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第一章 異世界・天下布武 編
35話 魔王ブラウノメラ
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山頂、オカヤマ勢本陣。倍以上の敵を見事に退けた彼らは、一体となって歓喜の声を挙げていた。ただ、未だ二十万の対魔連合は健在である。戦勝の喜びもほどほどに再び戦の備えに入っていた。ファルティスの元には、現状報告のためルドラーンとラナがやってくる。
「討ち取ったブラウノメラ勢は凡そ百。その他は退散した。一方、こちらの被害は軽微。負傷者それなりにいるが、死者は無し。完勝過ぎて怖いぐらいだ」
「死者無し!? すごぉーい!」
ルドラーンがもってきた朗報に、ファルティスは両手を合わせて喜んだ。平和主義の彼女にとってこの上ない知らせであろう。
「ラナのお陰だろう。負傷したら後方の者と交代するという戦い方は至って単純だが、自尊心の強い魔族には受け入れ難いものだったからな。それを認めさせるまで、よく根気よく指導したものだ」
ルドラーンも護った甲斐があったと感心。
「ありがとう、ラナ! 貴女のお陰よ!」
「い、いえ。私はその……ありがとうございます」
更に主である魔王ファルティスに手を握られてまで褒められれば、魔族嫌いだったラナも照れながら喜ばざるを得なかった。軍才を認めてもらうことを渇望していた彼女にとって、その賛辞は魔族との垣根を取り払うほどのものだったのである。ラナの『性』と言うべきものかもしれない。
ただ、未だ大きな問題が一つ残っていた。ルドラーンがそれを口にする。
「問題は金吾の方だ。勇者とはいえ、たった一人でブラウノメラ勢の本陣に向かわせたのは失敗だったか……。無事だといいのだが」
「すぐに助けに行きましょう」
隣の山頂とはいえここからはその様子を窺えないが、恐らく金吾が孤軍奮闘していることだろう。ファルティスがすぐ救出を提案したが……、
「ブラウノメラ勢本陣にはまだ三百もの魔族が残っている。そこに疲弊した私たちが攻め入るのは困難を極めるわ。高所を陣取った防御側の方が有利なことは、今の戦いで分かったはず。それに今兵を動かす隙を見せれば、対魔連合にここを突破されるかもしれない」
ラナがそう冷静に反対すると、彼女も引っ込めざるを得なかった。
「金吾本人に自力で戻ってきてもらう他ないか」
そして、ルドラーンがそう締め括った時だった。
閃光!
爆音!
熱風!
突然三人を襲った激しい衝撃! いや、山全体を覆ったと言うべきか。ファルティスは吹き飛ばされぬよう踏ん張り、ルドラーンはラナの楯になるべく彼女を抱え込む。次いで地響きまで起きた。その正体は巨大な爆発である。
虚を衝いた殺意の嵐であったが、幸運にも狙いは彼女たちではないよう。しばらくすれば音は過ぎ去り、風も止んだ。尤も、落ち着きを取り戻したファルティスたちの目に入ってきた光景は、あまりにも無残なものだったが……。
爆発の発生元。それは対魔連合の本陣だった。二十万の大軍のど真ん中で、山頂のオカヤマ勢にも届く爆発が起きたのである。一瞬で数千人が死に絶え、その周りではそれ以上の人間たちが悶え苦しんでいる。正に地獄だ。
「ひ、人が……」
同じ人間たちがもがいている様を目にし、若いラナに戦慄が走ってしまった。軍人ならば気を保たねばならないところだが、乙女にはやはり酷な情景である。
そして、同じくファルティスにも戦慄が……。ただ、彼女の場合は別。気付かぬ間に、すぐ傍に現れた一人の男に脅威を感じていたのだ。
「メルベッセ宰相!?」
それはメルベッセ。この場で唯一見知っていたラナがそう呼ぶも、一方で彼女の知るいつものメルベッセとは違っていた。血眼はひん剥かれ、口からは涎が垂れている。小太りの身体は所々血管が浮き出ており、手杖もなく足取りも不確か。それでも、フラフラとしながらゆっくり近づいてきた。明らかに苦しんでいる。そして不気味でもある。
