王子様の教育係、承りました! ~純情で腹黒な宰相閣下の策略から始まる溺愛、実は重い。すごく。~

有沢真尋

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第七章

声を聞く

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「フィリップス様の入れ替え騒動では、完全にメディアを押さえられました。事実がどうであれ、情報が捻じ曲げられてしまえば真実などいかようにも書き換えられるということが、あの一件でよくわかりました。あちら側には、相当な切れ者がついています。この分だと、次は議会が潰される」

 テーブルにつき、アルシアのすすめた果実酒で喉を潤して、ガウェインはそう切り出した。

「狙いを掴んだの?」

 アルシアが端的に切り返し、ガウェインは「大まかに」と認める形で答えてから、話を続けた。

「この国の法律は、下院と貴族院と国王の三者の合意を得て制定されるとなっていますが、歴史的にみて両院を通過した案に対し、国王が同意を与えなかった最後の事例はもう百年以上前のことです。実質、議会は王権からの制約を受けない状態にあります」

「王権を強化するにあたって、現在の議会は強すぎるという意味でしょうか」

 横で聞いていたジュディは思わず疑問を差し挟み、アルシアとの会話に出しゃばってしまったと慌てて口をつぐんだが、ガウェインは咎めることもなく「そうとも言える」と頷いた。

「議会が強いのは間違いない。また、爵位貴族を招集した貴族院にしても、オールド・フォートのようにもはや選挙が成り立たない選挙区を擁し、実質大地主や富裕層のみに開かれている下院の構成に関しても、問題は多い。だが、それでもこの国の議会はおそらく、世界的に見てもかなりまっとうに機能している。なぜだと思う?」

 ガウェインはグラスを手にしたまま、ジュディをまっすぐに見て尋ねてきた。

(能力に拠らず集められた貴族たちと、庶民の多数を占める労働者階級からは代表を出せていない下院が、国民の期待に沿う働きができる理由……?)

 社会が求めるものを政治が掬い上げることができているとすれば、それは「声」を聞く仕組みがそこにあるからではないかと、考えられる。
 では、「声」を届けているのは誰なのか。

「メディアが、発達しているから、ですか?」

 ジュディの視線の先で、ガウェインは唇に上品な笑みを浮かべた。

「その通りだ。国民の声を伝えるジャーナリズムを、政治は無視できない。また、直接の訴えである請願書に注意を払っている議員も多い。これを伝統的に国民もよくわかっているので、地域を超えて連携した請願書が提出されるし、議員も自分の地元以外からの請願であっても耳を傾ける傾向がある。こうして、国の現実を見据えて政治に反映しようとする力が議会には備わっているので、これまでのところ大きな齟齬がなく、この国は繁栄している」

「であれば、その議会を差し置いて王権に力を戻そうという動きは、国民の利益を損なう恐れがありませんか」

 ジュディがフィリップスの教育係となったとき、フィリップスは王権を打倒することを念頭に置いていた。
 それはさすがに極端に過ぎると待ったをかけた身であるが、だからといって議会から王権へ力の流れを変えようとする動きにも賛成できない。

(「声」が届かなくなるのでは……)

 国民と政治が切り離されるような不審感が、そこにある。
 ジュディの懸念を、ガウェインもよく理解しているようで「俺もそう考えているが」と話を引き取った。

「今回の入れ替え騒動ではっきりしたように、王権はすでにメディアを引き込んでいる。王子が別人に入れ替わるという異常を、多くの目撃者のいる場で行いながらも、国民に正しく伝えずに騙し通した。あれはおそらく、今後さらに異常な何かを行うための前実験だ。これをそのまま野放しにしてしまえば、向こうは必ず次の一手を打ってくる。ここで食い止めねばならない」

 その声には、決然とした響きがあった。





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