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箱庭の花火、後編
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咄嗟に横に飛び退けば、先程まで居た場所へ手を伸ばそうとしていた男が居た。ポカンとこちらを見る男が警戒する前にと踏み込み、思い切り足払いをかける。
突然のことに対応できなかった男は背中を強かに床へと打ち付け、思ったより大きな音が立った。少し離れた所から足音が聞こえ、可能性は考慮していたが複数犯だったことに舌打ちする。
急いで部屋を出れば、左の廊下の先から三人の男がこちらに向かってきていた。しかたないためそのまま反対側へと進み、足音が聞こえない方向を確認しつつ思考を回す。
建物の構造は、よくあるオフィスビルと言ったところか。一階分に大体7から10程度の部屋が入り、全部の部屋同士が隣接している訳では無い。
この街にはいくらでもビルが建っている。すべてろくに使われもしない廃墟も同然だが、無くなればわざわざ新しく建てて"路地裏"を増やすくらいにはあるのだ。
大体この街にある建物の作りはどこも一緒。それは既に西区の奴らから聞いたことで、拠点でもない限り手は加えられていない。
ならば、階段の位置も大体同じだろうと当たりをつける。部屋の間を適当に逃げているように見せかけて、予想した場所に出ればやはり階段はあった。
が、下から上ってくる足音がする。どうするかと考えて、迷う暇はないなと吹き抜け部分から下を覗く。まだ人は居ないことを確認して、手すりを乗り越えてショートカットする。
もう一階分降りられるなと同じことをして二階分を降りたところで下からやってきた男と目が合った。しかも思ったより近い位置にいる。
着地の体制から立て直すより、相手の判断の方が早かった。腹部に強い衝撃と吹っ飛ばされた浮遊感に、蹴り飛ばされたのだとすぐさま状況を理解する。
身体を捻ってどうにか叩きつけられることなく着地し、そのままこの階の部屋に隠れることにした。ここまで来るとあと何人居るのか分からないため、下手に非常口なんかを探して出ようとしたら先回りされて捕まる可能性がある。
落ちている瓦礫を使って自分の位置を誤魔化しつつ、どうにか部屋の中へと逃げ込む。しばらく息を潜めていれば、ガッ!と壁を殴ったような音が聞こえた。続いて聞こえる怒号に、取り敢えず今は逃げ切ったことを確信する。
「…っ」
流石に腹部の激痛に耐えられずその場に座り込む。既にぐちゃぐちゃになった浴衣の襟元を開けて、腹部を確認する。
蹴られた場所は、既に肌の色が変色していた。これは立派な青アザになりそうだと、恐らく号泣するだろうヒロのことを考えて遠い目をしてしまうローグ。
腹部は確かに痛いが、もう動けない程ではない。とにかく今は逃げ出すことが優先だと、入った部屋に何かないかと見渡した。
ここはどうやら小さい倉庫のような場所だったらしい。ダンボールが大量にあるが、どれも空で何もなさそうだった。ないよりはマシかと、あるだけのダンボールをドアの前に積んでいく。これで少しでも時間稼ぎになれば上々か。
幸い、二階分程の階段は降りた。位置が少々高いがこの部屋にも窓がある。下はコンクリートの地面だが、このぐらいなら酷くても打ち身程度で済ませられるだろう。何せローグも、この地域の住人であるから。
ただしこの窓は二重構成で、一枚目を蹴破ったとて二枚目を割る前に音を聞き付けた人攫いに捕まる可能性が高い。天井付近に通気口はあるが、ローグが通れるサイズではないため使えない。こっそりとドアから出たとて、出口を探している最中に見つかり捕まるだろう。
となれば、人攫いたちが離れた場所にいることに賭け、窓を蹴破る他ない。
もう一度窓を確認するが、厚みはそれほどなさそうだった。ただ熱を逃がさない様の二重窓なのだろう。この建物自体がボロボロなこともあり、一枚ずつなら確実に壊せる。
意を決して、まず一枚目。大きな音が鳴り響き、割れた窓の破片が頬を掠めた。声と足音がそんなに離れていないところから聞こえ、舌打ちを一つする。
申し訳程度に段ボールをドアの前に積んでいたが、空のものでは大して足止めにならないだろう。足場にしたため潰れた段ボールをどけ、新しい物を手早く積む。
積み終わった瞬間、ドアが開けられ段ボールが崩れた。
「見つけたぞ、クソガキ!手間かけさせやがって!!」
入ってきたのは人攫いの一人。崩れた段ボールで足元が埋まり、なかなかこちらに来れないらしい。
そんな好機を見逃すわけがなく、窓を蹴破ろうと足に力をいれ─
太股に走った痛みによりバランスを崩した。
同時に聞こえる銃声で、どうやら脚を撃たれたと自覚する。脚を撃たれてしまえば窓を壊すことはもう不可能であるし、もう一度人攫いを撒くことも出来ない。
思考をフル回転させても、結果は全て逃亡は不可能と出る。
脚を怪我してしまえばこちらは所詮11歳のガキだ。戦ったところで大人に勝てるわけもなく、助けを呼ぼうにも連絡手段は最初からない。
ただ一つ気になることは、窓ガラスが割れる音を聞いて駆けつけたのが、複数いるはずの人攫いの一人だけということ。あれだけ大きな音だったというのに、他の声も足音も聞こえない。
しかし脚を怪我したローグがたった一人だけとはいえ、大人相手に勝てるわけがない。
「さぁて、悪いガキはお仕置きしなくちゃなあ?」
ニタニタと下衆な笑みを浮かべた人攫いが近づいて来る。万事休すかと思った瞬間、聞こえたのは乾いた音と目の前の人攫いが床に倒れた音だった。
人攫いは頭から血を流していた。倒れたときにぶつけたのではなく、明らかに撃ち抜かれた跡がある。
「仕置きなら勝手にテメェが受けてろ」
突然のことに思考がついていけないでいると、酷く怒りをはらんだ聞き覚えのある声がした。
声が聞こえたのは部屋の出入口。ドアの所に、煙の出ている拳銃を持った、怒りだけが含まれている目で動かない死体を睨む梭介がそこにいた。それはいつものおちゃらけた高校生でなく、まさに「裏社会のボス」という存在で。
顔も声も知っているはずなのに、全くの別人に思えて。
「…お前、何で…」
「よぉ、犬っころ…まてお前脚どうした!?」
ローグがようやく絞り出した掠れ声に振り向いた彼は、既にいつもの知っている猿に戻っていた。脚の止血をするため、梭介はローグが着ている着物の袖を破る。
その時に、彼から微かに血の臭いがした。
「…血の臭いがする。怪我でもしたのか?」
「あぁ、いや、俺のじゃねぇし、ヒロちゃんでもねぇから気にすんな」
そう言われて、他の人攫いたちが来なかった理由がわかった。おそらく彼が潰したのだろう。手が少し赤いことに気づき、わざわざ素手で殴ったのかと気になる。
それ以前に、何でここが分かったのだろうか。
聞きたいことは色々あったのだが、どうにも言葉がでない。口を開いては閉じるを繰り返してしまう。しかしローグが何を言いたいか察したのだろう。手当てを終わらせた猿が口を開く。
「見回りしてる南のやつらが此処を教えてくれた。お前が拐われてからもう三時間は経ってる」
「三時間…けっこう経ってるな」
「此処は東と北の境だからなぁ。祭の場所から大分遠い。仕方ねぇよ」
「…何で来たんだ?」
「は?」
心底意味がわからないという顔でこちらを見る梭介。ただ、ローグも今の自分の発言がよく分かっていなかった。
何で今こんなことを言ったんだ?
「お前……は?何でって…拐われたら迎えに来るだろ」
「何で?おれを助けてお前に何のりえきがある?助ける理由は?おれはお前の友人でも家族でもないのに何で─」
「ゴチャゴチャうっせぇなぁ!!」
堰を切ったように出てくるローグの言葉を遮って梭介が叫ぶ。うつ向いていた顔を反射的に上げれば、怒りの色が見える目と目があった。
同じ怒っている目でも、先程の人攫いに向けていたものとは正反対の様に思えた。
「お前はもう西区の家族だろうが。居なくなったら心配するし、拐われたらいつでも迎えに来てやるよ」
怒りを含んだ目でも、そこにあるものは心配と呼ばれる感情で。
「俺に利益があるとすれば、お前と一緒に居られることだ」
ローグは今、生まれて始めて「心配をかけて申し訳ない」と思えた。
「だからほら、帰るぞローグ」
差し出された手を反射的に掴めば、己の中で名前を知らない感情が生まれる。
言いたいことは山ほどあった。しかしそれを言葉にするには、どうやらまだ経験が足りないらしい。そして、言葉に出来なかったその感情は、涙という形で溢れてしまった。
「うぇ!?何で泣くんだ!?そんなに怖かったのか!!?もう大丈夫だぞ!!」
「う…せ……っ…ガキあつかい…すんな…」
自分の意思に関係なく溢れる涙を、目を擦るなと服の袖で拭ってくれる。
頭を撫でられて、抱き抱えられ、いつもなら怒っているはずなのに泣き続けるローグに、あちらもどうしたらいいのか分からないらしい。
「ほら、泣き止めって。このまま帰ったら俺が泣かしたみたいだろー?」
「し、らねっ…とまんね……」
「えー…まぁ、まだお前11だもんなぁ。突然拐われてビックリしたよなぁ……次からはもっと早く迎えにいくからさ。そんな泣くなよ」
赤ん坊のようにあやされても、羞恥や怒りはわいてこない。ただただ、初めての感情に押し潰されそうだった。
「あー…あっ!ほら見てみろ犬っころ!花火花火!!」
ヒュー…という音と、その声に顔を上げる。
瞬間、暗い空が明るくなる。色とりどりの花が打ち上がり、辺りを照らした。
「おーおー…姫の野郎、派手にやるなぁ…」
「…すげぇな」
「お、何?犬っころは花火がお好きで?」
「…そうだな。初めて見たが、きれいだ」
「え、マジで?」
次々と打ち上がる花火に目を捕らわれる。なにやら猿が「初めて見た花火が南のかよ…」等と呟いているが、花火の音で掻き消された。
しばらくしてようやく花火が終わる。終わってしまって残念そうにするローグに、不満そうな声で梭介が言う。
「へー…そんなに南の花火が気に入ったの」
「初めてなんだから、気に入るも何もねぇだろ」
「初めてなんて聞いてねぇぞ犬っころ」
「その犬っころってのやめろ」
「じゃあワンちゃん」
「!?」
そのまま何度もワンちゃんと呼び、どうやら彼の中ではすでにその呼び方が定着したらしい。犬っころよりはマシかもしれないが何かヤダと言う暇もなく、新しい呼び名が決定してしまった。
「来年は俺がでっけー花火打ち上げてやるから、楽しみにしとけよー?」
「来年もやるのか、祭り」
「毎年やるっつの。来年こそ屋台を楽しもうぜ」
「また拐われたら?」
「いくらでも迎えに行ってやるから」
また来年。その言葉で何故か心がほわっとして。何が何だか分からないけれど、気分は悪くないとローグは揺れる腕の中で目を瞑った。
また来年。しかしその約束は果たされることはなかった。
8月中旬には、路地裏街で夏祭りがある。あの街に隣接している隣町からは、毎年夜空に大きな黄色い花が咲いくのが見えた。
ローグはその花火がよく見える場所に部屋を借りて、五年ほど自宅から次々と打ち上がる花火を眺めていた。何でか毎年その時期を楽しみにしてしまい、その理由が分からずモヤモヤしたものだ。
ようやっとそのモヤモヤが解消したその年も、待ち望んだその日がやって来た。
「それぞれ準備できたかー?」
「おい、一番でかいやつねぇぞ」
「あ、さっき梭介さんが仕上げするって持ってったよ?」
「は?今から?」
「丁度今終わりましたー!!ほら、セットしろや!!」
「つか、お前らもう手伝いいいから!さっさと祭り楽しんでこい!」
周りのやつらに追いやられ、準備も楽しみの一つだろ!と叫ぶ梭介を引きずってローグはその場を後にする。手伝いに来ていたヒロは苦笑いしていたが、引きずられつつも楽しそうな梭介に気づいて顔を綻ばせた。
知り合いの屋台を冷やかしつつ、待ち人をのんびり待つ。が、とうとうヒロが我慢できずに焼きトウモロコシを一本購入し食べ始めたところで、ようやく待ち人がやってきた。
と言っても彼はヒロの待ち人なので、二人は合流すると早速巡ってくると人混みに消えていった。
残されたローグと梭介は一度視線を合わせて、自分たちも行くかと彼らとは違う方向へ進む。人混みも相まって、着せられた浴衣で歩きにくい。
「ワンちゃん、やっぱりオレンジ似合うね。赤い帯も完璧では…!?」
「オレンジじゃなくて山吹色な」
「難癖付けたがりやめろって」
他愛もない会話をしながら適当に屋台を巡る。買って貰ったりんご飴を食べながら、焼きそばを買いにいった梭介をベンチに座って待つ。
何だか既視感のある状況に、戻ってきた梭介が笑いながら言った。
「ワンちゃんが拐われてたらどうしようかと思った」
「んな簡単に拐われるぐらい弱かねぇよ」
「そうなんだけど…あの時は焦ったなぁ、って」
「拐われたって、迎えに来てくれるんだろう?」
「当たり前!」
並んでベンチに座り、時間になるのを待つ。中身のない会話を楽しんでいれば、ヒュー…という音にどちらも黙った。
大きな音と同時に空に花が咲く。一発目はいつからだったか、毎年大きな黄色い花火が上がる。その花火は毎年隣の男が作ったものだということは、つい先日知ったばかりだ。
「おかえり、ローグ」
それが、ローグとの約束だったことも。自分が忘れていても、彼ははずっと守っていた。
名前の知らない感情がなんなのかは今も分かっていない。それでも…
「ただいま、梭介」
今は、それでいいのかも知れない。
「待ってワンちゃん今名前!?名前呼んだ!?ワンモアワンモアプリーズ!!!!!」
「うるせー!!騒ぐな!!呼んでねぇよバカ猿!!!」
「なんで!?俺も呼ぶからねぇローグ呼んでもう一回!!りんご飴もう一個買うから!!いちごでもいいよ!!!」
「今晩の飯はオムライスな梭介」
「喜んで!!!!!」
世界観説明と人物紹介
世界観説明
通称、路地裏街。一応日本にあることを想定している。
正式名称は『危険生物第一隔離収容地域』。法的処理を受けさせられず、何があっても正確に裁けない危険"生物"たちを一箇所に纏めるための収容所。
元々は日本海側に本土と隣接するように海を埋め立て、何かしらの公共施設か人の住む新しい場所を作る予定だったもよう。だがその場所で不具合が起き、途中で隔離収容地域へと変更された。
そこから何故建物を乱立させ、大量の路地裏を作り出したのかは不明。政府がそこに押し込んだ者も居れば、都合がいいからと外から進んで移り住んだ者もいる。そして中で家庭を築く者が増え、隔離収容地域とはいえ一つの街として機能するように。
地域の広さは現時点で大体30×30kmほど。出来た当初は大きめのテーマパーク程度だったが、いつの間にか広がっていたらしい。住んでいる者は誰も何も気にしていない。そういうもの。
危険"生物"というだけあって、勿論人間以外もいる。元々外にもひっそりとそういうものは存在しているが、中にいるものは中から現れ、外には出ようとしない。何処から現れたのかも不明だが、それらは中から出られないらしい。
という感じの、(色んな意味で)ダークな現代ファンタジー(BLGLあり)が本編です。いずれかきたい。
以下人物紹介
犬飼 ローグ 11歳、本編軸は17~20歳
北区出身、西区参謀 通称、西の狂犬
子供にしてはやけに大人びており、思考能力も大人と大差ないものを持っている。諸事情で脚力が異常に高く、現在はコンクリートくらいなら軽く蹴破れるようになった。
母は幼い頃に蒸発。父親は酒浸りで虐待を繰り返し、10歳の時に抵抗した結果殺害してしまい逃亡。孤児院に拾われるもそこも大概な地獄だったため、11歳のころに同室だった子供を連れて逃げ出した。
その後西区にて保護され一年を過ごすも、孤児院関係の事件に巻き込まれたことで、その一年間の記憶を失った。外の病院に入院後、そのまま外で暮らすことになったため西区に帰ることはなく。
五年ほど記憶が無いまま過ごしていたが、ひょんなことから路地裏街に出入りするようになり、再会した猿の猛烈な勧誘に負けて西区に引っ越す。この時点ではまだ記憶はない。
その後なんやかんやあった末、完全には戻らなかったが大部分の記憶を取り戻し、猿と中々関係が進まない恋人未満をやっている。
猿野 梭介 17歳、本編軸は23~26歳
東区出身、西区首領 通称、西のボス猿
実力は確かだが、ちゃらんぽらんな一面を持つマフィア(自称)のボス。和風な東区がどうしても合わず、洋風でまとめられた西区に家出してきた過去を持つ。
家族(主に祖父)との仲は最悪で、ローグたちと会った高校時代は大変荒れていた。だが子供二人と触れ合ううちに癒され、それ以降多少丸くなる。そのため、二人が居なくなったことは精神的ショックが大きすぎたらしい。
ゲイよりのバイ。バリタチ。一時期そういう金の稼ぎ方をしていた。二人が居た時は辞めていたが、居なくなったことで再開。その時の好みは金髪の童顔だったらしい。後にローグが戻るまで続けていたもよう。
無自覚であったが、幼いローグに惚れていた。それを上回る庇護欲で気づいていなかったが、後に成長したローグとの付き合いで自覚。だが本命とはどう関係を進めればいいのかが分からず、中々関係を進められず周りから呆れられている。
霧谷 弘和 10歳、本編軸は16~19歳
?出身、無所属 通称、路地裏ヒーロー
自分の出自を何も知らないが、特になにも気にしていないメンタル強者。幼い頃はそれなりにガラスの心だったが、記憶を失ったローグがあまりに自由人過ぎて強くならざるを得なかった。
孤児院関係の事件について、詳細を一番知っている唯一の人物。しかしそのことに関しては全て口を閉ざしており、ローグの記憶喪失のことを梭介たちに伝えることなく隠す選択をしていた。
解決後は全員に泣きながら謝り、憧れのヒーローになるため日々奮闘している。
名前は事件後、養父となってくれた人につけてもらった。家族構成は義父(旅好き)、義兄(ローグ)、養父の義兄弟二人(半分同居状態)、義父の養父(滅多に会わない)の五人。
数年前、友人に送った短編をリメイクしたもの。年々設定が変わっていくので、そろそろ確立させて本編の執筆に取り掛かりたい……と思って早数年です。
