オム・ファタールと無いものねだり

狗空堂

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2.龍の髭を狙って毟れ!

兎の毛繕い 2

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「――はい、出来た。もう顔にべたべた触らないでねぇ」

 あっという間に手直しを終わらせた兎和は、どこか誇らしげに鏡越しの俺と目を合わせる。清らかな白いライトの下、俺が瞬きをするたびに散らされたラメが光る。
 紅が剥げて色が死んでいた唇も、丁寧にグラデーションされて彩られていた。塗られている間は唇にも粉を?! と思っていたが、こうして見ると瞼の煌めきと同じ光は顔全体に統一感を持たせてくれている。


「……こうして見ると別人みたい、っすね」
「当たり前でしょぉ? 鶯生香梅の服を着て、オレがメイクしてあげたんだから。だからさぁ」
 鏡越しに杏子色の瞳が貫いてくる。強い目だ。だけどどこか諦めたような目でもある。

「その自信なさそうなブス顔やめろ。べたべたした湿度の高い視線も、卑屈そうな姿勢の悪さもね」
「すいません」
「アンタさあ、なんでそんなに自信が無い訳? 篤志にあれだけ愛されてるくせに」
 あいされてる。聞き慣れない響きに唇がもにょつく。愛されている、のだろうか。

 愛されていたい。ずっと隣に居た親友なのだから、一番に選んでほしいと本心は叫んでいる。だけど篤志は祝福された子供だ。篤志は、前野だ。

 ギフテッドの周りにはギフテッドが集まる。それは当然の原理だろう。下位互換は上位互換に勝つことは出来ない。だからこそ下位で、だからこそ持つ者なのだ。そして劣っている者よりも秀でた者が選ばれる。それが自然の摂理だ。

 分かっている、理解している。それなのに、身の程を知らなければいずれ羞恥でずたずたにされると逸る心を咎めようとしているのに、篤志が与えてくる特別のような輝きたちに期待してしまいそうになる。

「……自信なんて、あるわけないじゃないですか。周りにアンタたちみたいなのがゴロゴロいるんだから」
「それって関係ある?」
「ありまくりでしょ。俺は篤志の周りに居る人間の中で、多分一番価値のない存在だ。いつだって切り捨てられる可能性がある奴。俺には篤志しか居ないけど、篤志は俺以外にもたくさんいる。篤志の一存だけで、俺はいつだって篤志の隣から引き剥がされる。それってすごく不安になりません? ……ならないか。アンタたちみたいな選ばれる人は」

 自嘲気味に呟きながら、こんなことを言いたいわけじゃないのにと脳内で頭を抱える。
 兎和には殆ど関係ないというのに、俺のメイクを直してくれた人だというのに。

 それでも脳裏に過ぎってしまうのは、人だかりに囲まれて一歩も篤志に近づけない俺と、なんでもない顔でその近くで楽しそうに過ごす選ばれた人たちだ。
 俺はどうやっても近づけないというのに、皆は平然とした顔でその境界線を越えてしまう。

 優しさに優しさで返せない自分が本当に嫌になった。

「……はあ」
「すみません、舐めた口利きました。ヤキ入れるのは来週まで待ってくれますか、流石にこの服に皺は残せない」
「何でそういう方向に思考がぶっ飛ぶの。難儀だなって呆れただけぇ、アンタも篤志もね」
「……篤志も?」
 兎和は目を細めて囁く。

「篤志、いつだってアンタのこと話してるよ。オレ達と居る時も、いっつも『そーすけが』『そーすけは』ってさ。妬いた双子や衣貫が構って攻撃仕掛けるくらいには」
「……それは」
「だからオレ達、どーでもいいアンタの好きな食べ物とか好きなバンドとか、妙に詳しくなっちゃった。興味ないって言うのに、アイツ飽きずに喋りまくるからねぇ」

 心底つまらない、と言わんばかりの表情の兎和は、俺の耳に飾られた銀のイヤリングを弄りながらため息を吐く。
 アイツ、何勝手に個人情報をばら撒いてるんだ。リカルド先輩の時から思ってたけど、その口の軽さはいい加減どうにかしろ。冷静な部分の俺はそう呆れながらも、幼い部分の俺は嬉しくて踊り出しそうになっている。

 俺のいない所で、俺の話をしてくれる。それがどれだけ光栄なことか。俺はいつだって篤志が健やかに暮らせますようにと祈って生きているけれど、あの世界の中心のような篤志の心の中にも、一欠けらだけでも俺が居るのだ。

 他人の口から告げられたその事実は酷く甘美なものに聞こえた。俺の都合のいい妄想みたい。でも、俺に対してご機嫌を取る必要なんて無い第三者からの証言は、何よりも本物に思えた。


「……んへへ、そ、っすか」
「笑い方キショ」
「そう、そうっすね。俺、香梅姐さんにも『篤志の隣に居ていい奴』って思われてて、篤志も俺のことを他所でべらべら喋るくらいには大切に想ってくれてて。それくらいの価値はある人間だって、思って、いいんスね」

「…………」
「ありがとうございます、兎和先輩。先輩が見つけてくれて、メイク直してくれたおかげで、ちょっと……大分自信付きました」

 心からの礼を告げた。なんというか、今までは篤志に群がる蟻程度にしか思っていなかった奴らが、急に人間として輪郭を得てきた感じだ。俺もまたこいつらの一面しか見ずに消費していた人間だったのだ、と深く反省する。

 会長は横暴な王様ではなかったし、鶴永先輩は盲信的なだけではなかったし、兎和は万年発情期のヤリチンってだけじゃなかった。
 烏丸に対して「一面しか見ていない」と偉そうに説いていたというのにこれじゃあ合わせる顔が無い。この学園に通う以上、俺も彼らに対する認識は逐一アップデートしていかなくちゃいけないな。


「……? 兎和先輩?」
 黙りこくった兎和先輩を鏡越しに見つめる。杏子色の瞳は白いライトの下でとろりと蕩けていた。ぞっとする程の濡れた色気。

「……そういういじらしい顔するのは良くないよねぇ。こーふんした」
「…………は?!」
 にやにやと笑いながらするりと太腿をなぞってくる。蛇のようにしなやかな指は、第一ボタンまで締められたシャツの間に侵入してきて喉の皮膚をさりさりと擽った。

 ふ、と耳に息を吹きかけられてぞわりと背筋が粟立つ。前言撤回、こいつは所詮発情期の兎だ。

「待て待て待ておい! 急に蓼好きになるな! そう言う雰囲気じゃなかっただろうが!」
「オレはオレの手で輝かせた宝石たちをオレの手でめちゃくちゃにするのが趣味なワケ」
「最低な性癖暴露どうも!」
 アンタさっきまで香梅姐さんの服へ最大の敬意を払ってた感じだったろうが。何自分で新たな皺を生み出そうとしてるんだ!

「あっほら、ほらリップ! せっかく塗り直してくれたのにまた落ちちまう!」
「今のオレのメイクならそのラメもあり~」
「あり~じゃねえんだわ何許容の方向性で話進めてんだクソが」

 ワーギャー騒ぐ俺の腰をがっちりと掴まれたところでガチャリとドアが開く。まさしく地獄に垂らされた蜘蛛の糸だった。
 願わくば生徒会親衛隊の生徒じゃありませんように!



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