての心と恋人としての心が板挟みになって、急激に不安が押し寄せてきた。……僕は一体どうしたら良いんだろう。
ピロン♪
通知音とともに、結斗くんからのメッセージが届いた。僕が悩み事があったりして不安になっていると、タイミングよく連絡が来る。結斗くんは、なんでこんなに僕のことを分かってくれるのだろうか。こんなに大切にされているのに、一瞬でも不安になった僕に誰か活を入れて欲しい。
『渚、事務所からの発表見ただろ? これであの噂も静かになると思う。今日はまだ撮影があるから電話できなくてごめん。来週には時間取れると思うんだけど……』
結斗くんのメッセージを読み返すうちに、いつもそばで支えてくれている彼の笑顔が浮かんできて、心が少しずつほぐれていくのを感じた。
『結斗くん、連絡ありがとう。記事読んだよ。公式の発表だから、ファンのみんなも安心しているみたい』
『ファンじゃなくて、渚はどう思ってるの?』
あっ、と僕はちょっと慌てた。そうだよね。結斗くんは僕のことを心配してくれているのに、僕ったらファンのみんなのことを書いちゃった。
お詫びにっていうのは変だけど、結斗くんが喜ぶこと……って僕は考えた。きっと、僕の素直な気持ちを伝えたら、結斗くんは喜んでくれるはず。直接会って伝えるのはまだ恥ずかしいけど、文字だから勇気を出して伝えてみよう。
『うん、安心した。でも、なかなか会えないのはやっぱり寂しいな。……僕、早く結斗くんに会いたいよ』
送信した途端、スマホに音声着信の知らせが入った。
ええ!? 結斗くん? 今お仕事中じゃ……。
びっくりしたけど、急いで通話ボタンを押した。
「声が聞きたくなって、電話かけちゃった。返事ありがとう。……早く、会いたい」
電話に出ると、結斗くんは囁くような声で言った。まるで耳元で愛を囁かれているようでドキドキした。
でも撮影中のはずだから、休憩時間に楽屋からかけているのかな? そう思ったら、ドアをノックする音と名前を呼ぶ声がかすかに聞こえた。結斗くんは「はーい、今行きます」そう返事をすると、再び囁き声で言った。
「呼ばれちゃったから、ごめんね」
「ううん。声が聞けて嬉しかった。会えるのを、楽しみにしてる。撮影頑張ってね」
「うん。また連絡する」
「待ってる」
「じゃあ、切るね」
「うん」
多くは話せない中でも、結斗くんの嬉しそうな気持ちは伝わってきた。見つかったら困るから、名残惜しいけどすぐに通話を切った。
僕はしばらくスマホを握りしめ、結斗くんの声の余韻に浸りながら幸せを噛み締めていた。
マネージャーの伊藤さんに、「楽屋に変装した高代光が遊びに来るから、通してあげて欲しい」とお願いしたらしい。公私ともに仲が良いと公言しているけど、楽屋に訪ねていったところを見つかると、ネタにされかねない。だからこっそり会いに行けるように手配したんだそう。
「渚、心配かけてごめん。不安だったろ?」
伊藤さんが退出してから、結斗くんはやさしく僕を抱きしめた。
「ちょっと不安になっちゃったけど、大丈夫だよ。結斗くんが心配して連絡くれたから、信じようって思えたよ」
僕がそういうと、結斗くんは不甲斐ないと言った様子で大きくため息をついた。
「写真に写っていたのは、今共演中の星野真衣さん。あの週刊誌の記事は、彼女も知らなかったそうだよ」
「そうなの? じゃあ誰が……」
「伊藤さんが言うには、彼女も知らないうちに、誰かが週刊誌に売り込んだのかもしれないって」
「売り込んだ……?」
「それが、真衣さんに新しくついた、新人マネージャーじゃないかって噂なんだ」
伊藤さんは、結斗くんが芸能界デビューしたときからのマネージャーさんだ。無名だった頃からずっとそばで支え続けてきた人だから、信頼できる人だと結斗くんは言っている。その伊藤さんが嘘を言うとは思えない、信用できる情報なのだと思う。
若手女優でこれからどんどん売り出していきたい。マネージャー自身も新人だから、必死だったんじゃないかって。
うーん、たしかにその気持ちもわかるけど……だからといって捏造はよくないよね。僕だけじゃない、ファンのみんなが不安になっているのを知っている。
「納得いかないって顔してるね」
抱きしめていた僕を体からそっと離すと、結斗くんは苦笑いをしながら言った。
「これは、俺の事務所と真衣さんの事務所でも調べているから、いずれ正式に判明すると思う。ただ、彼女自身に非はないから、マネージャーの処分でことを済ませるんじゃないかって伊藤さんは言ってたよ」
「週刊誌への対応はどうするの?」
「それも全部伊藤さんと事務所に任せてある。俺は今まで通り、仕事を精一杯こなすだけだよ」
結斗くんは「渚のように応援してくれるファンのためにもね」って付け加えると、僕の頭にぽすっと手を置いた。その手の温かみと重みを感じながら、ちょっとへの字になってしまった口元をキュッとあげた。