ちなみに、同じ世界観で別CPのBL短編漫画が一本ありますので、そちらも見てみてね。
突然のことに対応できなかった男は背中を強かに床へと打ち付け、思ったより大きな音が立った。少し離れた所から足音が聞こえ、可能性は考慮していたが複数犯だったことに舌打ちする。
急いで部屋を出れば、左の廊下の先から三人の男がこちらに向かってきていた。しかたないためそのまま反対側へと進み、足音が聞こえない方向を確認しつつ思考を回す。
建物の構造は、よくあるオフィスビルと言ったところか。一階分に大体7から10程度の部屋が入り、全部の部屋同士が隣接している訳では無い。
この街にはいくらでもビルが建っている。すべてろくに使われもしない廃墟も同然だが、無くなればわざわざ新しく建てて"路地裏"を増やすくらいにはあるのだ。
大体この街にある建物の作りはどこも一緒。それは既に西区の奴らから聞いたことで、拠点でもない限り手は加えられていない。
ならば、階段の位置も大体同じだろうと当たりをつける。部屋の間を適当に逃げているように見せかけて、予想した場所に出ればやはり階段はあった。
が、下から上ってくる足音がする。どうするかと考えて、迷う暇はないなと吹き抜け部分から下を覗く。まだ人は居ないことを確認して、手すりを乗り越えてショートカットする。
もう一階分降りられるなと同じことをして二階分を降りたところで下からやってきた男と目が合った。しかも思ったより近い位置にいる。
着地の体制から立て直すより、相手の判断の方が早かった。腹部に強い衝撃と吹っ飛ばされた浮遊感に、蹴り飛ばされたのだとすぐさま状況を理解する。
身体を捻ってどうにか叩きつけられることなく着地し、そのままこの階の部屋に隠れることにした。ここまで来るとあと何人居るのか分からないため、下手に非常口なんかを探して出ようとしたら先回りされて捕まる可能性がある。
落ちている瓦礫を使って自分の位置を誤魔化しつつ、どうにか部屋の中へと逃げ込む。しばらく息を潜めていれば、ガッ!と壁を殴ったような音が聞こえた。続いて聞こえる怒号に、取り敢えず今は逃げ切ったことを確信する。
「…っ」
流石に腹部の激痛に耐えられずその場に座り込む。既にぐちゃぐちゃになった浴衣の襟元を開けて、腹部を確認する。
蹴られた場所は、既に肌の色が変色していた。これは立派な青アザになりそうだと、恐らく号泣するだろうヒロのことを考えて遠い目をしてしまうローグ。
腹部は確かに痛いが、もう動けない程ではない。とにかく今は逃げ出すことが優先だと、入った部屋に何かないかと見渡した。
ここはどうやら小さい倉庫のような場所だったらしい。ダンボールが大量にあるが、どれも空で何もなさそうだった。ないよりはマシかと、あるだけのダンボールをドアの前に積んでいく。これで少しでも時間稼ぎになれば上々か。
幸い、二階分程の階段は降りた。位置が少々高いがこの部屋にも窓がある。下はコンクリートの地面だが、このぐらいなら酷くても打ち身程度で済ませられるだろう。何せローグも、この地域の住人であるから。
ただしこの窓は二重構成で、一枚目を蹴破ったとて二枚目を割る前に音を聞き付けた人攫いに捕まる可能性が高い。天井付近に通気口はあるが、ローグが通れるサイズではないため使えない。こっそりとドアから出たとて、出口を探している最中に見つかり捕まるだろう。
となれば、人攫いたちが離れた場所にいることに賭け、窓を蹴破る他ない。
もう一度窓を確認するが、厚みはそれほどなさそうだった。ただ熱を逃がさない様の二重窓なのだろう。この建物自体がボロボロなこともあり、一枚ずつなら確実に壊せる。
意を決して、まず一枚目。大きな音が鳴り響き、割れた窓の破片が頬を掠めた。声と足音がそんなに離れていないところから聞こえ、舌打ちを一つする。
申し訳程度に段ボールをドアの前に積んでいたが、空のものでは大して足止めにならないだろう。足場にしたため潰れた段ボールをどけ、新しい物を手早く積む。
積み終わった瞬間、ドアが開けられ段ボールが崩れた。
「見つけたぞ、クソガキ!手間かけさせやがって!!」
入ってきたのは人攫いの一人。崩れた段ボールで足元が埋まり、なかなかこちらに来れないらしい。
そんな好機を見逃すわけがなく、窓を蹴破ろうと足に力をいれ─
太股に走った痛みによりバランスを崩した。
同時に聞こえる銃声で、どうやら脚を撃たれたと自覚する。脚を撃たれてしまえば窓を壊すことはもう不可能であるし、もう一度人攫いを撒くことも出来ない。
