暗殺者のおれが命じられたのは、夫の殺害でした。

おもちDX

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「ちぇっ。また不採用かぁ……」
 
 発情期のあと、アクアはさっそく煩悩を打ち消すため職探しを始めた。
 しかしどれだけしおらしく、ときには必死に頼み込もうともみんな決まって『ごめんね、君はちょっと……』と断ってくるのだ。
 
 顔に元殺し屋って書いてある?と心配になって鏡を見たのも一度や二度ではない。
 オメガらしい見た目なぶん、「喧嘩には強いので、不埒者は全員自分の手で仕留められます」という自己アピールをしたのは逆効果だったのだろうか。

 まぁ、断られる理由はわからないでもない。街をぷらぷらと歩いていたアクアは行き止まりとなっている路地裏で立ち止まり、振り返った。
 
「へっ。可愛いオメガがひとり歩きしちゃ危ねえじゃねぇかぁ?お兄さんたちが安全な場所へ連れてってやるよ」
「……治安悪いなぁ」

 スラムでもないのにこんな輩に絡まれる。
 
 アクアは目を潤ませ「ありがとうございます……」と弱々しく言い、一番強そうな男に近づいた。懐に入って相手がニヤッと勝利を確信した瞬間、鳩尾に肘を入れる。
 苦痛に身体を折りたたんだところで顎下に膝蹴りし、あっという間にノックアウトだ。
 
 茫然としたのち我にかえり、一斉に襲いかかって来た男たちを順に伸しながら、アクアはついさっき就職を断られた優しげなパン屋の店主の言葉を思い出していた。

『マルティウスって街の方が、あなたみたいな子でも安全だと思うわ。よかったら、考えてみてね。くれぐれも気をつけるのよ』

 マルティウス……ブラッドのいる街だ。確かにここ二年ほどは、スラムでもオメガの性被害は少ないと聞いたことがある。もし本当にそうなら、この街の中心よりよっぽど安全だ。
 
 アクアは冷静に考えた。マルティウスに戻っても、アクアの顔を知っている者はブラッドと彼の屋敷の人間、それにギルドの一部の人間だけだ。
 マルティウスの街中で働けば、灯台下暗しで誰にも見つからないんじゃ?決してこれは、ブラッドの気配を感じたいからとか、遠くから顔を見れたらいいな……とか、そんな下心ゆえの決断ではない。





 さっそくマルティウスに戻ったアクアは、初日に仕事を見つけることができた。驚いて「オメガでもいいんですか?」と訊き返してしまったくらいだ。

「この一帯はブラッド様が取り仕切ってくれているからね。君みたいな子でも安全に働ける。それにブラッド様はオメガの奥様をとても大切にしていらっしゃるから……彼を慕う人間はみんな、二次性差別はしないんだ」
「へ、へぇ……」
 
(その奥様はここにいるんですけどね!?)

 アクアが消えたことで、とっくに離婚されていると思っていたけど、そうか。好きな人ができるまでは結婚したままにしておいた方がいいに決まってる。
 離婚なんて発表した日には、またブラッドに特攻する女性やオメガが現れるだろう。
 
 とにかく、ついにアクアは職を手に入れた。アクアはまたブラッドに感謝した。
 旦那さまのおかげで仕事を見つけられたし、職場の人も優しい。この街にはブラッド信奉者が多そうだ。

 その日の深夜、アクアはこっそりとスラム街へと向かった。リスクを取ってでも、ギルドの様子を確認しておきたかったのだ。しかし――

「えっ。あれぇ?」

 隠れ家となっていた場所は焼け野原で、瓦礫しか残っていなかった。もしやと思い他の隠れ家を確認しても同様だ。
 かつて住んでいたスラム街なので、人に訊くことさえ危険でできない。アクアは頭の上にいっぱい疑問符を浮かべながらも、屋根の上を伝って帰ろうとした。――その時。

 知った顔の暗殺者が視界の端に映った。アクアは思わず身を伏せたが、彼には別の目的があるようだ。
 もしかして新しい隠れ家だろうか……?どうしても気になって、危険を承知で男の追跡を開始する。だがその目的地を知って、アクアはまた目を見開いた。

「旦那さまの家じゃん……!」

 あぁ、自分は馬鹿だ。任務を放棄したのだから、別の誰かがブラッドの暗殺に派遣されるのは当然のことじゃないか。
 どうして今まで思い至らなかったのだろう。殺さないと決めたのなら、アクアは街を離れるのではなくブラッドを刺客から守るべきだった。

 でもあれから五ヶ月も経っている。彼がここに来たということは、ブラッドはまだ健在だってことだよね?

「とにかく、旦那さまを救わなきゃ……!」

 久しぶりにブラッドの家へと足を踏み入れる。もちろん、かつて調べ上げた裏の通路を使ってだ。
 さっきの暗殺者はどこから入ったのか、一瞬で見失ってしまった。だが目的地は分かっている。
 
 この屋敷はあらゆる家に忍び込んできたアクアでも驚くほど警備が強固で、アクアの使っていた部屋から続く秘密の通路しか自分では穴を見つけられていない。

 数カ月ぶりの自分の部屋は当たり前だが静まり返っていて、しかしとても綺麗に保たれていた。自分がいたときと同じように、花瓶に花まで活けてある。
 それを見て、アクアの胸はツキンと痛んだ。誰か……もう他の人のために整えられているの?
 
 なぜか苦しいけど認めるしかない。もうここは、アクアの部屋ではないのだ。
 
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