73 / 107
第六章
偽りの王を戴く未来
しおりを挟む
密約があった。
第二王子フィリップスを差し出せば、死んだとされた第一王子を返してやろう、と。
それを信じて王妃オリアーナは、幼い我が子を捨てたのだ。
(裏付けなど取れないし、もうずいぶん前のことだけに、本人たちだって記憶が曖昧かもしれない。たぶん、真相は永久にわからない……)
ジュディは「そうだとしても」とステファンに重ねて尋ねた。
「ジェラルドは、第一王子殿下ではないですよね? 年齢が、フィリップス様とは同じかその上、ガウェイン様よりは下に見えました」
一度目は連れ去られた潜伏先で、二度目は明るく照らし出された夜会会場にて、ジュディは彼を目にしている。
川に落ちた第一王子は、ガウェインよりも年上のはずなので、年齢が合わない。
ジュディの問いかけに、ステファンはまたもや渋面となった。
「確かにそうなんですが、お顔立ちはフローリー公に似ていらっしゃるので、閣下が突き止めたように、公の御子息というのはあり得ると思います。もしかしたら我々が想定しているよりもお若くて、それこそ第一王子殿下の御子息という可能性も」
「……!?」
さらりと紡がれた言葉に、ジュディは色をなした。ステファンは「わかりませんよ」と告げてから、先を続ける。
「そして彼はあの場で、フローリー公の生存説をはっきり認めてしまいました。それも、ガウェイン様のお父上であるという、噂を肯定する形で。これが事実と認定された場合、ガウェイン様はフィリップス様に次ぐ王位継承権第二位に浮上するわけです」
ジュディは頭の中で、王位継承の順位をさらう。
通常であれば第一位である第一王子が死亡のため、第二王子のフィリップスが第一位。第二位以下はフィリップスに実子がいた場合だが、いないため王弟のフローリー公となる。しかしここも死亡であり実子もいないため、現在の第二位は前王の第三子、元王とフローリー公の弟にあたる人物にある。
(もしガウェイン様がフローリー公の実子と認められた場合……第二位!?)
でもあの方はジュール侯爵で、と言いたいジュディの意を汲んだように頷いて、ステファンは噛んで含めるように言った。
「ガウェイン様のお母様は、フローリー公の唯一の正妻であったアルシア様です。もし俺が王家サイドの人間で、どうしてもガウェイン様を取り込もうと考えた場合、前ジュール侯爵とアルシア様の婚姻を無効にする方法を探します。フローリー公とアルシア様の婚姻は現在に至るまで有効であり、ガウェイン様はフィリップス様と同じく前王の孫であると証拠を捏造してでも出してしまえば、王位継承権第二位にして二代目フローリー公ガウェイン様を手に入れられる。しかも母親同士が姉妹であることから、フィリップス様とは従兄弟の間柄。超強力な王族の一員ですよ」
「でもその『フィリップス様』は、私たちの殿下ではなく、入れ替わったジェラルドですよね……?」
ガウェインが自分の顔立ちの印象を変え、フローリー公実父説に対して否定を貫いてきた真の意味が、ここにきて痛いほどにわかる。
彼こそが、フィリップスの有力な競争相手となり得る立ち位置であったのだ。
もし本人にその気があれば、簡単にフィリップスを脅かせたはずだ。その危うさを、誰よりも本人たちは知っていたはず。
(かつて東地区に捨てられていたフィリップス王子を見つけ、王宮に連れ戻したガウェイン様。だけど長じるにつれ、フィリップス様は王位に対しての否定的な言動が目立つようになる……)
自分が王になったら、王家を廃止するのだと言わんばかりの強さで。ジュディはそれを、庶民志向で正義感の現れと受け取っていたが、彼が叫んでいたのはもっと別の思いだったのかもしれない。
“汚れた自分は、王にふさわしくない。王になどなれない。偽りの王を戴いてはならない、王家は自分の代で終わる”
王位への拒否感は、恐れだったのではないだろうか。間違えた人間が王になってしまう、という。
だが有力な対抗者はいない。
限りなくその立ち位置に近いガウェインは、自分が東地区から連れ帰ったフィリップスが王になることを望んでいる。おそらく、フィリップスが尻込みをすれば、ジェラルドが取って代わる陰謀が動くのを察知していたから。
