推しにプロポーズしていたなんて、何かの間違いです

一ノ瀬麻紀

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17 いつか……

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 ノヴァリアに来てから、半月ほど過ぎていた。最初は緊張であまり外に出られなかった僕も、この国の風土に慣れ、徐々に外に出るようになった。ただこの国の言葉は少ししか分からなかったので、一人で出かけることはできなかったけど。
 結斗ゆうとくんは、日本で忙しさのあまり僕に会えなかったのを取り戻すかのように、あちこちに連れて行ってくれた。「恋人かい?」って気軽に聞かれることも多くて、結斗くんは嬉しそうに「はい!」って答えていた。僕も照れながら、隣で首をコクコクと縦に振った。
 そして結斗くんは、僕と出かける時間以外は、エリオさんの所属するルミエール劇団へ足を運んでいるようだった。その間の僕は、蒼汰そうたさんと一緒にいることが多かった。ノヴァリアのこと、エリオさんとの出会いのこと、性に対する考えのこと。同じ日本人ということで、共感を得ることも多かったし、参考になる話もたくさんあった。

 そして、あと数日で日本に帰るという頃。結斗くんは旅の思い出に、端役で舞台に出させてもらうことになった。日本での俳優活動は収録が中心だったから、舞台での演技は初めてだと言っていた。
 僕は客席から結斗くんを見守ることにした。改めて演者と観客の距離の近さを感じ、会場が一体になる感動を味わった。そして、感動のまま幕を閉じた。

 その日の夜。
 結斗くんに、ふたりきりで外食をしようと誘われた。ここで過ごすのもあと数日だからと奮発したのか、おしゃれなホテルの最上階だった。

「結斗くん……。僕、こういうお店慣れないし、緊張するんだけど……」
「大丈夫。普通にしていれば問題ないよ。なぎさはいつも動きが優しいから大丈夫」
「そ、そう?」
「うん」

 動きが優しいってなんだろうって思ったけど、とにかく普通にいつも通りにしていればいいってことだよね。僕はドキドキしながら、引かれた椅子に座った。
 出される料理は、ノヴァリアの伝統料理の他に、日本食も出てきた。結斗くんが、事前にお店側にお願いしてあったのだと言った。

「俺たちの生まれ育った日本と、第二の故郷になったと言っても過言ではない、ノヴァリアへ思いを馳せて、料理を考えてもらったんだ」
「なんか、特別感があって良いね」

 僕のほうが食べるのが遅いから、先に出された料理を食べ終えた結斗くんは、僕が食べるのを嬉しそうにニコニコと眺めている。なんかちょっと食べづらいけど、結斗くんが嬉しそうだからまぁいっか。視線が気になりながらも、僕は料理を美味しくいただいた。

 デザートも全部食べ終わったあと、食後の飲み物を聞かれた。結斗くんはブラックコーヒーを頼んだけど、僕は苦くて飲めない。なのでレモンティーをお願いすることにした。提供された飲み物も全ていただいたあと、結斗くんが姿勢を正した。ごちそうさまのあいさつをするのかな? と思っていたら、結斗くんは僕の手を取った。

「この一ヶ月、ずっと渚と一緒にいられて、本当に幸せだった。日本にいる時は、俺の俳優という職業のせいもあって、思うように会えないし、不安にさせてしまうことも多かった。俺自身も、このままで良いのだろうか……そう悩むこともあった」

 結斗くんの真剣な眼差しが僕を捉える。結斗くんが何を伝えたくて、話し始めたのかはわからない。けど、僕は口を挟むことなく、ただ静かに結斗くんの次の言葉を待った。

「けどそんな時、やっとまとまった休暇が取れて、渚と一緒にノヴァリアに旅行に来ることができた。事前に情報だけでもとても興味があったけど、実際にこの国の空気に触れ、改めて思いが強くなったんだ。……今すぐには無理だけど、いつか、渚とノヴァリアに移住して一緒に暮らしたい。この自由な国で、何に縛られることなく思い切り過ごしたい」

 ……え?
 結斗くんの言葉をゆっくり追っていたけど、聞き間違えだろうか。いつか一緒にこの国で暮らしたいって聞こえた気がしたんだけど……。

「渚はどう思う?」
「どう、思うって……?」

 どう思うって聞かれて考えてみたけど、僕はずっと結斗くんと一緒にいられたら幸せだなって思う。でも、将来がどうとか具体的に思い描いたことはなくて、改めて聞かれると少し困ってしまった。
 言葉に詰まった僕を見て、もしかして結斗くんは悲しい顔をする? って思って慌てて顔を上げたら、結斗くんは優しく僕に微笑み返してくれた。

「ふふふ。返事に困ってる渚も可愛い。……大丈夫だよ。今の俺の気持ちを知ってほしかっただけだから。俺は、渚とこのノヴァリアと言う地で、生涯を過ごせたら良いなと思っているよ」

 そう言って、まるで誓いのキスをするように、僕の手の甲に口づけた。
 これじゃまるで、プロポーズみたいじゃないか。そう思うとどんどん胸の鼓動が早くなってきて、顔もどんどん熱くなっていく。恥ずかしいけど嬉しくて二人で並んで歩く未来を想像したら、口元が緩むのを抑えきれなかった。ここでなら叶うかもしれない。僕たちの人生の選択肢が広がったんだ。
 僕は恥ずかしくてちゃんと言葉にして伝えられそうになかったから、結斗くんをちらりと上目遣いで見てから、こくんと小さくうなずいた。

 ◇

「良い経験をさせていただきました。お世話になりました」
「とても楽しい一ヶ月でした。ありがとうございました」

 あっという間の一ヶ月を過ごし、僕たちが日本に帰る日がやって来た。滞在期間中はとても充実した日々で、1年くらい過ごしていたような気さえする。
 劇団員さんたちにあいさつをすると、小型ジェット機に乗り込み、アルテリア国際空港のロビーにやってきた。来た時と同じ空港のロビーなのに、目に映る景色が違って見える。とても貴重な経験をさせてもらった。
 空港まで見送りに来てくれた、エリオさんと蒼汰さんが車から出した荷物を僕たちに手渡した。

「ユウト、ソウタ、また遊びにきて」
「僕たちにとっても、充実した一ヶ月だったよ。ぜひまた遊びにきてくれると嬉しいな」

 お互いに固い握手を交わし、一ヶ月を振り返る。本当に楽しくて新しい発見ばかりで、充実した日々を送ることができた。僕たちにとって、大いに意味のある一ヶ月になったと思う。
 名残惜しいけど、エリオさんと蒼汰さんに別れを告げると、僕たちは帰路へついた。

 楽しい旅行から帰ってきたのは、もうあたりがすっかり暗くなっている時間だった。お父さんが迎えに来てくれたので、僕は車に乗り込んだ。もうここは日本だから、人気俳優の結斗くんは万全の注意を払わなくてはいけない。飛行機を降りるところからもう僕たちは別行動をした。車の後部座席で、隣にいない結斗くんのぬくもりを追いかけるように、僕は手を握りしめた。こんな時、結斗くんならすぐ気付いて手を包みこんでくれるんだろうな……そう思ったら、余計にさみしくなり、無意識にため息が漏れた。

 お父さんはきっと、長旅で疲れたから出たため息だと思ったのだろう。「明日は一日ゆっくりと休むといいよ」と声をかけてくれた。僕は「うん」と返事をすると、乗り慣れた車の揺れに眠気を誘われ、結斗くんに思いを馳せながら目を閉じた。
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