46 / 96
2.龍の髭を狙って毟れ!
所詮飼い犬
しおりを挟む「……ねえ。何度も言わせないで。手、離して」
幼い子供に言い含めるようにそう告げれば、雀斑が散りながらも可愛らしい顔立ちをしている少年が泣きそうに顔を歪めた。
ああ、居心地が悪い。まるでこっちが悪いと言わんばかりの瞳だ。消費してるのはお互い様だってのに、こういう時だけ被害者面をしてくる。
どっちも加害者で、どっちも被害者。それでもいいよって納得したから、こんな馬鹿みたいな関係を続けているんじゃないの?
「なん、なん、で、ですか」
「…………はあ。これ、何度目?」
この子は確か、中等部の終わりらへんに親衛隊に入った子だったっけか。面倒くさい、を一片も隠さぬ声音でその指を剥がせば、目の淵に涙を貯めた少年は噛みつくように吼える。
「だって、だって僕が……! 僕が、先に選ばれたのに! 何故菊之助様はそちらの誘いに応じるんですか……?!」
スマホに届いたのは前野からのメッセージ。『アリーズで打ち上げしない?! ナイトプール貸し切りだって』。文面だけからでも伝わる騒がしさに笑ってしまった。
色気もへったくれも無さそうな面子でナイトプールとか、と半笑いだったけど、そっちの方がきっと何百倍も楽しいに決まっていると気づいていた。
だからごめん、と言ったのだ。蕩ける笑みで俺を部屋に連れ込もうとする親衛隊の子に、『やっぱり用が出来たから』と断った。
それだけで少年じみたあどけない表情は絶望の色に染まる。たったそれだけで? 勘弁してほしい。俺という存在を自分の中で大きくしないで欲しい。いつかは何も関係が無い他人になるんだから。
少年は信じられないとばかりに俺に縋った。自分が親睦会で貴方を捕まえたのだと、自分には貴方と時間を過ごす正当な理由があるのだと。
声高に主張して、それでも冷めた目で見つめる俺に痺れを切らして、癇癪を起こす子供のように絨毯を踏み鳴らして糾弾してくる。
彼が全身全霊で俺を呼び止めようとすればする程、俺の彼への興味は削られて行って、プールで馬鹿みたいにはしゃぐ眩しい少年たちへの切望が膨れ上がっていく。醜い。醜い。全部醜い、毎日が醜い。
「勘違いしてるようだけどさ。元々俺の親衛隊って、男同士の恋愛が好きな子が集まりやすいようにって名目で出来たヤツなわけ。で、そっから色々捻じれていって今の形に落ち着いたのね。そりゃ俺も気持ちいこと好きだし皆可愛いとは思ってる。でも、俺はただ応えてるだけだよ。君たちの中で作り上げた『砂盃菊之助』に。それをどこまでも求めて来ないで」
「僕は、」
「セックスだけがしたいなら他を当たって。よそ見してる俺が許せないなら抜けた方がいい。元々俺の親衛隊はそう言う規則だ」
セックスは労働。キスは罰。甘い言葉は全部ビジネス。体温は毒。
それが俺にとっての当たり前だ。求められているから提供しているだけ。それを勝手に真実だと受け取って、供給が止まったら最低だ嘘つきだと騒ぎ立てるのはあまりにもクレーマー過ぎないだろうか。
俺は俺の親衛隊に最初から契約書を突きつけている。彼らはそれらに納得して俺の親衛隊に入ったはずだ。なのにどうして、俺だけが悪いみたいに糾弾されなくちゃならないんだろう。
「…………ッ、」
「君、俺に向いてないよ」
夜になったら部屋には戻るよ。そうやって告げれば、少年はぐっと唇を噛んだ後に大きく腕を振りかぶった。避けることも無く目を閉じて、甘んじて受け入れる。
誰も居ない薄暗い廊下に、乾いた音が鳴り響いた。グーじゃなかっただけマシか。そう思いながら見下ろせば、振り返りもせずそのまま走り去っていった。
「……うーん、つくづく向いていない子だ」
フォローはお藤に任せよう、と親衛隊長に丸投げしつつ、ビンタされた頬を撫ぜる。赤くなってそうだなあ。暗いからいけるか? 宗介の教育にちょっとよろしくない気がする。ファンデ重ねて誤魔化すか……。
「――こんにちは、ミスタ・カサノヴァ」
「…………見世物じゃないんですけど」
ぐるぐると考えているうちに、今一番聞きたくない声を聞いてしまい、げえっと無音で顔を顰める。その後完璧な微笑みを形作ってから振り向いた。
色気を際立たせるスモーキーメイク。丁寧な細工が施された金のフレームの眼鏡。要所要所にひらめく布を盛ったダークなスーツは、男が持つ女性的ともいえる妖艶さを上手く引き出していた。
「てっきり親衛隊の方とお楽しみなのかと思いましたよ」
「またまた。俺はどっかの誰かと違ってセックス馬鹿じゃないので」
「確かに」
男――巳上は、桜色の爪が輝く指先で口元を押さえて嫋やかに笑う。笑っているのにその目の奥は笑っていない。名の如く蛇のような男だ。
「今回の親睦会、大変驚かされました。まさか虎徹が捕まるとは思いませんでしたよ」
「麗しの君を楽しませられたなら何よりです」
「相変わらず口がお上手ですね。お母様によく似ていらっしゃる」
ひりひりとした感覚を肌に受けながら仮面をつけた儘会話を続けていく。
ああ、早く、早く逃げだしたい。一刻も早くこの場から離れて、あの能天気な顔のアイツに「おいおい程ほどにしろよ色男」って呆れられたい。そしたら俺は、「まあね、俺ってば最高に顔が良いから」なんてふざけて飛びつくんだ。
だけど宗介はああ見えて心配性だから、俺が隠しきれなかった頬の赤みに気づいて声には出さないまま労わるようにそこを撫でる。それに俺は「色男のメイクだよ」って言って親愛のキスを贈る。
