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第三章
罠
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金銭を目的とした悪事と聞いて、ジュディが真っ先に思い浮かべるもの。
たとえば、架空の投資話。
(かつてこの国では、株式投資が利益を生むという考えが広まったことで、実態の判然としない会社に貴族も商人も入れあげて、庶民ですらなけなしのお金をはたいて株に投資した時期がある。けれど株価の大暴落によって破産者が続出し、国中が未曾有の経済危機に陥ることになって……)
経済が回復してきた今は、さすがに怪しげな会社の仕事で投資家からお金を引き出すのは容易ではなくなった。誰しもうまい話に対しては、一応の警戒をする。
それでも、詐欺は後を絶たない。
最近の例だと、海の向こうの、この国の投資家が容易に視察に赴けない土地の名を挙げ「そこでしか作れない作物の栽培を始めた。販路に乗せれば莫大な利益が出る」と持ちかける怪しげな話があったと、ジュディは投資家である父から聞いたことがある。
これは資金を集めるだけ集めて持ち逃げするための一時しのぎの嘘で、畑など実際は存在しないということもあったという。
だが、たちが悪いことに、投資を持ちかけたのとは違う作物の栽培をしていた例もいくつか確認されている。関わった投資家たちもその犯罪の共犯者となり「自分は知らなかった」と、言い逃れができない状況に追い込まれるのだ。
つまり「香辛料を手広く扱っている」と言われて、実際に利益を挙げているのを確認した上で投資をしてみたら、作っていたのは麻薬だったという例だ。こういったものは、国へ持ち込まずその近隣の国で売りさばき、荒稼ぎをするのが常道となっている。すべて本国政府の目の届きにくいところで行うため、発覚が遅れた場合は薬物被害が広がってしまっているのだ。
当然、相手国との関係性は悪化する。さらには、いつその麻薬を自国に持ち込まれるとも限らないので、政府は目を光らせているはずだが、どこにでも抜け道はある――
ヒースコートが悪事に手を染めていると聞いたとき、ジュディが想像したのはそこまでだった。
そして、彼の信用度合いを考えるに「一時しのぎの嘘で投資家たちからお金を集める」のは難しいに違いないと考えた。
であれば、ある程度その儲け話には実態がある。確固たる商品が存在している。
(「東地区から人材を選び抜いて、よその土地へと連れ出している」……これは人身売買を意味しているのでは)
ヒースコートに投資家としての才覚がさほどないとすれば、不正に手を染めるであろうこと。扱う商品がまともではない、そこまでは考えていたのだ。その商品がまさか「人間」とは、ジュディはいまの今まで考えが及んでいなかった。
この国には現在、奴隷制度はない。だが、正式に認められている国はある。そして、この国の中にも、非合法であると知っていても奴隷を欲する者はいるだろう。実際問題「人間」が金銭で売買されてきた歴史はあるのだ。
もっとも、ひとが一人消えるというのは現代では大きな事件である。年端のいかない子供一人であっても、騒ぎにはなるはず。
しかし、秩序の行き届かない貧民街には、国が把握していない私生児や移民が少なくない人数生活をしていることだろう。
彼らが消えても、あまり問題にはならない。もともと「存在していない」ことになっているからだ。
胃の腑が冷える。
最悪の内容だった。麻薬の栽培とどちらが悪いという話ではないが、人身売買はあらゆる犯罪と密接に絡んでいる。殺人、強姦、虐待……。
「新天地とやらに行ったわが国の民は、みな息災か?」
フィリップスは、いかにも上機嫌な声でヒースコートに尋ねていた。
それが「おかしい」ということが、ジュディにはわかる。
(殿下の性格上、見逃せるわけがない。あの方の理想は青くて偏狭だけど、凝り固まった正義感はその分尋常ではないのだから!)