「気持ち悪い……。ああ、気持ち悪い……。吐き気、悪寒が収まらぬ」
威圧感のある獣のような声で悲鳴を上げられると、ラナも心配より恐怖の方が勝った。そして、苦しみに合わせてその身体がおぞましく膨らみ始めると、軍人少女も遂には震えを覚えてしまう。
「ファルティス……。魔界で最も弱く、最も愚かな魔王よ……。よくもやってくれたな」
片や、メルベッセは臆することなく魔王ファルティスを睨んでいた。
「『勇者召喚』、『セルメイル婚姻従属』、『ブラウノメラ勢の奇襲』、『メルタニー内通』、そして『天下統一』……。俺の、俺の素晴らしい謀略の数々……。何十年……いや、百年も掛けたそれを……それをあろうことか、無策で、手緩く、弱小の貴様に潰されるとは……。悪夢だ。悪夢としか言いようがない。俺の百年も掛けた謀略は霧散し、全てが消え去ったのだ」
不満、憤怒、絶望。老夫がそれらを吐き出す度に、彼の身体は大きく、醜くなっていく。
「……許さない。許さないぞ、ファルティス! 俺の『謀略の性』を妨げた貴様は許さない! 力づくで事を成すのは嫌いだが、それでも貴様は直接この手で殺してやるぅ!」
そして全てを察したファルティスを前に、彼は本性を現した!
「この魔王ブラウノメラがなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
雄叫びと共に現れるは、体長十メートルを越す大怪物。蜘蛛のような下半身に、長い尾が三本。蛇の胴体には、蟷螂のような爪をもった長い腕が六つも備わっている。鯨のような頭部には目玉が四つあり、ファルティスたちを睨みつけていた。そのあらゆる獣が混じり合った歪な姿は、これまでのどの魔族よりも巨大で、禍々しいものである。
魔王ブラウノメラだ。
「討ち取ったブラウノメラ勢は凡そ百。その他は退散した。一方、こちらの被害は軽微。負傷者それなりにいるが、死者は無し。完勝過ぎて怖いぐらいだ」
「死者無し!? すごぉーい!」
ルドラーンがもってきた朗報に、ファルティスは両手を合わせて喜んだ。平和主義の彼女にとってこの上ない知らせであろう。
「ラナのお陰だろう。負傷したら後方の者と交代するという戦い方は至って単純だが、自尊心の強い魔族には受け入れ難いものだったからな。それを認めさせるまで、よく根気よく指導したものだ」
ルドラーンも護った甲斐があったと感心。
「ありがとう、ラナ! 貴女のお陰よ!」
「い、いえ。私はその……ありがとうございます」
更に主である魔王ファルティスに手を握られてまで褒められれば、魔族嫌いだったラナも照れながら喜ばざるを得なかった。軍才を認めてもらうことを渇望していた彼女にとって、その賛辞は魔族との垣根を取り払うほどのものだったのである。ラナの『性』と言うべきものかもしれない。
ただ、未だ大きな問題が一つ残っていた。ルドラーンがそれを口にする。
「問題は金吾の方だ。勇者とはいえ、たった一人でブラウノメラ勢の本陣に向かわせたのは失敗だったか……。無事だといいのだが」
「すぐに助けに行きましょう」
隣の山頂とはいえここからはその様子を窺えないが、恐らく金吾が孤軍奮闘していることだろう。ファルティスがすぐ救出を提案したが……、
「ブラウノメラ勢本陣にはまだ三百もの魔族が残っている。そこに疲弊した私たちが攻め入るのは困難を極めるわ。高所を陣取った防御側の方が有利なことは、今の戦いで分かったはず。それに今兵を動かす隙を見せれば、対魔連合にここを突破されるかもしれない」
ラナがそう冷静に反対すると、彼女も引っ込めざるを得なかった。
「金吾本人に自力で戻ってきてもらう他ないか」
そして、ルドラーンがそう締め括った時だった。
閃光!
