遠い異国の唄

おもちDX

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6.事故つがいの関係

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「責任は取るから、俺のところに来い。働かずとも贅沢させてやる」
「結構です、私の責任ですから」

 イデアルの提案をネージュはそっけなく断る。シャルムの花々とヴェリテはハラハラとその様子を窺っていた。

 突然訪れたネージュの発情期は幸いにして一日半程度で終わった。まだ体の熱っぽい感じは残っているが、お互い理性をなくして求め合う期間は過ぎている。
 相思相愛のつがいならまだしも、会ったばかりで寝るつもりさえなかった相手だ。冷静になった瞬間、サァッとネージュが青褪めたのは言うまでもない。

「確かにネージュのせいでこうなった。が、俺のそばにいたから発情したんだろう。しかも噛んでしまったのは俺の責任だ」
首輪ネックガードをしていなかった私の責任でしょう。――そうですね。発情期のときだけ、来てくれます?」
「お前なぁ……俺が気ぃ遣って言ってやってんのに!」
「お坊ちゃんの責任は重すぎるんですよ」
「まぁまぁまぁ、お二人とも! 僕も責任感じてるんだからさー。とりあえずイデアルは一旦帰ろうぜ! ネージュさんを妾にするにしても、お父上に説明しなきゃだろ」
「妾じゃ……」

 ネージュとイデアルが部屋に籠っているあいだ、ヴェリテは心配して何度も様子を見に来てくれていたらしい。
 ようやく出てきた二人が言い合いを始めたのを呆気に取られて見ていたものの、ようやく我に返って間に入ってきた。

 そもそもネージュが発情期だとわかった際、二人がつがってしまうんじゃないかとみんな心配していたようだが、朝になってヴェリテが部屋に踏み込もうとした時点でもう遅かったのだという。
 確かに、繋がって即噛まれたような気がしている。発情期ってあんなに訳がわからなくなるものだっけ? と首を傾げたくなるくらい、記憶も曖昧だ。

 発情期中の番に誰も近づけさせないのはアルファの習性で、イデアルも例外ではなく二日間誰も部屋に入れなかった。結構怖かったらしく、男娼たちはびくびくしながら飲み物やシーツの替えを扉から差し入れてくれていたそうだ。
 その辺りは全く記憶にないけれど、このお坊ちゃんも意外なほどちゃんとネージュの世話をしてくれたんだと思う。

 ヴェリテの説得でしぶしぶ帰っていくイデアルを見送り、はぁぁ~っと大きなため息をついた。すぐにワッと華やかな花に囲まれる。

「ねぇねぇっ。あの人、ネージュさんの運命だったってことですか!?」
「はぁ? 運命なんてあり得ないでしょ」

 興奮した様子で頬を赤らめて聞いてくるから、一蹴する。
 運命なんて信じたい人だけが信じる眉唾物の話だ。ネージュは事故で番ってしまったときの言い訳だと思っている。

「ええ~っ。だって、ネージュさんの発情期、ずっと来てなかったですよね……?」
「お嫁にいかなくてよかったの?」
「嫌だよ公爵家の妾なんて。柄じゃないもん。それに、私にはこの店があるし」

 長く勤めている子も多いが、ネージュのいなかった夜の営業はてんやわんやだったらしい。まぁ難しいことをやっているわけじゃないから教育すれば代わりなんていくらでもいるのだけれど、人生の半分以上をここで過ごしているネージュにとってはこの店こそが居場所だった。

 数年に一回程度、客と番になってしまう男娼はいる。相手は大抵貴族か金持ちの平民で、誓約書があるから妾や、人によっては妻として嫁いでいく。
 店側が大丈夫だと判断した客に発情期の相手を許可しているため、出て行った子たちは上手くやっているみたいだ。みんなしたたかだから、正直事故なのか怪しいと思う時もあった。

 ネージュは本当に、事故で番になってしまった。花車という立場でありながら、大失態だ。
 しかも相手は公爵家。最高位の貴族であり、ヴィエーヴ王国に十家もないのである。

 なんとしてでも、なかったことにしないといけない。番ができたら発情期が安定したというオメガの話はよく聞く。
 もしネージュもそれに当てはまるのなら、三ヶ月に一回付き合ってもらえればそれでいい。

 それさえイデアルが食い下がるから提案しただけで、ネージュは一人で耐えることになったって構わない。
 番のいるオメガは他の人と性行為できないと聞くけれど、フェロモンも番にしか影響しなくなるのは都合がいい。

(……うん。あのお坊ちゃんさえ納得すれば何も問題ないじゃないか)

 そこまで考えてしまえば気が楽になる。

 その夜はあまり出しゃばらずに店を切り回したが、発情の熱が抜けきらないネージュの色香に目を奪われる客が続出した。結果として男娼たちに「休んでください!」と自室に押し込まれ、ネージュはイデアルのことを悶々と考える夜を過ごすことになるのだった。
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