思考をフル回転させても、結果は全て逃亡は不可能と出る。
脚を怪我してしまえばこちらは所詮11歳のガキだ。戦ったところで大人に勝てるわけもなく、助けを呼ぼうにも連絡手段は最初からない。
ただ一つ気になることは、窓ガラスが割れる音を聞いて駆けつけたのが、複数いるはずの人攫いの一人だけということ。あれだけ大きな音だったというのに、他の声も足音も聞こえない。
しかし脚を怪我したローグがたった一人だけとはいえ、大人相手に勝てるわけがない。
「さぁて、悪いガキはお仕置きしなくちゃなあ?」
ニタニタと下衆な笑みを浮かべた人攫いが近づいて来る。万事休すかと思った瞬間、聞こえたのは乾いた音と目の前の人攫いが床に倒れた音だった。
人攫いは頭から血を流していた。倒れたときにぶつけたのではなく、明らかに撃ち抜かれた跡がある。
「仕置きなら勝手にテメェが受けてろ」
突然のことに思考がついていけないでいると、酷く怒りをはらんだ聞き覚えのある声がした。
声が聞こえたのは部屋の出入口。ドアの所に、煙の出ている拳銃を持った、怒りだけが含まれている目で動かない死体を睨む梭介がそこにいた。それはいつものおちゃらけた高校生でなく、まさに「裏社会のボス」という存在で。
顔も声も知っているはずなのに、全くの別人に思えて。
「…お前、何で…」
「よぉ、犬っころ…まてお前脚どうした!?」
ローグがようやく絞り出した掠れ声に振り向いた彼は、既にいつもの知っている猿に戻っていた。脚の止血をするため、梭介はローグが着ている着物の袖を破る。
その時に、彼から微かに血の臭いがした。
「…血の臭いがする。怪我でもしたのか?」
「あぁ、いや、俺のじゃねぇし、ヒロちゃんでもねぇから気にすんな」
そう言われて、他の人攫いたちが来なかった理由がわかった。おそらく彼が潰したのだろう。手が少し赤いことに気づき、わざわざ素手で殴ったのかと気になる。
それ以前に、何でここが分かったのだろうか。
聞きたいことは色々あったのだが、どうにも言葉がでない。口を開いては閉じるを繰り返してしまう。しかしローグが何を言いたいか察したのだろう。手当てを終わらせた猿が口を開く。
「見回りしてる南のやつらが此処を教えてくれた。お前が拐われてからもう三時間は経ってる」
「三時間…けっこう経ってるな」
「此処は東と北の境だからなぁ。祭の場所から大分遠い。仕方ねぇよ」
「…何で来たんだ?」
「は?」
心底意味がわからないという顔でこちらを見る梭介。ただ、ローグも今の自分の発言がよく分かっていなかった。
何で今こんなことを言ったんだ?
「お前……は?何でって…拐われたら迎えに来るだろ」
「何で?おれを助けてお前に何のりえきがある?助ける理由は?おれはお前の友人でも家族でもないのに何で─」
「ゴチャゴチャうっせぇなぁ!!」
堰を切ったように出てくるローグの言葉を遮って梭介が叫ぶ。うつ向いていた顔を反射的に上げれば、怒りの色が見える目と目があった。
同じ怒っている目でも、先程の人攫いに向けていたものとは正反対の様に思えた。
「お前はもう西区の家族だろうが。居なくなったら心配するし、拐われたらいつでも迎えに来てやるよ」
怒りを含んだ目でも、そこにあるものは心配と呼ばれる感情で。
「俺に利益があるとすれば、お前と一緒に居られることだ」
ローグは今、生まれて始めて「心配をかけて申し訳ない」と思えた。
「だからほら、帰るぞローグ」
差し出された手を反射的に掴めば、己の中で名前を知らない感情が生まれる。
言いたいことは山ほどあった。しかしそれを言葉にするには、どうやらまだ経験が足りないらしい。そして、言葉に出来なかったその感情は、涙という形で溢れてしまった。
「うぇ!?何で泣くんだ!?そんなに怖かったのか!!?もう大丈夫だぞ!!」
「う…せ……っ…ガキあつかい…すんな…」
自分の意思に関係なく溢れる涙を、目を擦るなと服の袖で拭ってくれる。
頭を撫でられて、抱き抱えられ、いつもなら怒っているはずなのに泣き続けるローグに、あちらもどうしたらいいのか分からないらしい。
「ほら、泣き止めって。このまま帰ったら俺が泣かしたみたいだろー?」
「し、らねっ…とまんね……」
「えー…まぁ、まだお前11だもんなぁ。突然拐われてビックリしたよなぁ……次からはもっと早く迎えにいくからさ。そんな泣くなよ」
赤ん坊のようにあやされても、羞恥や怒りはわいてこない。ただただ、初めての感情に押し潰されそうだった。
「あー…あっ!ほら見てみろ犬っころ!花火花火!!」