「もしジェラルドの目的が入れ替わりで、殿下に近づき信頼を得て『王など不要だ、王権など倒れるべきだ』と吹き込んで揺さぶりをかけ、王宮で孤立するアウトローに仕上げていたのだとしたら、とんだ食わせ者です。いざ自分が王ともなれば、その特権をほしいままにするつもりのくせに。王権の停止など考えもしないことでしょう」
「……こうなる前に、もっと私にもできることが……」
頭を抱えたジュディに対し、ステファンは少しだけ身を乗り出して、表情を和らげて言った。
「俺は先生を甘やかす立場にありませんが、少しだけ甘いことを言わせてください。あなたは殿下と真っ向から向き合い、話し相手として受け入れられている。今も傷ついたあの方のそばに近づけるでしょう? それはね、殿下にとっても閣下にとっても、とてもありがたいことですよ。あなたはよくやっているんです。自分を責めて自信を失っている暇はありません、できることから働いてください」
途中まで沈痛な面持ちで、しみじみと聞いていたジュディであったが、最終的に「働け」と言われて顔を引き締めた。
「そうですね。ガウェイン様も難しいお立場にありながら、お仕事をなさっているわけですから。私もぼーっとしてはいられません」
すくっと立ち上がる。
そろそろフィリップスが目覚めているかもしれない。そばについていた方が良いだろう。
そのジュディを見て、ステファンも席を立った。
「いずれにせよ、恋い焦がれていた一目惚れのお姫様と結ばれたことで、閣下が以前とは見違えるように生き生きとしているのは事実です。信念だけのひとでしたけど、最近は人間味があると言いますか」
「……んっ?」
何か変なことを言っているな、と思いながらジュディが顔を上げると、見下ろしてきたステファンににっこりと微笑まれる。指で自分の首を指しながら、面白そうに言った。
「あなたのここ、虫に噛まれましたか? 赤くなっています」
その手の動きを見ながら、自分の首に手をあてたジュディは、言葉もなくゆっくりと顔を赤らめた。
真っ赤になったジュディを前に、ステファンは楽しげに続ける。
「離婚したって聞いて、ものすごく喜んでましたからね。ひとの不幸を喜ぶ性格でもないのに、あれはわかりやすかった。そのわりに、ずいぶん時間をかけたものです。面白そうなんで今度ぜひゆっくり聞かせてくださいね、のろけ話」
「しませんよ、何を言っているんですか!」
ジュディが言い返すと、ステファンは遠慮なく噴き出して、明るく声を上げて笑った。
第二王子フィリップスを差し出せば、死んだとされた第一王子を返してやろう、と。
それを信じて王妃オリアーナは、幼い我が子を捨てたのだ。
(裏付けなど取れないし、もうずいぶん前のことだけに、本人たちだって記憶が曖昧かもしれない。たぶん、真相は永久にわからない……)
ジュディは「そうだとしても」とステファンに重ねて尋ねた。
「ジェラルドは、第一王子殿下ではないですよね? 年齢が、フィリップス様とは同じかその上、ガウェイン様よりは下に見えました」
一度目は連れ去られた潜伏先で、二度目は明るく照らし出された夜会会場にて、ジュディは彼を目にしている。
川に落ちた第一王子は、ガウェインよりも年上のはずなので、年齢が合わない。
ジュディの問いかけに、ステファンはまたもや渋面となった。
「確かにそうなんですが、お顔立ちはフローリー公に似ていらっしゃるので、閣下が突き止めたように、公の御子息というのはあり得ると思います。もしかしたら我々が想定しているよりもお若くて、それこそ第一王子殿下の御子息という可能性も」
「……!?」
さらりと紡がれた言葉に、ジュディは色をなした。ステファンは「わかりませんよ」と告げてから、先を続ける。
「そして彼はあの場で、フローリー公の生存説をはっきり認めてしまいました。それも、ガウェイン様のお父上であるという、噂を肯定する形で。これが事実と認定された場合、ガウェイン様はフィリップス様に次ぐ王位継承権第二位に浮上するわけです」
ジュディは頭の中で、王位継承の順位をさらう。
通常であれば第一位である第一王子が死亡のため、第二王子のフィリップスが第一位。第二位以下はフィリップスに実子がいた場合だが、いないため王弟のフローリー公となる。しかしここも死亡であり実子もいないため、現在の第二位は前王の第三子、元王とフローリー公の弟にあたる人物にある。
(もしガウェイン様がフローリー公の実子と認められた場合……第二位!?)
でもあの方はジュール侯爵で、と言いたいジュディの意を汲んだように頷いて、ステファンは噛んで含めるように言った。
「ガウェイン様のお母様は、フローリー公の唯一の正妻であったアルシア様です。もし俺が王家サイドの人間で、どうしてもガウェイン様を取り込もうと考えた場合、前ジュール侯爵とアルシア様の婚姻を無効にする方法を探します。フローリー公とアルシア様の婚姻は現在に至るまで有効であり、ガウェイン様はフィリップス様と同じく前王の孫であると証拠を捏造してでも出してしまえば、王位継承権第二位にして二代目フローリー公ガウェイン様を手に入れられる。しかも母親同士が姉妹であることから、フィリップス様とは従兄弟の間柄。超強力な王族の一員ですよ」
「でもその『フィリップス様』は、私たちの殿下ではなく、入れ替わったジェラルドですよね……?」
ガウェインが自分の顔立ちの印象を変え、フローリー公実父説に対して否定を貫いてきた真の意味が、ここにきて痛いほどにわかる。
彼こそが、フィリップスの有力な競争相手となり得る立ち位置であったのだ。
もし本人にその気があれば、簡単にフィリップスを脅かせたはずだ。その危うさを、誰よりも本人たちは知っていたはず。
(かつて東地区に捨てられていたフィリップス王子を見つけ、王宮に連れ戻したガウェイン様。だけど長じるにつれ、フィリップス様は王位に対しての否定的な言動が目立つようになる……)
自分が王になったら、王家を廃止するのだと言わんばかりの強さで。ジュディはそれを、庶民志向で正義感の現れと受け取っていたが、彼が叫んでいたのはもっと別の思いだったのかもしれない。
“汚れた自分は、王にふさわしくない。王になどなれない。偽りの王を戴いてはならない、王家は自分の代で終わる”
王位への拒否感は、恐れだったのではないだろうか。間違えた人間が王になってしまう、という。
だが有力な対抗者はいない。
限りなくその立ち位置に近いガウェインは、自分が東地区から連れ帰ったフィリップスが王になることを望んでいる。おそらく、フィリップスが尻込みをすれば、ジェラルドが取って代わる陰謀が動くのを察知していたから。
「もしジェラルドの目的が入れ替わりで、殿下に近づき信頼を得て『王など不要だ、王権など倒れるべきだ』と吹き込んで揺さぶりをかけ、王宮で孤立するアウトローに仕上げていたのだとしたら、とんだ食わせ者です。いざ自分が王ともなれば、その特権をほしいままにするつもりのくせに。王権の停止など考えもしないことでしょう」
「……こうなる前に、もっと私にもできることが……」
頭を抱えたジュディに対し、ステファンは少しだけ身を乗り出して、表情を和らげて言った。
「俺は先生を甘やかす立場にありませんが、少しだけ甘いことを言わせてください。あなたは殿下と真っ向から向き合い、話し相手として受け入れられている。今も傷ついたあの方のそばに近づけるでしょう? それはね、殿下にとっても閣下にとっても、とてもありがたいことですよ。あなたはよくやっているんです。自分を責めて自信を失っている暇はありません、できることから働いてください」
途中まで沈痛な面持ちで、しみじみと聞いていたジュディであったが、最終的に「働け」と言われて顔を引き締めた。
「そうですね。ガウェイン様も難しいお立場にありながら、お仕事をなさっているわけですから。私もぼーっとしてはいられません」
すくっと立ち上がる。
そろそろフィリップスが目覚めているかもしれない。そばについていた方が良いだろう。
そのジュディを見て、ステファンも席を立った。
「いずれにせよ、恋い焦がれていた一目惚れのお姫様と結ばれたことで、閣下が以前とは見違えるように生き生きとしているのは事実です。信念だけのひとでしたけど、最近は人間味があると言いますか」
「……んっ?」
何か変なことを言っているな、と思いながらジュディが顔を上げると、見下ろしてきたステファンににっこりと微笑まれる。指で自分の首を指しながら、面白そうに言った。
「あなたのここ、虫に噛まれましたか? 赤くなっています」
その手の動きを見ながら、自分の首に手をあてたジュディは、言葉もなくゆっくりと顔を赤らめた。
真っ赤になったジュディを前に、ステファンは楽しげに続ける。
「離婚したって聞いて、ものすごく喜んでましたからね。ひとの不幸を喜ぶ性格でもないのに、あれはわかりやすかった。そのわりに、ずいぶん時間をかけたものです。面白そうなんで今度ぜひゆっくり聞かせてくださいね、のろけ話」
「しませんよ、何を言っているんですか!」
ジュディが言い返すと、ステファンは遠慮なく噴き出して、明るく声を上げて笑った。
1
あなたにおすすめの小説
離宮に隠されるお妃様
agapē【アガペー】
恋愛
私の妃にならないか?
侯爵令嬢であるローゼリアには、婚約者がいた。第一王子のライモンド。ある日、呼び出しを受け向かった先には、女性を膝に乗せ、仲睦まじい様子のライモンドがいた。
「何故呼ばれたか・・・わかるな?」
「何故・・・理由は存じませんが」
「毎日勉強ばかりしているのに頭が悪いのだな」
ローゼリアはライモンドから婚約破棄を言い渡される。
『私の妃にならないか?妻としての役割は求めない。少しばかり政務を手伝ってくれると助かるが、後は離宮でゆっくり過ごしてくれればいい』
愛し愛される関係。そんな幸せは夢物語と諦め、ローゼリアは離宮に隠されるお妃様となった。
これは王命です〜最期の願いなのです……抱いてください〜
涙乃(るの)
恋愛
これは王命です……抱いてください
「アベル様……これは王命です。触れるのも嫌かもしれませんが、最後の願いなのです……私を、抱いてください」
呪いの力を宿した瞳を持って生まれたサラは、王家管轄の施設で閉じ込められるように暮らしていた。
その瞳を見たものは、命を落とす。サラの乳母も母も、命を落としていた。
希望のもてない人生を送っていたサラに、唯一普通に接してくれる騎士アベル。
アベルに恋したサラは、死ぬ前の最期の願いとして、アベルと一夜を共にしたいと陛下に願いでる。
自分勝手な願いに罪悪感を抱くサラ。
そんなサラのことを複雑な心境で見つめるアベル。
アベルはサラの願いを聞き届けるが、サラには死刑宣告が……
切ない→ハッピーエンドです
※大人版はムーンライトノベルズ様にも投稿しています
後日談追加しました
白い結婚はそちらが言い出したことですわ
来住野つかさ
恋愛
サリーは怒っていた。今日は幼馴染で喧嘩ばかりのスコットとの結婚式だったが、あろうことかパーティでスコットの友人たちが「白い結婚にするって言ってたよな?」「奥さんのこと色気ないとかさ」と騒ぎながら話している。スコットがその気なら喧嘩買うわよ! 白い結婚上等よ! 許せん! これから舌戦だ!!
【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?
との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」
結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。
夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、
えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。
どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに?
ーーーーーー
完結、予約投稿済みです。
R15は、今回も念の為
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
初夜った後で「申し訳ないが愛せない」だなんてそんな話があるかいな。
ぱっつんぱつお
恋愛
辺境の漁師町で育った伯爵令嬢。
大海原と同じく性格荒めのエマは誰もが羨む(らしい)次期侯爵であるジョセフと結婚した。
だが彼には婚約する前から恋人が居て……?
いつまでも甘くないから
朝山みどり
恋愛
エリザベスは王宮で働く文官だ。ある日侯爵位を持つ上司から甥を紹介される。
結婚を前提として紹介であることは明白だった。
しかし、指輪を注文しようと街を歩いている時に友人と出会った。お茶を一緒に誘う友人、自慢しちゃえと思い了承したエリザベス。
この日から彼の様子が変わった。真相に気づいたエリザベスは穏やかに微笑んで二人を祝福する。
目を輝かせて喜んだ二人だったが、エリザベスの次の言葉を聞いた時・・・
二人は正反対の反応をした。
身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される
絵麻
恋愛
桐島花は父が病没後、継母義妹に虐げられて、使用人同然の生活を送っていた。
父の財産も尽きかけた頃、義妹に縁談が舞い込むが継母は花を嫁がせた。
理由は多額の結納金を手に入れるため。
相手は二十五歳も歳上の、海軍の大佐だという。
放り出すように、嫁がされた花を待っていたものは。
地味で冴えないと卑下された日々、花の真の力が時東邸で活かされる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる