楽しい宇宙旅行[完]

なかあたま

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「ウェイン、あの人間を殺すなよ」
「は? なんで?」

 食堂でウェインとばったり出会った俺は近くにあった椅子へ腰を下ろす。彼は手にトレイを持っていた。その上には、培養肉と栄養ゼリーが乱雑に乗った皿とミネラルウォーターが入ったコップが乗っていた。
 それをテーブルへ置き、同じように椅子へ腰を下ろす。
 ウェインの「なんで」は「どうして殺してはいけないのか」という意味ではなく「なんでそう見えたんだ」という意味だろう。
 俺はため息を漏らす。

「俺たちがあの人間を殺すように見えるか?」
「あぁ、見える。好きにマワして構わないが、もう少し手加減してやれよ。死ぬぞあいつ」
「まさか」

 ウェインは言葉に詰まったように肩を縮こませた。やがて「あんなに可愛い生き物を、殺すわけないだろ」と大きな口元を緩ませ、目を弧にした。その表情の不気味さに、思わず顔を顰める。
 どうやらウェインはハルを随分と気に入っているらしい。彼の纏う雰囲気を見て、思っていた疑惑が確信に変わった。

「……執心だな」
「まぁな。お前もあの柔い肌に触れてみろよ。中はあったかいし、最高だ。泣きじゃくる姿なんてたまらんぞ。怖がって懇願するような目に縋られると、もっといじめたくなるんだ」

 サディストな彼の発言に、俺は肩を竦めた。

「そのままの勢いで食べたりするなよ。ハルは地球に帰ることが条件で、アンタらを満足させてやっているんだ」
「分かってはいるがな。時々、無性に食べたくなる」

 ガハハと笑いながら目の前に置かれた培養肉を手掴みで貪るウェインに、呆れさえ覚える。何かの拍子でガブリとハルに牙を向くかもしれないなと思いつつ、席を立つ。
 「どこへ行くんだ?」と問われ「アンタらの愛しい人間に餌をやりに行くんだよ」と吐き捨てた。



 物置と化していた小部屋の前に立ち、ドアをノックせず、入り込んだ。薄暗い部屋の隅、薄汚れたマットレスの上にハルはいた。ボロボロに裂かれたシャツを身に纏い、膝を抱えた彼は俺の姿を見つけ目の色を変えた。

『ロジモさん……!』

 まるで親を見つけた迷子の子供みたいだ。その姿は愛らしいが、ウェインたちのような欲が湧くわけではない。
 俺の好みは同胞だ。ふくよかで、元気な子供を産めるような────。

『今日の飯だ』

 彼の元へ放り投げたのは栄養ゼリーだ。パウチの中に入ったそれは、人間の味覚にも合うものである。『毎回、こんなもんですまないな』と謝罪すると、彼は首を横に振った。

『いえ、いただけるだけでありがたいです……ところで』

 ハルは目を伏せ、唇を舐めた。彼の首筋には無数の噛み跡があり、傷の深さもそれぞれである。ウェインたちが捕食しようとして、理性に勝った証なのだなとぼんやり思った。

『いつになったら地球へ着きますか?』

 こちらを見上げた瞳は潤んでいた。体は震え、まるで小動物のようである。
 彼がここへ来て五日ほど経過している。その間に体を弄ばれたハルは、限界が近づいてきているのだろう。俺も、彼の精神と体が壊れる前に、地球へ帰してやりたいと思っている。
 しかし俺たちにも仕事があり、彼を地球へ帰すためだけにこの宇宙船に揺られているわけではない。

『……まだだ。だが、あと少しの辛抱だ。頑張るんだ』
『そうなんですね……あの、ロジモさんのお声かけで、早めに地球へ向かうことって無理なんでしょうか?』

 『わがままを言っているのは、承知しています。でも……もう、耐えられるかどうか、わからなくて……』。彼は声を振るわせた。俺は居た堪れなくなり、静かに頷く。

『聞くだけ、ならできる。だが、針路を決めるのは俺じゃない。だから保証はできない。それでいいか?』
『あ、ありがとうございます!』

 ハルの表情に生気が見えた。その顔を見て、さらに胸が軋む。
 無意識にポンと彼の頭に手を置いた。そのまま、弾ませるように撫でる。彼は一瞬、体を硬直させ身構えたが、やがて肩の力を抜き、こちらを見上げた。
 俺は何をしているんだと手を避けた。急に体が熱くなり、汗が滲む。

『ロジモさんは優しいですね』

 ハルはそうひとりごちた。どこか悲しげな音を孕んだ声が妙に鼓膜の奥で渦を巻いた。
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