ヒュー…という音と、その声に顔を上げる。
瞬間、暗い空が明るくなる。色とりどりの花が打ち上がり、辺りを照らした。
「おーおー…姫の野郎、派手にやるなぁ…」
「…すげぇな」
「お、何?犬っころは花火がお好きで?」
「…そうだな。初めて見たが、きれいだ」
「え、マジで?」
次々と打ち上がる花火に目を捕らわれる。なにやら猿が「初めて見た花火が南のかよ…」等と呟いているが、花火の音で掻き消された。
しばらくしてようやく花火が終わる。終わってしまって残念そうにするローグに、不満そうな声で梭介が言う。
「へー…そんなに南の花火が気に入ったの」
「初めてなんだから、気に入るも何もねぇだろ」
「初めてなんて聞いてねぇぞ犬っころ」
「その犬っころってのやめろ」
「じゃあワンちゃん」
「!?」
そのまま何度もワンちゃんと呼び、どうやら彼の中ではすでにその呼び方が定着したらしい。犬っころよりはマシかもしれないが何かヤダと言う暇もなく、新しい呼び名が決定してしまった。
「来年は俺がでっけー花火打ち上げてやるから、楽しみにしとけよー?」
「来年もやるのか、祭り」
「毎年やるっつの。来年こそ屋台を楽しもうぜ」
「また拐われたら?」
「いくらでも迎えに行ってやるから」
また来年。その言葉で何故か心がほわっとして。何が何だか分からないけれど、気分は悪くないとローグは揺れる腕の中で目を瞑った。
また来年。しかしその約束は果たされることはなかった。
8月中旬には、路地裏街で夏祭りがある。あの街に隣接している隣町からは、毎年夜空に大きな黄色い花が咲いくのが見えた。
ローグはその花火がよく見える場所に部屋を借りて、五年ほど自宅から次々と打ち上がる花火を眺めていた。何でか毎年その時期を楽しみにしてしまい、その理由が分からずモヤモヤしたものだ。
ようやっとそのモヤモヤが解消したその年も、待ち望んだその日がやって来た。
「それぞれ準備できたかー?」
「おい、一番でかいやつねぇぞ」
「あ、さっき梭介さんが仕上げするって持ってったよ?」
「は?今から?」
「丁度今終わりましたー!!ほら、セットしろや!!」
「つか、お前らもう手伝いいいから!さっさと祭り楽しんでこい!」
周りのやつらに追いやられ、準備も楽しみの一つだろ!と叫ぶ梭介を引きずってローグはその場を後にする。手伝いに来ていたヒロは苦笑いしていたが、引きずられつつも楽しそうな梭介に気づいて顔を綻ばせた。
知り合いの屋台を冷やかしつつ、待ち人をのんびり待つ。が、とうとうヒロが我慢できずに焼きトウモロコシを一本購入し食べ始めたところで、ようやく待ち人がやってきた。
と言っても彼はヒロの待ち人なので、二人は合流すると早速巡ってくると人混みに消えていった。
残されたローグと梭介は一度視線を合わせて、自分たちも行くかと彼らとは違う方向へ進む。人混みも相まって、着せられた浴衣で歩きにくい。
「ワンちゃん、やっぱりオレンジ似合うね。赤い帯も完璧では…!?」
「オレンジじゃなくて山吹色な」
「難癖付けたがりやめろって」
他愛もない会話をしながら適当に屋台を巡る。買って貰ったりんご飴を食べながら、焼きそばを買いにいった梭介をベンチに座って待つ。
何だか既視感のある状況に、戻ってきた梭介が笑いながら言った。
「ワンちゃんが拐われてたらどうしようかと思った」
「んな簡単に拐われるぐらい弱かねぇよ」
「そうなんだけど…あの時は焦ったなぁ、って」
「拐われたって、迎えに来てくれるんだろう?」
「当たり前!」
並んでベンチに座り、時間になるのを待つ。中身のない会話を楽しんでいれば、ヒュー…という音にどちらも黙った。
大きな音と同時に空に花が咲く。一発目はいつからだったか、毎年大きな黄色い花火が上がる。その花火は毎年隣の男が作ったものだということは、つい先日知ったばかりだ。
「おかえり、ローグ」
それが、ローグとの約束だったことも。自分が忘れていても、彼ははずっと守っていた。
名前の知らない感情がなんなのかは今も分かっていない。それでも…
「ただいま、梭介」
今は、それでいいのかも知れない。
「待ってワンちゃん今名前!?名前呼んだ!?ワンモアワンモアプリーズ!!!!!」
「うるせー!!騒ぐな!!呼んでねぇよバカ猿!!!」
「なんで!?俺も呼ぶからねぇローグ呼んでもう一回!!りんご飴もう一個買うから!!いちごでもいいよ!!!」
「今晩の飯はオムライスな梭介」
「喜んで!!!!!」
世界観説明と人物紹介
世界観説明
