おっきなオメガは誰でもいいから番いたい

おもちDX

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 額に薄っすらと汗を滲ませながら帰宅すると、家には兄だけがいた。僕は実家で両親と三人暮らしなのだが、家を出たはずの兄も頻繁に帰ってくるのだ。

「ましゅ、どこ行ってたん?」
「兄貴聞いて! 僕、彼氏できた!」
「は? 聞いてないけど???」
「今言った!」

 突然目のハイライトを無くした兄が、僕をリビングのソファまで引きずっていく。先にシャワーしたいんですけど……

「つーか、またネックガードも付けずに出かけてたの? 危ないっていつも言ってるだろ?」
「だって、誰も僕がオメガだって気づかないし……」
「でもそいつはオメガだって知ってるんだろ? つーか、は? まじいきなり彼氏ってなんなん???」
 
 なぜか怒っている兄に詰問され、僕は洗いざらい答えた。誰かにこの成功体験を話したくて仕方がなかったからである。
 
 突然夜中に起き出して魚市場の競り見学をしてみたり、テストが嫌で百キロ逃亡してみたり、僕が突拍子もない行動に出るのは昔からなのだが……やっぱり兄は頭を抱えていた。
 だってさ、ホテルの前を通りかかってセミナーの名称を見た瞬間「これだ!」と思っちゃったんだもん。仕方なくない?

 顔をによによと緩ませながら、藤真さんに番前提の交際を申し込まれたところまで説明すると、兄はバン!と目の前のテーブルを叩いた。びっくりした身体が一センチくらい飛び上がる。
 
「怪しい! 怪しすぎるだろその男!」
「しっかりした人だったよ? ほら、名刺も貰ったし」

 アルファバースアドバイザーという肩書きと名前、連絡先が書かれたシンプルな名刺を見せると、兄はすぐにスマホで名前を検索しはじめる。
 僕はひと通り話してスッキリしたからシャワーに向かった。


 ◆


 すぐにデートの日はやってきた。僕も藤真さんもフリーランスなので、予定が合わせやすいのである。
 僕の行ってみたいお店に合わせて、待ち合わせは昼の十二時。ちょうど近くで用事があるからと現地集合だった。

 繁華街のメイン通りから一本裏の通りに、素朴な外観の小さなお店がある。おにぎり屋さんだ。
 その前で、スラリと背が高くて素敵な男性が僕を待っていた。

「藤真さん! お待たせしました」
「茉萩くん、全然待ってないよ。……その後ろの人は?」

 恋人っぽい応酬にうわー!と叫びたくなった。……が、すぐに問われて僕は決して振り返らないようにしながら「気にしないでください」と伝えた。小さなため息が出る。
 数メートル後ろをついてきているのは兄だ。マスクとサングラスをつけて、わざわざ仕事を休んで来たのだ。すでに家でひと悶着あったので若干疲れている。

 藤真さんは大人なので、何も言わずに僕を店の中へと促してくれた。ドアを開けてくれて、そんな些細なエスコートにも胸が高鳴る。こんな大きな身体では、誰かに優先されるなんて経験は家族以外全くない。

 ドアを通り抜けるとき、一瞬だけ身体が接近する。その隙に耳元で「似てるから……お兄さんかな?」と訊かれた。吹き込まれた低い声に耳がじん、と痺れて腰が抜けそうになった。

(色男!!!)

 心の中で叫びながらも、コクッと頷いた。耳たぶが熱い。
 ちょうど僕たち二人で狭い店内は満席になり、兄は入口近くの椅子で待っている。カウンター席の奥の方に案内されたので、藤真さんが僕に奥の席を譲ってくれた。兄から隠してくれるらしい。

 藤真さんの分も注文を頼まれたので、遠慮なく気になっていた具材を全て注文する。

「じゃあランチセットで、おにぎりが鮭、すじこ、卵黄醤油漬け、生たらこ、明太マヨクリームチーズと……」

 今夜はジムだな、と思いながらもわくわくする気持ちを抑えられない。
 ここは行列待ったなしの有名店の支店らしいが、最近できてまだ知名度が高くないと聞いて来たのだ。一人なら並ぶけど、デートなので。まぁ、チョイスがおにぎりだけど。

 職人のような手つきで、ふんわり柔らかく握られていくおにぎりを見ているだけで楽しい。
 気づけば、藤真さんが目を細めながら僕の顔をじっと見ていた。身長もそう離れていないし、席が狭いからとっても近い。

「えっ、あ……顔になんか、ついてます?」
「いや? 可愛いなぁと思って」

 じわじわと頬に熱が上る。冗談だよね? と思っても、身体は勝手に喜んでしまうのだ。
 というか婚活セミナーの講師なんて、一番オメガを喜ばせる方法を知っているんじゃないだろうか。僕はハッとして、藤真さんの左手を掴む。薬指に指輪はない。

「どうしたの? 積極的だね」
「あっ。わ! ごめんなさい。その……結婚してないのかなぁって……」

 不躾に手を握ってしまったが、藤真さんは軽く眉を上げただけだった。僕が小さく、囁くような声で理由を白状すると彼は「はっ」と声を出して笑う。

「あはは! 私がそんな失礼な輩に見えているのかい?」
「だって、講師って……」
「もともと心理学を研究してたんだ。だから相手の考えていることがだいたい分かる。自信のないアルファに自信を持たせる方法も、茉萩くんが私に恋をしていないけど今を楽しんでいることも」
「…………」

 言い当てられて、何も言えなくなってしまった。自分はどんな表情をしているんだろう。左手を上げた藤真さんは、優しく僕の頭を撫でてきた。柔らかい手つきにふわり、と心がほどけていく。

「出会ったばかりなんだから、なにも悪くないんだよ。君にはがある。お試しで付き合ってると思っていい。相性を確かめてから、あとのことは決めてくれ」
「選ぶって……」
「お待たせいたしましたーっ」

 僕は選ぶなんて偉そうなことを言える立場ではない。そう話そうとしたけど、目の前におにぎりが出てきて会話は自然と打ち切られてしまった。

 皿に並んだおにぎりは、頭から具材がはみ出していて見栄えする。湯気の沸き立つお米と、まだパリパリの部分を残している海苔。お味噌汁はなめこがたっぷりと入っている。
 慌てて写真を撮って食事にする。どれもこれも美味しくて、「美味しいですねっ」「そうだね」と小さく会話しながら食べた。いつの間にか頬についていた米粒を取ってくれたり、藤真さんの態度は相変わらず甘い。

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