この会話は、成り立つわけがないのだ。気づかぬはヒースコートばかり。
「もちろんでございます。いつまでも国主導の整備がされず、酔っぱらいと盗人が跋扈《ばっこ》し犯罪が日常の東地区に住んでいるより、はるかにマシな生活が送れるのですから」
ヒースコートは、余裕たっぷりの笑みを浮かべているに違いない。そこに薄ら寒い慈愛めいたものすら漂わせて。
「なるほど。しかしずいぶん金がかかっているだろう。持ち出しだけでは難しいはずだ。俺以外にも協力者はいると言っていたよな?」
「はい。東地区の現状を見過ごせないと考えている名士は、いま殿下がお考えである以上に多くいることでしょう。その方々の資金があってはじめて、恵まれぬ者たちを救うことができるのです」
これは人身売買の買い主側の話だ、とジュディはあたりをつける。フィリップスは明らかに、ヒースコートに探りを入れている。誰がヒースコートに金銭を渡し、「品物」を受け取っているのか。
「素晴らしい奉仕の精神だ。なぜもっと大々的に喧伝しない? 善行なのだ、隠す必要はない。協力を惜しむ者たち、つまり政府や王家の立つ瀬がなくなるほど、見せつければ良いだろう。名誉に生きているという奴らに、大いに恥をかかせてやるべきだ」
もしジュディが、フィリップスという王子の中身を知らなければ、この疑問は言葉通りに受け取っていたかもしれない。年若く純朴な王子殿下の、まっすぐな心意気の発露であると。少なくとも、ヒースコートはそう考えている可能性が十分にある。
実際、まったく何も気づいていない様子で答えていた。
「おそれながら、いまの殿下と同じでございます。高潔の士である殿下は、ご自身の資産を私めに委ねてくださるとのことですが、それは国から王族の一員として割り当てられた予算の一部でもあります。『私財だから』と東地区に投入したと聞けば、恩恵に預かれなかった地域の国民は納得しないことでしょう。同様に、もし各地の地主貴族である協力者たちが、王都の貧民街に私財を投じていると明らかになれば、領地で不満が出る恐れがあります。彼らに尽くすより先に、自領の民に尽くせ、と。ゆえに、もっと事業が拡大し完全に安定するまで明かすことはできないのです」
ジュディは、余計な一言を口にしないよう、自分の手で自分の口を塞いでいた。
(よくもすらすらと、そんな詭弁が出ますね!)
空恐ろしいとはこのことだ。
ヒースコートは、フィリップスからもお金をだまし取ろうとしているのだ。
だが、フィリップスを侮りすぎだ。東地区でひとの移動があると気づいたフィリップスは、その実態が人身売買であると見抜き、どういうわけか主犯であるヒースコートの存在をも突き止めたのだろう。そして、自ら囮となって罠にはめようとしている。
これは罠だ、間違いない。
(危なすぎる。そんなこと、殿下ご自身で動くことじゃないわ。誰か信頼できる相手をうまく使って)
言いたいことが頭の中で暴れている。いまにも溢れ出しそうで、瞑目する。
フィリップスにとって信頼できる相手が、王宮には誰一人としていなかったということなのか。
巨悪の端緒にたどりつき、そこから陰謀を暴くというこの大事に、無私の使命感でのぞんでくれるであろう人材が、ひとりも思い浮かばなかったのか。だから自分だけでこの場に立ち向かっているのか。
切り抜けられるという、その自信はどこから。
そう思う一方で、自分がフィリップスの立場でも、同じことをするのかもしれないと、その気持がわかってしまう。
現にいまがそうだ。見過ごせない事案を前に、ジュディは飛び込んできてしまった。ステファンがいるのは心強いが、いよいよのときは自分ひとりでもできることをすると決意している。
フィリップスもまた、同じなのではと。
(どこで止めるべきなの? ここで情報を引き出せなければ、殿下はまだアリンガム子爵を泳がせるわよね。この場は一度やり過ごしてから、殿下を説得して、宰相閣下とも相談をし、次の交渉の場には護衛もひそませてもらうようにした方が良いんじゃないかしら。ただ、内情を知る人間が多くなると、どこにいるとも知れない子爵の協力者に殿下の「罠」が知られてしまうおそれもある……)
いずれにせよ、このまま暗がりで話の終わりまで聞いて、ガウェインに判断を仰ぐ方が良いだろう。
そう結論づけようとしたそのとき、フィリップスの明るく親しげな声が聞こえた。
「そういえばな、最近俺には面白い教育係がついたんだ。なんでも、その者が言うには『王の私有財産の制限や貴族たちへの今以上の寄付の義務付けなど、国民に受け入れられやすい政策を打ち出す』は、愚策なのだそうだ」
「はぁ……。それはまたなぜです?」
「『手続きを簡略化して強引に王侯貴族を弱体化させてしまえば、その後の政策を打ち出す前に倒されかねない。弱ったものは食われる』たしかそんなことを言っていた。つまり『それが民のためになるからと言って、正式な予算を組む手続きを踏まずに施しをしてしまえば、かえって憎き富裕層を野放しにはしておけない、さらに搾り取れと煽る者が出てきて、やがて不満を持つ者たちによって王権そのものが倒される』そういう意味だと考えている」
ジュディが言った覚えのある言葉に、フィリップスの解釈がのせられる。ジュディは眉をひそめた。いまここでその話を始める意図は?
嫌な予感がする。
「なるほど。それは私にもわかります。その意味でも殿下はここで、議会の承認を得ることなく東地区に私財を投じることはなるべくひとに知られぬよう、秘密になさった方が良いと、具申する次第です」
「民のためになると信じて俺が動いた結果、その他の民から信頼を失う。考えの足りない王子だと世間に印象付けることになり、結果的に王権の寿命を縮める、そういうことだよな。俺はな、子爵。この国の王家はまさに滅びれば良いと考えているんだ」
沈黙があった。流れるように話し続けてきたヒースコートにとって、この発言は不可解でしか無いに違いない。
理解を得られていないことなど見通しているだろうに、フィリップスは実に朗らかに言い切った。
「俺は公表するぞ、絶対に。東地区の開発は子爵が主導になって、すでに派手に資本を入れて動いていると。議会と王家に目にものを見せてやる。いいな? 子爵」
はからずも「悪事を暴露する」と宣言したに等しいフィリップスに対し、ヒースコートが暗い声で告げた。
「いいわけがありません、殿下。聞き分けてください。もうここまで来たら、あなたは私に従って頂くしかないんですよ。絶対に」
たとえば、架空の投資話。
(かつてこの国では、株式投資が利益を生むという考えが広まったことで、実態の判然としない会社に貴族も商人も入れあげて、庶民ですらなけなしのお金をはたいて株に投資した時期がある。けれど株価の大暴落によって破産者が続出し、国中が未曾有の経済危機に陥ることになって……)
経済が回復してきた今は、さすがに怪しげな会社の仕事で投資家からお金を引き出すのは容易ではなくなった。誰しもうまい話に対しては、一応の警戒をする。
それでも、詐欺は後を絶たない。
最近の例だと、海の向こうの、この国の投資家が容易に視察に赴けない土地の名を挙げ「そこでしか作れない作物の栽培を始めた。販路に乗せれば莫大な利益が出る」と持ちかける怪しげな話があったと、ジュディは投資家である父から聞いたことがある。
これは資金を集めるだけ集めて持ち逃げするための一時しのぎの嘘で、畑など実際は存在しないということもあったという。
だが、たちが悪いことに、投資を持ちかけたのとは違う作物の栽培をしていた例もいくつか確認されている。関わった投資家たちもその犯罪の共犯者となり「自分は知らなかった」と、言い逃れができない状況に追い込まれるのだ。
つまり「香辛料を手広く扱っている」と言われて、実際に利益を挙げているのを確認した上で投資をしてみたら、作っていたのは麻薬だったという例だ。こういったものは、国へ持ち込まずその近隣の国で売りさばき、荒稼ぎをするのが常道となっている。すべて本国政府の目の届きにくいところで行うため、発覚が遅れた場合は薬物被害が広がってしまっているのだ。
当然、相手国との関係性は悪化する。さらには、いつその麻薬を自国に持ち込まれるとも限らないので、政府は目を光らせているはずだが、どこにでも抜け道はある――
ヒースコートが悪事に手を染めていると聞いたとき、ジュディが想像したのはそこまでだった。
そして、彼の信用度合いを考えるに「一時しのぎの嘘で投資家たちからお金を集める」のは難しいに違いないと考えた。
であれば、ある程度その儲け話には実態がある。確固たる商品が存在している。
(「東地区から人材を選び抜いて、よその土地へと連れ出している」……これは人身売買を意味しているのでは)
ヒースコートに投資家としての才覚がさほどないとすれば、不正に手を染めるであろうこと。扱う商品がまともではない、そこまでは考えていたのだ。その商品がまさか「人間」とは、ジュディはいまの今まで考えが及んでいなかった。