罰じゃないキスを。毒じゃない体温を。セックスは労働。キスは罰。甘い言葉は全部ビジネス。体温は毒。それらが全部、当てはまらない関係。
早く、宗介に会いたい。
「お母様はお元気ですか」
わざとらしい問いかけに口角が痙攣する。だから負けじと俺もナイフの切っ先を差し向けた。
「そちらこそ、お父上はいかがです?」
巳上は微笑んだまま口を開く。俺と全く同じことを思っているんだろう。
「「――――知ってるくせに」」
綺麗にハモった言葉が馬鹿みたいに唸り合う俺らを嘲笑う。しょうもない飼い犬同士の威嚇だ。飼い主たちはそんな事知らないとばかりに毎日を謳歌して、手に追いきれなくなった犬をこんなせまっ苦しい犬小屋に閉じ込めて見ないフリをしているというのに。
「……後田君、可愛らしい人ですね。君の好みではなさそうですけれど」
「関係なくないですか?」
「いいえ。君があの子を可愛がるのならば、俺にも十分関係がありますよ」
新しいおもちゃを見つけたみたいに無邪気に笑う巳上。そのクリスマスの朝にプレゼントを見つけた子供のような微笑みが、俺の頸をぎゅうっと絞める。
手放さなきゃ。今更? 俺が護るから大丈夫。大丈夫って、どこからくる自信?
捨て身なコイツが何をしでかすかなんて分かんない。俺ってそんなに悪いことした? したのか。分かんない。みんなみんな悪い大人だから、誰も俺が悪い子だって教えてくれない。
教えてよ、宗介。俺が悪い子だって、俺は悪くないって、俺はどうすればいいんだって。
「俺は虎徹に呼ばれていますので、これで。色恋の面倒ごとはご自分で解決してくださいね。貴方はお母様程『上手く』ないのですから」
「ご忠告どうも、クソッたれ。ガチ恋作るのは無様で可哀想ですからね、ちゃんと加減しますよ」
巳上が温度の無い笑みを浮かべて踵を返す。吐きそうだ、と思った。
早く、早く。『普通』が味わえるあの空間に行かせてくれ、と嘔吐きながら駆け出した。
40
あなたにおすすめの小説
ビッチです!誤解しないでください!
モカ
BL
男好きのビッチと噂される主人公 西宮晃
「ほら、あいつだろ?あの例のやつ」
「あれな、頼めば誰とでも寝るってやつだろ?あんな平凡なやつによく勃つよな笑」
「大丈夫か?あんな噂気にするな」
「晃ほど清純な男はいないというのに」
「お前に嫉妬してあんな下らない噂を流すなんてな」
噂じゃなくて事実ですけど!!!??
俺がくそビッチという噂(真実)に怒るイケメン達、なぜか噂を流して俺を貶めてると勘違いされてる転校生……
魔性の男で申し訳ない笑
めちゃくちゃスロー更新になりますが、完結させたいと思っているので、気長にお待ちいただけると嬉しいです!
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
もういいや
ちゃんちゃん
BL
急遽、有名で偏差値がバカ高い高校に編入した時雨 薊。兄である柊樹とともに編入したが……
まぁ……巻き込まれるよね!主人公だもん!
しかも男子校かよ………
ーーーーーーーー
亀更新です☆期待しないでください☆
寂しいを分け与えた
こじらせた処女
BL
いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。
昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。
【完結】我が兄は生徒会長である!
tomoe97
BL
冷徹•無表情•無愛想だけど眉目秀麗、成績優秀、運動神経まで抜群(噂)の学園一の美男子こと生徒会長・葉山凌。
名門私立、全寮制男子校の生徒会長というだけあって色んな意味で生徒から一目も二目も置かれる存在。
そんな彼には「推し」がいる。
それは風紀委員長の神城修哉。彼は誰にでも人当たりがよく、仕事も早い。喧嘩の現場を抑えることもあるので腕っぷしもつよい。
実は生徒会長・葉山凌はコミュ症でビジュアルと家柄、風格だけでここまで上り詰めた、エセカリスマ。実際はメソメソ泣いてばかりなので、本物のカリスマに憧れている。
終始彼の弟である生徒会補佐の観察記録調で語る、推し活と片思いの間で揺れる青春恋模様。
本編完結。番外編(after story)でその後の話や過去話などを描いてます。
(番外編、after storyで生徒会補佐✖️転校生有。可愛い美少年✖️高身長爽やか男子の話です)
ひみつのモデルくん
おにぎり
BL
有名モデルであることを隠して、平凡に目立たず学校生活を送りたい男の子のお話。
高校一年生、この春からお金持ち高校、白玖龍学園に奨学生として入学することになった雨貝 翠。そんな彼にはある秘密があった。彼の正体は、今をときめく有名モデルの『シェル』。なんとか秘密がバレないように、黒髪ウィッグとカラコン、マスクで奮闘するが、学園にはくせもの揃いで⁉︎
主人公総受け、総愛され予定です。
思いつきで始めた物語なので展開も一切決まっておりません。感想でお好きなキャラを書いてくれたらそことの絡みが増えるかも…?作者は執筆初心者です。
後から編集することがあるかと思います。ご承知おきください。
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる