オム・ファタールと無いものねだり

狗空堂

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2.龍の髭を狙って毟れ!

燦然と輝く星たちよ

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「絶ッ対負けねェ」
「スポーツで俺に勝てると思ってんの? 今のうちに謝罪文考えとけ~?」

「誠君、無理しなくていいんだよ。僕らだけで勝負するから……」
「あ゛? ほざいてろクソ豚。すぐに泣いて謝らせたるわ」

「何で平和に遊べないのかなぁ……」
「やっっっぱりね?! 一年のケンカップルと言えば猪鹿だけど、二年はリカ鶴なんだね?! いや俺は最初から分かってたよ、だってなんやかんやいつもリカルド先輩が煽って鶴永先輩がそれに乗るもんね?! リカルド先輩ってば鶴永先輩の扱い分かってるぅ! 掌で転がすリカルド先輩も転がされつつも全力投球しちゃう鶴永先輩もどっちも好!! やっぱケンカップルってサイコー!」

 満天の星空の下プールサイドでぎゃいぎゃい騒ぐ奴らを見つめながら、アイツら煩いな……としみじみ思う。
 女も酒も無いナイトプールってどう楽しむんだろ、とか考えたのは杞憂だった。めちゃくちゃ全員楽しんでいる。こんなのほぼほぼデカい市民プールではしゃぐガキと同じだ。

 最初はいつも通り、猪狩と鹿屋がどちらが泳ぐのが早いかで揉めだして、ならレースで決めればいいんじゃないとのほほんとしたリカルド先輩が提案。
 ついでに僕も参加しよ、なんて言ったら、「ガキと同レベルではしゃいどるん?」と鶴永先輩が冷笑する。で、「え、誠君、負けそうなの?」とど天然クリティカル煽りが炸裂し、短気な鶴永先輩は勿論その売られた喧嘩を買い。

 眺めているだけだった蝶木は巻き込まれ審判役を任され、少し遅れてやって来た砂盃がまた訳の分からないことを叫びながらスマホで写真を撮りまくる。
 実質貸し切り状態だから許されるはしゃぎように、俺は肩を竦めて鼻で笑った。これだからお子様たちは……。


「そーすけ、『これだからお子ちゃまたちは……』みたいな顔してっけど、お前も大概浮かれポンチだからね」
 そんな俺に半笑いの篤志が突っ込む。さすが俺の主、従者の心の内もお見通しってか。

 確かに、篤志とお揃いの星のサングラスと派手なアロハシャツを身に纏い、綺麗な飾り切りが添えられたオレンジジュースを片手にプールサイドチェアに腰かける俺も、アイツらと同じくらいはしゃぎまくったガキである。

 だってあのナイトプールだぞ。大人で、しかも選ばれた人間しか行けないような特別な場所。この場に居る奴らはいつか難なく行くことが出来るだろうが、冴えない側に居る俺にとってはこれが最初で最後になるかもしれん。浮かれるなってのは酷な話だろ。

 チェアに身を委ねて空を見上げながら、最高の景色だなーとしみじみ思う。周りに建物が無いから視界いっぱいに星空が広がっていて、プラネタリウムの光はただのまやかしだったのだと教えてくれる。都会じゃ滅多に見れない絶景だ。


 そこではた、と思い至る。そう言えば最近あの二人に写真送っていないな、と。二人とも多忙だからここ数か月は碌に連絡を取れていなかったけど、近況報告も含めてここらで一枚写真を送ってもいいかもしれない。

「篤志ー、写真撮って」
「ん? あー、送るのか。おっけ、イケメンに撮ったげる」

 篤志にスマホを渡してありがちなピースサインをすれば、舌なめずりをしながらプールサイドでご機嫌なサングラスをする俺を画角に収める。
 ナイトプールでサングラスなんて我ながら馬鹿かよとは思うが、あの二人はどんな写真でも喜んでくれるのでなんでもいいのだ。もはや孫の写真に喜ぶ老人たちと大差ない。

「タマちゃんとよっちゃん元気? 今年の夏は帰って来るって?」
「元気にはしてるよ。夏は……まだ分かんないな。ヨツは大会近いし、お玉はあっちの先生方が離してくれないってキレてた」
「流石世紀の天才共、世界が離してくれないね~」
「な。ちょっとは俺にも返して欲しいもんだぜ」

 俺のイケメンすぎる幼馴染二人、与椿と珠梓は世界を股にかける活動家たちだ。

 与椿はここ数年で世界に躍り出た高校生格闘家だし、珠梓はあちこちの研究機関や大学院から声がかかるジャンル問わずの天才だ。
 何であんな化け物じみた天才が、俺がかつて住んでいた廃村まっしぐらな山奥の過疎地域に居たのかは知らん。天は二物を与えずというが、環境的な部分もそれに値するのだろうか。

 村の中でも天才過ぎて異端扱いされていた二人は、引っ越してきた余所者の俺とひと悶着あった後、随分と心を開いて親しくなってくれた。
 俺の人生の殆どは前野家で出来ているけれど、この二人だけは唯一前野と関係していない、『俺の』友人だと言い切れる大切な人たち。世界で活躍し遠くに行ってしまった今でも、交友を続けてくれる大切な幼馴染たちである。


「会えるのは嬉しいけど、俺多分アイツらに嫌われてるからなぁ」
「篤志が嫌われてるゥ? 無い無い、ちょっと人見知り激しいだけだって」
「そーすけはお前が居ない所でのあの二人の振舞を知らないから、そんな呑気な事言えるんだって……」

 少々げっそりした篤志がそう言いながらスマホを返してくる。確かにあの二人は他人に対して少々冷たい態度をとるところもあるが、篤志は何度も会っているから慣れている方だ。
 初対面の奴や嫌いな奴とは一切口利かなかったり、憎まれ口が十割増しになったりする分かりやすい奴らである。篤志のことも口ではとやかく言うが、そこまで嫌ってはいないと思うのだが、二人の好意は捻くれてて分かりにくいので伝わりにくいのだ。

 今は二人とも海外に居る。立て込んでいるらしいから、今年の夏は日本に帰って来れないだろう。秋頃には帰って来れると言っているから、その時は久々に三人で遊びたいな。


「だーっチクショー!!」
「おっほほ、俺に勝とうなんて百年はやーい」
「やっぱり萩壱君は強いねぇ」
「ぜ、はッ、見たかワレ、お前には勝てるんや!」

 そうこうしているうちに、どうやら25m競泳レースの勝敗はついたらしい。
 一位は断トツで猪狩、僅差で二位が鶴永先輩で三位がリカルド先輩。鹿屋は最下位だったが、そもそもあの身体能力ギフテッドたちに勝負を挑む時点ですげぇなと思う。そこそこいい勝負してたし。俺だったら多分足元にも及ばないだろう。

「そーすけは混ざらんの?」
「まさか。あのゴリラ共の間に挟まったら俺は消滅する」
「ふーん」
「それに、篤志がここに居るから」

 それだけで俺はここに居る意味がある。浮かれたハートを作るストローを差し出せば、にへらと笑った篤志はそれを食む。

 平和だ。つかの間のご褒美。頑張った甲斐があるというものだ、頑張ったのは俺じゃないけど。
 



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