この国には現在、奴隷制度はない。だが、正式に認められている国はある。そして、この国の中にも、非合法であると知っていても奴隷を欲する者はいるだろう。実際問題「人間」が金銭で売買されてきた歴史はあるのだ。
もっとも、ひとが一人消えるというのは現代では大きな事件である。年端のいかない子供一人であっても、騒ぎにはなるはず。
しかし、秩序の行き届かない貧民街には、国が把握していない私生児や移民が少なくない人数生活をしていることだろう。
彼らが消えても、あまり問題にはならない。もともと「存在していない」ことになっているからだ。
胃の腑が冷える。
最悪の内容だった。麻薬の栽培とどちらが悪いという話ではないが、人身売買はあらゆる犯罪と密接に絡んでいる。殺人、強姦、虐待……。
「新天地とやらに行ったわが国の民は、みな息災か?」
フィリップスは、いかにも上機嫌な声でヒースコートに尋ねていた。
それが「おかしい」ということが、ジュディにはわかる。
(殿下の性格上、見逃せるわけがない。あの方の理想は青くて偏狭だけど、凝り固まった正義感はその分尋常ではないのだから!)
この会話は、成り立つわけがないのだ。気づかぬはヒースコートばかり。
「もちろんでございます。いつまでも国主導の整備がされず、酔っぱらいと盗人が跋扈《ばっこ》し犯罪が日常の東地区に住んでいるより、はるかにマシな生活が送れるのですから」
ヒースコートは、余裕たっぷりの笑みを浮かべているに違いない。そこに薄ら寒い慈愛めいたものすら漂わせて。
「なるほど。しかしずいぶん金がかかっているだろう。持ち出しだけでは難しいはずだ。俺以外にも協力者はいると言っていたよな?」
「はい。東地区の現状を見過ごせないと考えている名士は、いま殿下がお考えである以上に多くいることでしょう。その方々の資金があってはじめて、恵まれぬ者たちを救うことができるのです」
これは人身売買の買い主側の話だ、とジュディはあたりをつける。フィリップスは明らかに、ヒースコートに探りを入れている。誰がヒースコートに金銭を渡し、「品物」を受け取っているのか。
「素晴らしい奉仕の精神だ。なぜもっと大々的に喧伝しない? 善行なのだ、隠す必要はない。協力を惜しむ者たち、つまり政府や王家の立つ瀬がなくなるほど、見せつければ良いだろう。名誉に生きているという奴らに、大いに恥をかかせてやるべきだ」
もしジュディが、フィリップスという王子の中身を知らなければ、この疑問は言葉通りに受け取っていたかもしれない。年若く純朴な王子殿下の、まっすぐな心意気の発露であると。少なくとも、ヒースコートはそう考えている可能性が十分にある。
実際、まったく何も気づいていない様子で答えていた。
「おそれながら、いまの殿下と同じでございます。高潔の士である殿下は、ご自身の資産を私めに委ねてくださるとのことですが、それは国から王族の一員として割り当てられた予算の一部でもあります。『私財だから』と東地区に投入したと聞けば、恩恵に預かれなかった地域の国民は納得しないことでしょう。同様に、もし各地の地主貴族である協力者たちが、王都の貧民街に私財を投じていると明らかになれば、領地で不満が出る恐れがあります。彼らに尽くすより先に、自領の民に尽くせ、と。ゆえに、もっと事業が拡大し完全に安定するまで明かすことはできないのです」
ジュディは、余計な一言を口にしないよう、自分の手で自分の口を塞いでいた。
(よくもすらすらと、そんな詭弁が出ますね!)