通称、路地裏街。一応日本にあることを想定している。
正式名称は『危険生物第一隔離収容地域』。法的処理を受けさせられず、何があっても正確に裁けない危険"生物"たちを一箇所に纏めるための収容所。
元々は日本海側に本土と隣接するように海を埋め立て、何かしらの公共施設か人の住む新しい場所を作る予定だったもよう。だがその場所で不具合が起き、途中で隔離収容地域へと変更された。
そこから何故建物を乱立させ、大量の路地裏を作り出したのかは不明。政府がそこに押し込んだ者も居れば、都合がいいからと外から進んで移り住んだ者もいる。そして中で家庭を築く者が増え、隔離収容地域とはいえ一つの街として機能するように。
地域の広さは現時点で大体30×30kmほど。出来た当初は大きめのテーマパーク程度だったが、いつの間にか広がっていたらしい。住んでいる者は誰も何も気にしていない。そういうもの。
危険"生物"というだけあって、勿論人間以外もいる。元々外にもひっそりとそういうものは存在しているが、中にいるものは中から現れ、外には出ようとしない。何処から現れたのかも不明だが、それらは中から出られないらしい。
という感じの、(色んな意味で)ダークな現代ファンタジー(BLGLあり)が本編です。いずれかきたい。
以下人物紹介
犬飼 ローグ 11歳、本編軸は17~20歳
北区出身、西区参謀 通称、西の狂犬
子供にしてはやけに大人びており、思考能力も大人と大差ないものを持っている。諸事情で脚力が異常に高く、現在はコンクリートくらいなら軽く蹴破れるようになった。
母は幼い頃に蒸発。父親は酒浸りで虐待を繰り返し、10歳の時に抵抗した結果殺害してしまい逃亡。孤児院に拾われるもそこも大概な地獄だったため、11歳のころに同室だった子供を連れて逃げ出した。
その後西区にて保護され一年を過ごすも、孤児院関係の事件に巻き込まれたことで、その一年間の記憶を失った。外の病院に入院後、そのまま外で暮らすことになったため西区に帰ることはなく。
五年ほど記憶が無いまま過ごしていたが、ひょんなことから路地裏街に出入りするようになり、再会した猿の猛烈な勧誘に負けて西区に引っ越す。この時点ではまだ記憶はない。
その後なんやかんやあった末、完全には戻らなかったが大部分の記憶を取り戻し、猿と中々関係が進まない恋人未満をやっている。
猿野 梭介 17歳、本編軸は23~26歳
東区出身、西区首領 通称、西のボス猿
実力は確かだが、ちゃらんぽらんな一面を持つマフィア(自称)のボス。和風な東区がどうしても合わず、洋風でまとめられた西区に家出してきた過去を持つ。
家族(主に祖父)との仲は最悪で、ローグたちと会った高校時代は大変荒れていた。だが子供二人と触れ合ううちに癒され、それ以降多少丸くなる。そのため、二人が居なくなったことは精神的ショックが大きすぎたらしい。
ゲイよりのバイ。バリタチ。一時期そういう金の稼ぎ方をしていた。二人が居た時は辞めていたが、居なくなったことで再開。その時の好みは金髪の童顔だったらしい。後にローグが戻るまで続けていたもよう。
無自覚であったが、幼いローグに惚れていた。それを上回る庇護欲で気づいていなかったが、後に成長したローグとの付き合いで自覚。だが本命とはどう関係を進めればいいのかが分からず、中々関係を進められず周りから呆れられている。
霧谷 弘和 10歳、本編軸は16~19歳
?出身、無所属 通称、路地裏ヒーロー
自分の出自を何も知らないが、特になにも気にしていないメンタル強者。幼い頃はそれなりにガラスの心だったが、記憶を失ったローグがあまりに自由人過ぎて強くならざるを得なかった。
孤児院関係の事件について、詳細を一番知っている唯一の人物。しかしそのことに関しては全て口を閉ざしており、ローグの記憶喪失のことを梭介たちに伝えることなく隠す選択をしていた。
解決後は全員に泣きながら謝り、憧れのヒーローになるため日々奮闘している。
名前は事件後、養父となってくれた人につけてもらった。家族構成は義父(旅好き)、義兄(ローグ)、養父の義兄弟二人(半分同居状態)、義父の養父(滅多に会わない)の五人。
数年前、友人に送った短編をリメイクしたもの。年々設定が変わっていくので、そろそろ確立させて本編の執筆に取り掛かりたい……と思って早数年です。
ちなみに、同じ世界観で別CPのBL短編漫画が一本ありますので、そちらも見てみてね。
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