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第八章
講釈
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「話が面白い女と思われるのは大事。だけど、調子に乗って話していると足元をすくわれるわ。どれだけ相手があなたの話に興味関心を示しているように見えても、話しすぎないことが肝心よ。あなたの周りに集まってくるお上品な貴族の女性たちの目当ては、あなたの面白い話ではなくスキャンダルなんですもの。ゴシップは彼女たちの最大の娯楽。そして宰相閣下には敵も多い」
昨日の今日で、ヴィヴィアンは午前中に手紙をくれると、午後にはジュール侯爵邸を訪れてジュディにありがたい講釈をしてくれていた。
内容は、通称「金曜会」とシンプルな名で呼ばれるレイトン侯爵夫人主催の夜会で、どのように立ち回るべきかについてだ。
ヴィヴィアン曰く、そこは「この時代、この国の『社交界』と呼ばれるもののすべてが結集した舞台」とのことだった。
「観客席は……ないんですよね?」
無駄なことを聞いた。
給仕を務めるステファンが差し出した皿を真剣な目で見つめ、ティーケーキをつまみ上げたヴィヴィアンは「無いわね」と即答する。
「いまのあなたなら、姿を見せるだけで主役級の注目度よ。本当に主役になれるかどうかはあなた次第なのだけど。隙を見せたらどんな目に遭うことか。宰相閣下に懸想していたご令嬢は、あなたが想像している以上に多いわ。本人だけではなく、家をあげて狙っていた方々だっているのよ。それが……再婚。かつてのアルシア様の振る舞いを覚えておいでの方も多いでしょうね。親子二代で再婚の花嫁……」
遠慮のない物言いに対し、ジュディは喉元まできていた「再婚ですみません」の言葉を呑み込む。謝る必要のない場面で謝るのは、絶対にいけない。
ソファに行儀よく座って、ヴィヴィアンを見つめた。
「社交界の方は条件でお相手を選ぶことかと思いますが、王妃様と難しい関係になっているガウェイン様は実際のところ、どうなのでしょう?」
「政治的なお立場が、どう転ぶかわからないという点では慎重にならざるを得ないけれど……。それを差し引いても、あのお綺麗な容貌を隠さなくなったのは非常に大きいことだと思うわ。恋に落ちるのは理屈ではないもの。これまで慎重な姿勢を貫いてきたご令嬢とて、内心穏やかではないはず。彼に見つめられたい、隣に立ちたい、あの腕に抱きしめられたい……! と思ったときに、そこにいるのがあなたよ、あ・な・た」
言うだけ言うと、ヴィヴィアンはティーケーキを頬張り、お茶のカップを手にした。話しぶりは威勢がよいのに、手つきはあくまで優雅なのはさすが生まれついての貴族である。
ジュディはヴィヴィアンがカップを置くのを待って、自分の考えを口にした。
「閣下が結婚なさるというのは周知の事実であり、結婚式の準備を始めていますが。それでも、付け入る隙があると?」
途端、ヴィヴィアンから「馬鹿ね」と叱り飛ばされる。
「あなたのお父上であるリンゼイ伯爵はなかなかの剛の者ですもの、迂闊に敵に回すわけにはいかないと誰だってわかっているわ。でも、あなたの前夫なんて何かといわくつきの相手なわけで、その方面からあなたを叩こうと思えばいくらでも叩けるじゃない。結婚までに『あんな女、ジュール侯爵には不釣り合い』という空気さえ作ってしまえば、相手の勝ちよ」
「不釣り合い……」
その言葉を噛み締めているジュディに対して、ヴィヴィアンはさらに言葉を重ねた。
「いくらあなたが自分の身辺に気をつけていても、スキャンダルは向こうからやってくる。夜会の場で愛想よく挨拶してきた男性に、礼儀正しく答えた。そこで、そのまま抱きつかれてキスをされたら? 相手に『我が愛しの恋人よ!』なんて大きな声で叫ばれたら? あっという間にあなたは不道徳な女として悪名を馳せる。言っておくけど、どうにかしてあなたを追い落としたい相手はそのくらいのこと、平気でやるわよ」
悪夢のような光景を思い浮かべて、ジュディは顔を強張らせた。
「それはもう、どう気をつければ良いのでしょう」
「人間の盾かしらね。変な人間を決して近づけないように周りを信頼できる人間で固めるとか? 物理の話」
ちらっと、ヴィヴィアンがジュディの背後に控えているステファンを見る。
あの男は使えるのかしら? とその目が言っているのを感じながら、ジュディは表情筋をぎりぎりと動かして、微笑んだ。
「『金曜会』は招待客の選別が著しく厳しいんですよね。それでも、そういった危険性はあるのですか。つまり、問題を起こせば出禁になりますでしょう。その危険を知りながらも、そこまでの無茶をするひとがいるとお考えですか」
招待状に関しては、ガウェインが「すぐに話をつけられる」と請け負ったので、行けるのは間違いない。
それでも、ヴィヴィアンの話を聞く限り、本来なら入り込むのは簡単ではない場だ。
そこでの「失態」はその場限りの話では終わらないはず。仕掛ける側には、失敗したら二度と社交界に出てこれなくなるくらいのリスクがあると考えられる。
主催のレイトン侯爵夫人が敵に回っていなければ、という注釈付きとなるが。
(その場合はもう、どうあっても罠は張り巡らされていることになるわよね?)
逆に言えば、その罠を乗り越えればちまちまと夜会や茶会を渡り歩いて顔つなぎをするよりも大きな戦果を得られる、それがヴィヴィアンの主張だ。ジュディも、それは理解できる。
「無茶をするひとがいないとは、言えない。そもそも、侯爵夫人があなたをどうお考えになっているかにもよるわね。敵である可能性だって否定できない。その場合は、積極的に潰しにくるはずよ」
まるでジュディの考えを読んだかのように、ヴィヴィアンもまたきっぱりとその可能性を口にした。そして「どう、上手くやれそう?」などと、決意を試すかのようにふっかけてくる。
ジュデイはなんと答えるべきか思いを巡らせ、慎重に言葉を紡いだ。
「上手くやれたほうが良いとは思いますが、上手くできなくてもなんとかします。世の中には上手くやれる人間だけがいるわけではありませんが、それなりにまわっていますでしょう?」
決定的なミスさえ避ければ、どうにか勝機はある。
そう告げるジュディに対し、ヴィヴィアンは「わかったわ」と言って居住まいを正した。
「それでは、閣下に懸想していてあなたのことを大いに恨み、憎んでいそうなご令嬢方のことを教えてあげる。しっかり胸に刻んでおいてね。甘く見ていると、必ず痛い目に遭うから」
昨日の今日で、ヴィヴィアンは午前中に手紙をくれると、午後にはジュール侯爵邸を訪れてジュディにありがたい講釈をしてくれていた。
内容は、通称「金曜会」とシンプルな名で呼ばれるレイトン侯爵夫人主催の夜会で、どのように立ち回るべきかについてだ。
ヴィヴィアン曰く、そこは「この時代、この国の『社交界』と呼ばれるもののすべてが結集した舞台」とのことだった。
「観客席は……ないんですよね?」
無駄なことを聞いた。
給仕を務めるステファンが差し出した皿を真剣な目で見つめ、ティーケーキをつまみ上げたヴィヴィアンは「無いわね」と即答する。
「いまのあなたなら、姿を見せるだけで主役級の注目度よ。本当に主役になれるかどうかはあなた次第なのだけど。隙を見せたらどんな目に遭うことか。宰相閣下に懸想していたご令嬢は、あなたが想像している以上に多いわ。本人だけではなく、家をあげて狙っていた方々だっているのよ。それが……再婚。かつてのアルシア様の振る舞いを覚えておいでの方も多いでしょうね。親子二代で再婚の花嫁……」
遠慮のない物言いに対し、ジュディは喉元まできていた「再婚ですみません」の言葉を呑み込む。謝る必要のない場面で謝るのは、絶対にいけない。
ソファに行儀よく座って、ヴィヴィアンを見つめた。
「社交界の方は条件でお相手を選ぶことかと思いますが、王妃様と難しい関係になっているガウェイン様は実際のところ、どうなのでしょう?」
「政治的なお立場が、どう転ぶかわからないという点では慎重にならざるを得ないけれど……。それを差し引いても、あのお綺麗な容貌を隠さなくなったのは非常に大きいことだと思うわ。恋に落ちるのは理屈ではないもの。これまで慎重な姿勢を貫いてきたご令嬢とて、内心穏やかではないはず。彼に見つめられたい、隣に立ちたい、あの腕に抱きしめられたい……! と思ったときに、そこにいるのがあなたよ、あ・な・た」
言うだけ言うと、ヴィヴィアンはティーケーキを頬張り、お茶のカップを手にした。話しぶりは威勢がよいのに、手つきはあくまで優雅なのはさすが生まれついての貴族である。
ジュディはヴィヴィアンがカップを置くのを待って、自分の考えを口にした。
「閣下が結婚なさるというのは周知の事実であり、結婚式の準備を始めていますが。それでも、付け入る隙があると?」
途端、ヴィヴィアンから「馬鹿ね」と叱り飛ばされる。