空恐ろしいとはこのことだ。
ヒースコートは、フィリップスからもお金をだまし取ろうとしているのだ。
だが、フィリップスを侮りすぎだ。東地区でひとの移動があると気づいたフィリップスは、その実態が人身売買であると見抜き、どういうわけか主犯であるヒースコートの存在をも突き止めたのだろう。そして、自ら囮となって罠にはめようとしている。
これは罠だ、間違いない。
(危なすぎる。そんなこと、殿下ご自身で動くことじゃないわ。誰か信頼できる相手をうまく使って)
言いたいことが頭の中で暴れている。いまにも溢れ出しそうで、瞑目する。
フィリップスにとって信頼できる相手が、王宮には誰一人としていなかったということなのか。
巨悪の端緒にたどりつき、そこから陰謀を暴くというこの大事に、無私の使命感でのぞんでくれるであろう人材が、ひとりも思い浮かばなかったのか。だから自分だけでこの場に立ち向かっているのか。
切り抜けられるという、その自信はどこから。
そう思う一方で、自分がフィリップスの立場でも、同じことをするのかもしれないと、その気持がわかってしまう。
現にいまがそうだ。見過ごせない事案を前に、ジュディは飛び込んできてしまった。ステファンがいるのは心強いが、いよいよのときは自分ひとりでもできることをすると決意している。
フィリップスもまた、同じなのではと。
(どこで止めるべきなの? ここで情報を引き出せなければ、殿下はまだアリンガム子爵を泳がせるわよね。この場は一度やり過ごしてから、殿下を説得して、宰相閣下とも相談をし、次の交渉の場には護衛もひそませてもらうようにした方が良いんじゃないかしら。ただ、内情を知る人間が多くなると、どこにいるとも知れない子爵の協力者に殿下の「罠」が知られてしまうおそれもある……)
いずれにせよ、このまま暗がりで話の終わりまで聞いて、ガウェインに判断を仰ぐ方が良いだろう。
そう結論づけようとしたそのとき、フィリップスの明るく親しげな声が聞こえた。
「そういえばな、最近俺には面白い教育係がついたんだ。なんでも、その者が言うには『王の私有財産の制限や貴族たちへの今以上の寄付の義務付けなど、国民に受け入れられやすい政策を打ち出す』は、愚策なのだそうだ」
「はぁ……。それはまたなぜです?」
「『手続きを簡略化して強引に王侯貴族を弱体化させてしまえば、その後の政策を打ち出す前に倒されかねない。弱ったものは食われる』たしかそんなことを言っていた。つまり『それが民のためになるからと言って、正式な予算を組む手続きを踏まずに施しをしてしまえば、かえって憎き富裕層を野放しにはしておけない、さらに搾り取れと煽る者が出てきて、やがて不満を持つ者たちによって王権そのものが倒される』そういう意味だと考えている」
ジュディが言った覚えのある言葉に、フィリップスの解釈がのせられる。ジュディは眉をひそめた。いまここでその話を始める意図は?
嫌な予感がする。
「なるほど。それは私にもわかります。その意味でも殿下はここで、議会の承認を得ることなく東地区に私財を投じることはなるべくひとに知られぬよう、秘密になさった方が良いと、具申する次第です」
「民のためになると信じて俺が動いた結果、その他の民から信頼を失う。考えの足りない王子だと世間に印象付けることになり、結果的に王権の寿命を縮める、そういうことだよな。俺はな、子爵。この国の王家はまさに滅びれば良いと考えているんだ」
沈黙があった。流れるように話し続けてきたヒースコートにとって、この発言は不可解でしか無いに違いない。
理解を得られていないことなど見通しているだろうに、フィリップスは実に朗らかに言い切った。
「俺は公表するぞ、絶対に。東地区の開発は子爵が主導になって、すでに派手に資本を入れて動いていると。議会と王家に目にものを見せてやる。いいな? 子爵」
はからずも「悪事を暴露する」と宣言したに等しいフィリップスに対し、ヒースコートが暗い声で告げた。
「いいわけがありません、殿下。聞き分けてください。もうここまで来たら、あなたは私に従って頂くしかないんですよ。絶対に」
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