8 / 8
8.
しおりを挟む
◇
一体何日経っているのかはわからないが、ヒートが終わって目覚めた朝、俺はサラリーマン時代にもやったことがない土下座を華麗にキメていた。
目の前には侯爵家の嫡男アインツィヒ。なにやら腹の空く匂いがしているので、朝ご飯を持ってきてくれたところらしい。
「こんなおっさんを抱かせて申し訳ない。もう二度と姿を現さないから許してほしい。俺は子爵家を出て旅に出ようと思う」
「…………」
アインツィヒからの反応がないままひたすらシーツに額をつけて待つ。
あ、土下座は床でやらないと駄目か。ここ数日ベッドの住人だったから、ついベッドの上で土下座してしまった。
旅とか自分で言ってるけどぶっちゃけどうすりゃいいんだろ。森とか行ったらまた別の世界に飛ばされたりしないかな……
「唯一さん。僕のこと、覚えてませんか? 涼玖です。あなたが社会人になってすぐの頃、ゲイバーで会った大学生の」
「は……?」
「見た目が変わっちゃったからな。でも……ヒートのとき、薄っすら気づいてませんでした? 僕の願望かもしれないですけど……。僕は転移じゃなくて転生したんです。だからアインツィヒは前の世界で生まれました」
ショートカットのブロンドをくしゃ、と粗野な仕草で掻き上げて、アインツィヒはこの十八年の生い立ちと前世の記憶を語った。
大学生になってすぐ、都会のゲイバーに行ったこと。そこで出会った唯一というサラリーマンと恋に落ちたこと。お互いに初めてで、探り探り触れ合って、ひと晩で何度も体を重ねたこと。しかし彼はその数日後に事故に遭い、死んでしまった。
目覚めると貴族のアインツィヒとして生を受けていたという。六歳のときに前世の記憶を思い出し、十六歳までその世界で過ごした。Domとしても目覚めていた。
二年前この世界に転移してしまい、アルファと判明したため今の家の養子に入ったようだ。二つの世界の記憶を持つアインツィヒは、その立場と権力を利用しオメガの地位改善のために動いているらしい。
俺はぽかんと口を開けたまま話を聞いていた。信じられない話だが、二度も転移した自分があり得ることだと証明している。信じざるを得なかった。
確かに俺はヒート中の曖昧な記憶のなかで、アインツィヒを初体験の相手に重ねていたように思う。涼玖という、人生で唯一、本気で惚れた男に。
バーで出会って意気投合し、何度目かの邂逅でセックスした。あのときお互いの気持ちは通じ合ったと感じていたし、「次はデートしよう」と約束したのも本気だった。
だがそれ以来涼玖との連絡は途切れ、俺は失恋の悲しみに暮れていた。
「覚えてる。涼玖は……亡くなっていたんだな……。俺、てっきり振られたと思って」
「ちゃんと好きでした! だから、再会できて嬉しいです……。唯一さん、僕と結婚しましょう?」
いつの間にか目の前まで来ていたアインツィヒが、正座で固まっていた俺の右手を下から掬い上げた。まるで王子様みたいに手の甲へキスを落とし、プロポーズしてくる。
悲しめばいいのか喜べばいいのかわからない。あんなの昔の話だ。生まれ変わっても俺が好きとか、こいつどうかしてないか?
しかもこんな美形の貴公子様だ。俺みたいなおっさんと一緒になるのは、完全に間違っている。
「待て、待て。もう立場が違うだろう? お前は侯爵家の嫡男なんだ。もっとこう、身分とか年齢とか容姿の釣り合うお嬢さんと結婚すべきだろ……」
「『べき』って言うのは僕のことを『好きだけど』って意味ですよね? ヒート中の言葉も僕、忘れていませんよ?」
「……それは、そうだけど」
そうだ。俺は涼玖も好きだったけどアインツィヒも好きになってしまったし、一緒になれるなら本音は嬉しい。
なんだか今さらおっさんの恋心を明るみに出されて、頬が火照るのを感じた。
「かわいいなぁもう。僕、我慢しないって言いましたよね?」
ああ、そんなこと言ってたな確か。でも、もうヒートは終わったし……今さらなにを?
「唯一さんの項、噛んじゃいました」
「はっ?」
「あんな家に義妹が嫁がなくてよかったです。唯一さんが俺のお嫁さんになって、子爵家を牛耳ればいいですもんね!」
この世界に来てすぐ、専門の機関で懇切丁寧に受けた説明を思い出す。オメガは、アルファに項を噛まれると番関係になり、番のアルファにしかフェロモンが通じないし抱かれることもできない。
つまり……そういうこと。俺は首の後ろに手を回して、確かに瘡蓋のようなものがそこにできていることを確認した。
いい笑顔の番が目の前で幸せそうに微笑んでいる。
「はぁぁぁぁ!?!?」
――――――――――
お読みいただきありがとうございました!