「あなたのお父上であるリンゼイ伯爵はなかなかの剛の者ですもの、迂闊に敵に回すわけにはいかないと誰だってわかっているわ。でも、あなたの前夫なんて何かといわくつきの相手なわけで、その方面からあなたを叩こうと思えばいくらでも叩けるじゃない。結婚までに『あんな女、ジュール侯爵には不釣り合い』という空気さえ作ってしまえば、相手の勝ちよ」
「不釣り合い……」
その言葉を噛み締めているジュディに対して、ヴィヴィアンはさらに言葉を重ねた。
「いくらあなたが自分の身辺に気をつけていても、スキャンダルは向こうからやってくる。夜会の場で愛想よく挨拶してきた男性に、礼儀正しく答えた。そこで、そのまま抱きつかれてキスをされたら? 相手に『我が愛しの恋人よ!』なんて大きな声で叫ばれたら? あっという間にあなたは不道徳な女として悪名を馳せる。言っておくけど、どうにかしてあなたを追い落としたい相手はそのくらいのこと、平気でやるわよ」
悪夢のような光景を思い浮かべて、ジュディは顔を強張らせた。
「それはもう、どう気をつければ良いのでしょう」
「人間の盾かしらね。変な人間を決して近づけないように周りを信頼できる人間で固めるとか? 物理の話」
ちらっと、ヴィヴィアンがジュディの背後に控えているステファンを見る。
あの男は使えるのかしら? とその目が言っているのを感じながら、ジュディは表情筋をぎりぎりと動かして、微笑んだ。
「『金曜会』は招待客の選別が著しく厳しいんですよね。それでも、そういった危険性はあるのですか。つまり、問題を起こせば出禁になりますでしょう。その危険を知りながらも、そこまでの無茶をするひとがいるとお考えですか」
招待状に関しては、ガウェインが「すぐに話をつけられる」と請け負ったので、行けるのは間違いない。
それでも、ヴィヴィアンの話を聞く限り、本来なら入り込むのは簡単ではない場だ。
そこでの「失態」はその場限りの話では終わらないはず。仕掛ける側には、失敗したら二度と社交界に出てこれなくなるくらいのリスクがあると考えられる。
主催のレイトン侯爵夫人が敵に回っていなければ、という注釈付きとなるが。
(その場合はもう、どうあっても罠は張り巡らされていることになるわよね?)
逆に言えば、その罠を乗り越えればちまちまと夜会や茶会を渡り歩いて顔つなぎをするよりも大きな戦果を得られる、それがヴィヴィアンの主張だ。ジュディも、それは理解できる。
「無茶をするひとがいないとは、言えない。そもそも、侯爵夫人があなたをどうお考えになっているかにもよるわね。敵である可能性だって否定できない。その場合は、積極的に潰しにくるはずよ」
まるでジュディの考えを読んだかのように、ヴィヴィアンもまたきっぱりとその可能性を口にした。そして「どう、上手くやれそう?」などと、決意を試すかのようにふっかけてくる。
ジュデイはなんと答えるべきか思いを巡らせ、慎重に言葉を紡いだ。
「上手くやれたほうが良いとは思いますが、上手くできなくてもなんとかします。世の中には上手くやれる人間だけがいるわけではありませんが、それなりにまわっていますでしょう?」
決定的なミスさえ避ければ、どうにか勝機はある。
そう告げるジュディに対し、ヴィヴィアンは「わかったわ」と言って居住まいを正した。
「それでは、閣下に懸想していてあなたのことを大いに恨み、憎んでいそうなご令嬢方のことを教えてあげる。しっかり胸に刻んでおいてね。甘く見ていると、必ず痛い目に遭うから」
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