爆音!
熱風!
突然三人を襲った激しい衝撃! いや、山全体を覆ったと言うべきか。ファルティスは吹き飛ばされぬよう踏ん張り、ルドラーンはラナの楯になるべく彼女を抱え込む。次いで地響きまで起きた。その正体は巨大な爆発である。
虚を衝いた殺意の嵐であったが、幸運にも狙いは彼女たちではないよう。しばらくすれば音は過ぎ去り、風も止んだ。尤も、落ち着きを取り戻したファルティスたちの目に入ってきた光景は、あまりにも無残なものだったが……。
爆発の発生元。それは対魔連合の本陣だった。二十万の大軍のど真ん中で、山頂のオカヤマ勢にも届く爆発が起きたのである。一瞬で数千人が死に絶え、その周りではそれ以上の人間たちが悶え苦しんでいる。正に地獄だ。
「ひ、人が……」
同じ人間たちがもがいている様を目にし、若いラナに戦慄が走ってしまった。軍人ならば気を保たねばならないところだが、乙女にはやはり酷な情景である。
そして、同じくファルティスにも戦慄が……。ただ、彼女の場合は別。気付かぬ間に、すぐ傍に現れた一人の男に脅威を感じていたのだ。
「メルベッセ宰相!?」
それはメルベッセ。この場で唯一見知っていたラナがそう呼ぶも、一方で彼女の知るいつものメルベッセとは違っていた。血眼はひん剥かれ、口からは涎が垂れている。小太りの身体は所々血管が浮き出ており、手杖もなく足取りも不確か。それでも、フラフラとしながらゆっくり近づいてきた。明らかに苦しんでいる。そして不気味でもある。
「気持ち悪い……。ああ、気持ち悪い……。吐き気、悪寒が収まらぬ」
威圧感のある獣のような声で悲鳴を上げられると、ラナも心配より恐怖の方が勝った。そして、苦しみに合わせてその身体がおぞましく膨らみ始めると、軍人少女も遂には震えを覚えてしまう。
「ファルティス……。魔界で最も弱く、最も愚かな魔王よ……。よくもやってくれたな」
片や、メルベッセは臆することなく魔王ファルティスを睨んでいた。
「『勇者召喚』、『セルメイル婚姻従属』、『ブラウノメラ勢の奇襲』、『メルタニー内通』、そして『天下統一』……。俺の、俺の素晴らしい謀略の数々……。何十年……いや、百年も掛けたそれを……それをあろうことか、無策で、手緩く、弱小の貴様に潰されるとは……。悪夢だ。悪夢としか言いようがない。俺の百年も掛けた謀略は霧散し、全てが消え去ったのだ」
不満、憤怒、絶望。老夫がそれらを吐き出す度に、彼の身体は大きく、醜くなっていく。
「……許さない。許さないぞ、ファルティス! 俺の『謀略の性』を妨げた貴様は許さない! 力づくで事を成すのは嫌いだが、それでも貴様は直接この手で殺してやるぅ!」
そして全てを察したファルティスを前に、彼は本性を現した!
「この魔王ブラウノメラがなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
雄叫びと共に現れるは、体長十メートルを越す大怪物。蜘蛛のような下半身に、長い尾が三本。蛇の胴体には、蟷螂のような爪をもった長い腕が六つも備わっている。鯨のような頭部には目玉が四つあり、ファルティスたちを睨みつけていた。そのあらゆる獣が混じり合った歪な姿は、これまでのどの魔族よりも巨大で、禍々しいものである。
魔王ブラウノメラだ。
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