それからしばらくして、両方の事務所から正式に発表があった。週刊誌の記事について本人たちに確認したところ、熱愛の事実はないということ。お互いに良い影響を受けながら撮影しているということ。より良い作品をお届けできるよう精一杯頑張っているので、楽しみにしていてほしいということ。
僕はそのネット記事を読んで、ほっと胸をなでおろした。でも気になるのがファンの反応。なので僕は、ファン同士のコミュニティに顔を出すことにした。
『結斗くんの記事見た? 安心したよ』
『やっぱり熱愛は嘘だって思ってたんだよね』
『でも、なんか誤魔化されたようにも感じるんだけど』
『週刊誌なんて嘘ばっかりだもん。私は結斗を信じてる』
『大切な人ができた時は、結斗の口から伝えてくれると思うよ』
否定的な意見は少なかったけど、『本当かな?』と疑うような書き込みもちらほら見えて、胸がチクッとした。それでも、応援の声が多かったから、ほっとした。一般の掲示板では、そうはいかないと思う。僕は怖くて見に行くことはできなかったけど、事務所の公式発表が出たんだ。あれこれファンが言っても仕方がないと思う。
けど、書き込みのひとつに目が留まり、スマホ画面をスクロールする手が止まった。
「大切な人ができた時は、結斗の口から……」
僕の心臓が急にドキドキと音をたてた。今までの僕だったら、そうだねって素直に同意できたけど、今は違う。もう、完全にファン目線ではいられないんだ。
遠くから見ていた推しが、実は小さな頃に会ったことのあるゆうちゃんで、そのゆうちゃんは僕のことを初恋の相手だと言ってくれて、再会を願ってずっと探してくれていて……。
今でもこれは、僕の見ている都合の良い夢なんじゃないかって思ってしまう。その上、僕があの葛城結斗くんの恋人だなんて、どう考えても信じられない。
そんな立場の僕だから、一途に応援しているファンの気持ちも、恋人としての思いもあふれてくる。そして結斗くんが、一般人の僕を守ろうとして行動してくれているのもわかるから、掲示板のファンの書き込みに胸が痛くなる。ファンとしての心と恋人としての心が板挟みになって、急激に不安が押し寄せてきた。……僕は一体どうしたら良いんだろう。
ピロン♪
通知音とともに、結斗くんからのメッセージが届いた。僕が悩み事があったりして不安になっていると、タイミングよく連絡が来る。結斗くんは、なんでこんなに僕のことを分かってくれるのだろうか。こんなに大切にされているのに、一瞬でも不安になった僕に誰か活を入れて欲しい。
『渚、事務所からの発表見ただろ? これであの噂も静かになると思う。今日はまだ撮影があるから電話できなくてごめん。来週には時間取れると思うんだけど……』
結斗くんのメッセージを読み返すうちに、いつもそばで支えてくれている彼の笑顔が浮かんできて、心が少しずつほぐれていくのを感じた。
『結斗くん、連絡ありがとう。記事読んだよ。公式の発表だから、ファンのみんなも安心しているみたい』
『ファンじゃなくて、渚はどう思ってるの?』
あっ、と僕はちょっと慌てた。そうだよね。結斗くんは僕のことを心配してくれているのに、僕ったらファンのみんなのことを書いちゃった。
お詫びにっていうのは変だけど、結斗くんが喜ぶこと……って僕は考えた。きっと、僕の素直な気持ちを伝えたら、結斗くんは喜んでくれるはず。直接会って伝えるのはまだ恥ずかしいけど、文字だから勇気を出して伝えてみよう。
『うん、安心した。でも、なかなか会えないのはやっぱり寂しいな。……僕、早く結斗くんに会いたいよ』
送信した途端、スマホに音声着信の知らせが入った。
ええ!? 結斗くん? 今お仕事中じゃ……。
びっくりしたけど、急いで通話ボタンを押した。
「声が聞きたくなって、電話かけちゃった。返事ありがとう。……早く、会いたい」
電話に出ると、結斗くんは囁くような声で言った。まるで耳元で愛を囁かれているようでドキドキした。
でも撮影中のはずだから、休憩時間に楽屋からかけているのかな? そう思ったら、ドアをノックする音と名前を呼ぶ声がかすかに聞こえた。結斗くんは「はーい、今行きます」そう返事をすると、再び囁き声で言った。
「呼ばれちゃったから、ごめんね」
「ううん。声が聞けて嬉しかった。会えるのを、楽しみにしてる。撮影頑張ってね」
「うん。また連絡する」
「待ってる」
「じゃあ、切るね」
「うん」
多くは話せない中でも、結斗くんの嬉しそうな気持ちは伝わってきた。見つかったら困るから、名残惜しいけどすぐに通話を切った。
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