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2.龍の髭を狙って毟れ!
後夜祭に乾杯
しおりを挟むラウンジに犇めく生徒の数に、ただただ圧倒される。
当たり前だがこの場に集う者は全て私立瑞光学園に通う者で、誰もが大なり小なり富や地位のある家の出身なのだ。
このうちの何十人が、いずれの日本を牽引する時代の寵児となるのだうか。この場に集う全員が、と言えないのが、なかなかどうして面白い部分である。
各々がやる気満々で己を飾り立てているものだから、会場のあちこちが発光しているようだ。皆新学期一発目の勝負に勝つ気で来ているのだ。さながら戦場である。
スーツ一つで趣味の良し悪しが分かるもんだなぁ。アイツは分かりやすく派手な装飾をつけすぎて、全体的にごちゃごちゃしてて成金臭が拭いきれない。反対にその斜め後ろの奴はすっきりとしたデザインなのに、生地の質の良さや控えめなのに目を引くアクセサリーのおかげで纏まっているし品が良い。
学生のパーティーだからか割と弾けた色合いのスーツが多い中、上着もシャツもベストも全身真っ黒な俺は一点の染みのように浮いている。
香梅姐さん、これ本当にパーティー用のスーツなんですか。さっきから周囲の視線がめちゃくちゃに痛いんですが。冠婚葬祭で言う所の三番目にあたる時用なんじゃ無いですか。まあ葬儀用だというのなら、それはそれで派手すぎると思うが。
「気合入ってんねえ宗介。すげー上等なヤツじゃん」
「言葉にしないでくれ、胃が痛い」
隣に立つ砂盃が心底感心したように俺を眺める。分かっている、このスーツが俺のような庶民が袖を通していい代物ではないと。
だって本当に、ラウンジにやって来てから周囲の視線が刺さりまくっているのだ。俺をちらりと見ては隣の奴とひそひそこそこそ、誰もが何かしらを囁き合っている。
それがこのスーツを着ているからなのか、はたまた自分が会長を捕まえた外部生だからなのかは分からない。ただ、その視線たちが良くない感情に満ち溢れている、というのはしっかりと分かってしまうのだから面倒くさい。
「俺でこうなら、イロチの篤志はもっと目立ってるだろうな……」
現在は点呼の為クラスごとに固まっており、篤志たちの姿はどこにも見えない。というか生徒たちの落ち着きっぷりを見るに、S組の連中は別室待機なのかもしれない。
確かにあの破壊力の会長とか見たら失神する生徒も出るだろう、いい安全対策だ。
「あ、やっぱそれ坊ちゃんとオソロなの」
「ああ。香梅——旦那様の知り合いが、『もう着ないから譲る』って下さって。篤志は白地に銀の刺繍でな、篤志の栗毛と相まって本当に綺麗なんだよ。ただ何かしら零して汚すんじゃないかってハラハラするが」
「えやばいじゃん宗介、それってさあ」
半笑いの砂盃が視線だけで俺のシルエットをなぞる。その若干引き攣った笑顔が砂盃にしては珍しい。
「…………いーや、やっぱやめた。なんでもない」
「な、なんだよ」
「言わん。言ったら宗介チビるもん」
「えっ。おい、怖い事言うなよ、言えってば」
「世の中には知らない方が幸せもあるんだぜ~。言わない俺の優しさに感謝しな」
「言え! 怖くなっちゃうだろうが!」
いつも通りに揺さぶって吐かせようとしようにも、砂盃が身に纏うスーツもお高そうなため気軽に触れることが出来ない。
なんだよワインレッドのジャケットにビジュー付きのタイにカラーグラスって。端から端まで胡散臭すぎるだろ、なのになんでこんなに似合ってて格好いいんだ畜生。顔だけは本当に良いんだよなコイツ。
教えろよ、と詰め寄ろうとしたところでマイクのハウリングが響く。これ幸いとすまし顔で壇上に目を向ける男に舌打ちしながら、自分もまた音源の方へと目を向けた。