もしよろしければ、一言でも感想をいただけますと嬉しいです。
連載中の長編(後天性オメガ)もよろしくお願いいたします!
一体何日経っているのかはわからないが、ヒートが終わって目覚めた朝、俺はサラリーマン時代にもやったことがない土下座を華麗にキメていた。
目の前には侯爵家の嫡男アインツィヒ。なにやら腹の空く匂いがしているので、朝ご飯を持ってきてくれたところらしい。
「こんなおっさんを抱かせて申し訳ない。もう二度と姿を現さないから許してほしい。俺は子爵家を出て旅に出ようと思う」
「…………」
アインツィヒからの反応がないままひたすらシーツに額をつけて待つ。
あ、土下座は床でやらないと駄目か。ここ数日ベッドの住人だったから、ついベッドの上で土下座してしまった。
旅とか自分で言ってるけどぶっちゃけどうすりゃいいんだろ。森とか行ったらまた別の世界に飛ばされたりしないかな……
「唯一さん。僕のこと、覚えてませんか? 涼玖です。あなたが社会人になってすぐの頃、ゲイバーで会った大学生の」
「は……?」
「見た目が変わっちゃったからな。でも……ヒートのとき、薄っすら気づいてませんでした? 僕の願望かもしれないですけど……。僕は転移じゃなくて転生したんです。だからアインツィヒは前の世界で生まれました」
ショートカットのブロンドをくしゃ、と粗野な仕草で掻き上げて、アインツィヒはこの十八年の生い立ちと前世の記憶を語った。
大学生になってすぐ、都会のゲイバーに行ったこと。そこで出会った唯一というサラリーマンと恋に落ちたこと。お互いに初めてで、探り探り触れ合って、ひと晩で何度も体を重ねたこと。しかし彼はその数日後に事故に遭い、死んでしまった。
目覚めると貴族のアインツィヒとして生を受けていたという。六歳のときに前世の記憶を思い出し、十六歳までその世界で過ごした。Domとしても目覚めていた。
二年前この世界に転移してしまい、アルファと判明したため今の家の養子に入ったようだ。二つの世界の記憶を持つアインツィヒは、その立場と権力を利用しオメガの地位改善のために動いているらしい。
俺はぽかんと口を開けたまま話を聞いていた。信じられない話だが、二度も転移した自分があり得ることだと証明している。信じざるを得なかった。
確かに俺はヒート中の曖昧な記憶のなかで、アインツィヒを初体験の相手に重ねていたように思う。涼玖という、人生で唯一、本気で惚れた男に。
バーで出会って意気投合し、何度目かの邂逅でセックスした。あのときお互いの気持ちは通じ合ったと感じていたし、「次はデートしよう」と約束したのも本気だった。
だがそれ以来涼玖との連絡は途切れ、俺は失恋の悲しみに暮れていた。
「覚えてる。涼玖は……亡くなっていたんだな……。俺、てっきり振られたと思って」
「ちゃんと好きでした! だから、再会できて嬉しいです……。唯一さん、僕と結婚しましょう?」
いつの間にか目の前まで来ていたアインツィヒが、正座で固まっていた俺の右手を下から掬い上げた。まるで王子様みたいに手の甲へキスを落とし、プロポーズしてくる。
悲しめばいいのか喜べばいいのかわからない。あんなの昔の話だ。生まれ変わっても俺が好きとか、こいつどうかしてないか?
しかもこんな美形の貴公子様だ。俺みたいなおっさんと一緒になるのは、完全に間違っている。
「待て、待て。もう立場が違うだろう? お前は侯爵家の嫡男なんだ。もっとこう、身分とか年齢とか容姿の釣り合うお嬢さんと結婚すべきだろ……」
「『べき』って言うのは僕のことを『好きだけど』って意味ですよね? ヒート中の言葉も僕、忘れていませんよ?」
「……それは、そうだけど」
そうだ。俺は涼玖も好きだったけどアインツィヒも好きになってしまったし、一緒になれるなら本音は嬉しい。
なんだか今さらおっさんの恋心を明るみに出されて、頬が火照るのを感じた。
「かわいいなぁもう。僕、我慢しないって言いましたよね?」
ああ、そんなこと言ってたな確か。でも、もうヒートは終わったし……今さらなにを?
「唯一さんの項、噛んじゃいました」
「はっ?」
「あんな家に義妹が嫁がなくてよかったです。唯一さんが俺のお嫁さんになって、子爵家を牛耳ればいいですもんね!」
この世界に来てすぐ、専門の機関で懇切丁寧に受けた説明を思い出す。オメガは、アルファに項を噛まれると番関係になり、番のアルファにしかフェロモンが通じないし抱かれることもできない。
つまり……そういうこと。俺は首の後ろに手を回して、確かに瘡蓋のようなものがそこにできていることを確認した。
いい笑顔の番が目の前で幸せそうに微笑んでいる。
「はぁぁぁぁ!?!?」
――――――――――
お読みいただきありがとうございました!
もしよろしければ、一言でも感想をいただけますと嬉しいです。
連載中の長編(後天性オメガ)もよろしくお願いいたします!
292
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(3件)
あなたにおすすめの小説
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
二日に一度を目安に更新しております
獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果
ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。
そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。
2023/04/06 後日談追加
《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。
かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年
世界が僕に優しくなったなら、
熾ジット
BL
「僕に番なんていない。僕を愛してくれる人なんて――いないんだよ」
一方的な番解消により、体をおかしくしてしまったオメガである主人公・湖川遥(こがわはる)。
フェロモンが安定しない体なため、一人で引きこもる日々を送っていたが、ある日、見たことのない場所――どこかの森で目を覚ます。
森の中で男に捕まってしまった遥は、男の欲のはけ口になるものの、男に拾われ、衣食住を与えられる。目を覚ました場所が異世界であると知り、行き場がない遥は男と共に生活することになった。
出会いは最悪だったにも関わらず、一緒に暮らしていると、次第に彼への見方が変わっていき……。
クズ男×愛されたがりの異世界BLストーリー。
【この小説は小説家になろうにも投稿しています】
聖獣は黒髪の青年に愛を誓う
午後野つばな
BL
稀覯本店で働くセスは、孤独な日々を送っていた。
ある日、鳥に襲われていた仔犬を助け、アシュリーと名づける。
だが、アシュリーただの犬ではなく、稀少とされる獣人の子どもだった。
全身で自分への愛情を表現するアシュリーとの日々は、灰色だったセスの日々を変える。
やがてトーマスと名乗る旅人の出現をきっかけに、アシュリーは美しい青年の姿へと変化するが……。
魔王に転生したら幼馴染が勇者になって僕を倒しに来ました。
なつか
BL
ある日、目を開けると魔王になっていた。
この世界の魔王は必ずいつか勇者に倒されるらしい。でも、争いごとは嫌いだし、平和に暮らしたい!
そう思って魔界作りをがんばっていたのに、突然やってきた勇者にあっさりと敗北。
死ぬ直前に過去を思い出して、勇者が大好きだった幼馴染だったことに気が付いたけど、もうどうしようもない。
次、生まれ変わるとしたらもう魔王は嫌だな、と思いながら再び目を覚ますと、なぜかベッドにつながれていた――。
6話完結の短編です。前半は受けの魔王視点。後半は攻めの勇者視点。
性描写は最終話のみに入ります。
※注意
・攻めは過去に女性と関係を持っていますが、詳細な描写はありません。
・多少の流血表現があるため、「残酷な描写あり」タグを保険としてつけています。
【完結】俺だけの○○ ~愛されたがりのSubの話~
Senn
BL
俺だけに命令コマンドして欲しい
俺だけに命令して欲しい
俺の全てをあげるから
俺以外を見ないで欲しい
俺だけを愛して………
Subである俺にはすぎる願いだってことなんか分かっている、
でも、、浅ましくも欲張りな俺は何度裏切られても望んでしまうんだ
俺だけを見て、俺だけを愛してくれる存在を
Subにしては独占欲強めの主人公とそんな彼をかわいいなと溺愛するスパダリの話です!
Dom/Subユニバース物ですが、知らなくても読むのに問題ないです! また、本編はピクシブ百科事典の概念を引用の元、作者独自の設定も入っております。
こんな感じなのか〜くらいの緩い雰囲気で楽しんで頂けると嬉しいです…!
断られるのが確定してるのに、ずっと好きだった相手と見合いすることになったΩの話。
叶崎みお
BL
ΩらしくないΩは、Ωが苦手なハイスペックαに恋をした。初めて恋をした相手と見合いをすることになり浮かれるΩだったが、αは見合いを断りたい様子で──。
オメガバース設定の話ですが、作中ではヒートしてません。両片想いのハピエンです。
他サイト様にも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
とても良かったです!
ありがとうございます!
楽しんでいただけて光栄です✨
攻めは一途でナンボですから……😌✨
涼玖は死んでも死にきれない想いを抱えていました。だから再会できてだいぶテンション上がってます❤️
唯一無二のカップリング、楽しんでいただけて嬉しいです。お疲れも癒やせたようでよかった!
読んでいただきありがとうございました✨
1.
新しい設定!!
現代→Sub→Ω、どうなってしまうの……
なんだか不運なおじさん、幸せになってほしいですね🤭
ややこしい設定です。どうなってしまうんでしょう……
深く考えずにおじさんのエロさに着目して書いてます😂
幸せに、なるはず!
期待を秘めた感想ありがとうございます🩷