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洗面台から顔を逸らし、ゆっくりと扉を閉める。その隣にも部屋があった。扉を開けると、中は物置のような状態になっていた。奥には骨組みだけのベッドが二つ置いてある。カラフルな壁紙から察するに子供部屋だったのだろう。妙に虚しさを孕む埃っぽいそこから退き、立ち去る。
不意に、廊下の奥にある部屋へ目線を遣った。開きっぱなしのドアから見えるベッドは乱れていた。薄水色のシーツが半分床に落ちている。そろそろと足音を立てないように部屋まで向かい、覗き込む。
中は寝室のようだった。ティエリの家は、窓が全てカーテンで覆われている。しかし、この部屋だけは違うみたいだ。ベッドの付近にある窓から風が入り込み、カーテンを揺らしている。
────あれ?
そこでふと、違和感を覚えた。部屋の中にはベッドが一つしかない。先ほど訪れた部屋にもベッドはあったが、使用されているとは言い難いものだった。
────もしかして。
シーツの乱れたベッドを見つめる。通常のベッドより一回り大きいそれを見て、妙な想像が脳裏を駆けた。ティエリと弟である、あの男性が一緒に眠る姿。異様なその状況を想像し、ドキドキと胸が高鳴る。
俺には姉がいる。四歳ほど年齢の離れた姉だが、生まれてこの方、一度も同じベッドで寝たことなどない。
────一緒に寝ているのか?
男同士の兄弟で? 大人なのに? 悶々とした考えがぐるぐると巡り、茹だり、黒い影を落とす。
「レムシュ」
肩に手を置かれ、心臓が跳ねた。全身に汗を滲ませながら振り返る。ティエリが穏やかな笑みを浮かべ、フライ返しを掲げた。
「ホットケーキ焼けたよ。どうしたの? トイレを探してるの?」
トイレはね、こっち。そう言いながら俺の手を引く彼。様子を見る限り、不審には思われていないようだ。俺はトイレへ入り、出もしない尿を搾り出し、手を洗った。香ばしい匂いが支配するリビングへ向かうと、ティエリが椅子を引き俺を招く。
テーブルの上には、綺麗な焼き目がついたホットケーキが乗った皿が置かれている。溶けかかったバターと蜂蜜が混じり合い、その光景が胃袋を刺激した。ティエリがどうぞ、とフォークを渡す。受け取り、柔らかい生地を割いた。口に含むと甘味が広がった。自然と頬が緩む。ティエリが微笑んだ。
「幼い頃のグランドにそっくりだ」
テーブルに頬杖をつき、目を細める彼が懐かしそうに呟いた。俺はホットケーキを咀嚼しながら、彼を見つめる。グランドとは弟の名前だろうか? 幼い頃によく作ってあげていたのだろうな、と想像した。
「きちんと焼けてるかな?」
「すごく美味しい」
「よかった」
ティエリが頭を撫でる。掻き上げるような仕草で髪を梳かれ、頬が染まった。
「あれ……」
「うん?」
彼の首筋に目が釘付けになった。真白く、まろやかな皮膚に痣がポツポツと出来ている。紫に変色したそれは、白い紙に黒のインクを落としたような歪さをしていた。
俺の視線に気がついたのか、首元へ手を当て摩る。
「どうしたの? それ」
「あ……うーん、えっと……」
その痣は決して大きいものではなく、ぶつけたような感じではない。(そもそも首を何処かにぶつけるシチュエーションが思い浮かばない)
「痛くない?」
「……平気。気にしないで」
これは痛いタイプの痣じゃないから。眉を八の字にして恥ずかしそうに呟く彼が、何故か色っぽく見えた。
今まで、彼には聖母のような印象しか感じなかった。けれど、今。目の前で首元を摩りながら目を逸らす姿は、春をひさぐ愚か者のように醜く、それでいて眩暈がするほど美しい。
彼の首筋に浮かぶ紫の痕に視線を遣ってはいけないのかもしれないと察し、よく焼けたホットケーキにフォークを刺し食事を続けた。
不意に、廊下の奥にある部屋へ目線を遣った。開きっぱなしのドアから見えるベッドは乱れていた。薄水色のシーツが半分床に落ちている。そろそろと足音を立てないように部屋まで向かい、覗き込む。
中は寝室のようだった。ティエリの家は、窓が全てカーテンで覆われている。しかし、この部屋だけは違うみたいだ。ベッドの付近にある窓から風が入り込み、カーテンを揺らしている。
────あれ?
そこでふと、違和感を覚えた。部屋の中にはベッドが一つしかない。先ほど訪れた部屋にもベッドはあったが、使用されているとは言い難いものだった。
────もしかして。
シーツの乱れたベッドを見つめる。通常のベッドより一回り大きいそれを見て、妙な想像が脳裏を駆けた。ティエリと弟である、あの男性が一緒に眠る姿。異様なその状況を想像し、ドキドキと胸が高鳴る。
俺には姉がいる。四歳ほど年齢の離れた姉だが、生まれてこの方、一度も同じベッドで寝たことなどない。
────一緒に寝ているのか?
男同士の兄弟で? 大人なのに? 悶々とした考えがぐるぐると巡り、茹だり、黒い影を落とす。
「レムシュ」
肩に手を置かれ、心臓が跳ねた。全身に汗を滲ませながら振り返る。ティエリが穏やかな笑みを浮かべ、フライ返しを掲げた。
「ホットケーキ焼けたよ。どうしたの? トイレを探してるの?」
トイレはね、こっち。そう言いながら俺の手を引く彼。様子を見る限り、不審には思われていないようだ。俺はトイレへ入り、出もしない尿を搾り出し、手を洗った。香ばしい匂いが支配するリビングへ向かうと、ティエリが椅子を引き俺を招く。
テーブルの上には、綺麗な焼き目がついたホットケーキが乗った皿が置かれている。溶けかかったバターと蜂蜜が混じり合い、その光景が胃袋を刺激した。ティエリがどうぞ、とフォークを渡す。受け取り、柔らかい生地を割いた。口に含むと甘味が広がった。自然と頬が緩む。ティエリが微笑んだ。
「幼い頃のグランドにそっくりだ」
テーブルに頬杖をつき、目を細める彼が懐かしそうに呟いた。俺はホットケーキを咀嚼しながら、彼を見つめる。グランドとは弟の名前だろうか? 幼い頃によく作ってあげていたのだろうな、と想像した。
「きちんと焼けてるかな?」
「すごく美味しい」
「よかった」
ティエリが頭を撫でる。掻き上げるような仕草で髪を梳かれ、頬が染まった。
「あれ……」
「うん?」
彼の首筋に目が釘付けになった。真白く、まろやかな皮膚に痣がポツポツと出来ている。紫に変色したそれは、白い紙に黒のインクを落としたような歪さをしていた。
俺の視線に気がついたのか、首元へ手を当て摩る。
「どうしたの? それ」
「あ……うーん、えっと……」
その痣は決して大きいものではなく、ぶつけたような感じではない。(そもそも首を何処かにぶつけるシチュエーションが思い浮かばない)
「痛くない?」
「……平気。気にしないで」
これは痛いタイプの痣じゃないから。眉を八の字にして恥ずかしそうに呟く彼が、何故か色っぽく見えた。
今まで、彼には聖母のような印象しか感じなかった。けれど、今。目の前で首元を摩りながら目を逸らす姿は、春をひさぐ愚か者のように醜く、それでいて眩暈がするほど美しい。
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