ラウンジのど真ん中、見るからに高そうな艶やかなグランドピアノの隣に立つ男。しなやかな体躯に雪のように白い肌、その透明感あふれる雰囲気は華やかなラウンジに良く似合う。
『皆さん、グラスは行き渡りましたか?』
鼓膜を震わせる嫋やかな声。左程声を張っているわけではないのに、生徒たちはぴたりと押し黙り彼の次の言葉を待った。
全校生徒の視線を一身に受けても一切臆することなく微笑む男に、生徒たちは口々にうっとりとしたため息を吐く。
俺は内心ケッと舌を出しながら男を見た。麒麟寺花導、私立瑞光学園現学園長にして、奥様の実の弟——つまり、篤志の実の叔父である。
『それでは、僭越ながら私から簡単な言葉を。皆、親睦会お疲れ様でした。新たな出会いや挑戦を経て、それぞれ良い成長を得られたのではないでしょうか』
壇上のアイツはあんなに人が良さそうなフリをしているが、その実中身は性悪だし極度のシスコンだ。
旦那様の前で篤志に『お前の父親は大っ嫌いだけどお前は大好きだよ~、半分は姉さんの血が入ってるからね』なんて言いやがる。人としてどうかしてる奴だ。
「お前はホンットに学園長嫌いよね~。ほら、眉間に皺寄せすぎてブス顔なってるよ。スマイル~」
「触んなボケ」
耳元でコソコソと囁かれると擽ったい。俺の頬を突く指先にがう、と噛み付くフリをしてると、反対隣りから脇腹に衝撃が来た。
「いでっ」
「人の話の最中にイチャついてんじゃない」
むすっとした顔の烏丸がこちらを睨みつけるようにして見上げていた。その麗しのご尊顔を間近で見た俺は思わず息を呑んでしまう。
「びっっっくりした……」
「なんだよ」
「綺麗すぎて……」
「はあ?」
柳眉を顰める烏丸は、その不機嫌な表情さえも美貌の一部になっている。
瞼にはシャンデリアの光を受けて輝くラメが散りばめられており、雪のような頬はいつもより少し血色がよい。瞬きの音が聞こえてきそうな睫毛と魅惑の唇にもダイヤモンドダストのような煌めきが宿っている。
男が化粧って、と香梅姐さんにされながら不服に思ってた自分を殴りたい。男だろうがなんだろうが、化粧はその人の美を最大限に引き出す武器なのだ。
これ、烏丸と同室の奴大丈夫か。理性を失った末に襲ったりしないだろうか。
呆けた儘見つめる俺の背中をもう一回殴ると、烏丸は鼻を鳴らして学園長の方へと視線を戻した。静かに見てろってか、流石規律に厳しい風紀委員。
『学生生活というのは終わってしまうと本当にあっと言う間で、もう二度と戻ることのできない掛け替えのない時間です。大人の戯言ではありますが、君たちにお伝えしたいのはどうか後悔だけはしないように、という事。後悔などは総じて大人がするものです。だからどうか、自分がやりたいと思ったことには全力で取り組んでください。それが誰かを傷つけない限り、我々大人は精一杯サポートし応援します』
学園長はそこで言葉を切りにこりと微笑むと、手元のシャンパングラスを掲げて生徒たちを見回す。
勝利した者、敗北した者、でもそれは全て学生の飯事の範疇だ。この全てを管理された箱庭の中であれば、その痛みに過度な責任は伴わず、いつか得難い経験になる。
後悔だけは、しないように。そう言い含められたって、今選び取った行動のどこが、いつ後悔に繋がるなんて分からないのに。大人たちは随分と勝手で無責任に俺たちの青春に価値を付けてくる。
『皆、グラスを持って。それでは、今夜はめいっぱい楽しむように。――乾杯!』
生徒たちの元気いっぱいの乾杯が響き渡る。パーティーが始まるのだ。
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