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3.鹿の拳は使いよう
馬鹿の一つ覚え 2
しおりを挟む体格だけで自分が強者だと勘違いしている、殴り甲斐の無いつまんねぇ奴らだった。
初手で男たちが持っていたスタンガンとナイフを蹴り飛ばしてやれば、目に見えて戦意喪失して狼狽える始末。
連携も何もあったもんじゃない。全員が全員の足を引っ張るような動きをするから、拳を振りながら馬鹿馬鹿しすぎて声を上げて笑ってしまった。
最後の一人に至っては沈んでいった仲間を見捨てて逃げようとしたくらいだ。まあ見逃してやる義理も無いので、しっかりぶん殴って沈めておいたが。
最後の一人を地面の上に投げ捨てて、漸く俺の昼寝スポットに静寂が戻った。無様に転がる雑魚共の懐に手を突っ込んで、それぞれの学生証を引きずり出す。
それぞれの写真を撮って風紀委員に送っておいた。これでそのうちこいつ等は回収されるだろ。
「あ、りがと……」
呆然として地面に座り込んでいる後田が、それでもたどたどしい声で礼を言ってくる。その声の震え方が、スタンガンの後遺症ではないことくらい分かっていた。
「……痺れは」
「だ、いじょぶ、平気」
「そうか。ま、そんなに強い出力じゃなかっただろうが、なんかあったらすぐ保健室行けよ。この学園のはそこらの総合病院よりよっぽど手厚い」
「行きつけみたいな言い方だな」
「行きつけだ」
鼻を鳴らしてそう言えば、後田はわざとらしくはは、と声を上げて笑った。その引き攣った笑い方がどうにも気に食わなくて、俺は後田の元へ歩み寄ってその胸ぐらを掴んだ。
「っ、」
「なんでのこのこ着いて行った」
「呼ばれた時は一人、だったから……」
「その割に、三人に囲まれても左程焦ってなかったな。素人相手なら三対一でも勝てるってか。余裕なことだ」
「そんな訳じゃ、」
俺だって三人いっぺんに相手にするとなればそれなりに警戒する。数の利はそのまま場の利になり得るからだ。
これがリカルドや鶴永、猪狩のような相手であれば、俺はここまで鋭い声で吐き棄てなかっただろう。
アイツらの身体能力はずば抜けているし、何よりも己の実力をしっかりと理解して弁えている。だからこそしっかりと相手を見極めて、無駄な喧嘩や勝てない喧嘩は買わない。
だがこいつは、無謀にも三人相手の喧嘩を買い上げた。それ程の自信があるのかと思いもしたが、振り上げられたナイフを見上げるその目には恐怖が混じっていた。
確かに前野家の従者への教育は厳しいものなのだろう。三人に対するあの身のこなしからも、後田が受けた訓練の上質さがよく分かる。だが結局それは訓練だ。こいつには圧倒的に実戦経験が足りない。人の悪意を向けられることに慣れていない。
「お前、これで俺が居なかったらどうするつもりだったんだ」
「…………」
「ここでボコボコにされただけで済んだならまだいいだろうよ、お前の身一つで話が済むんだから。だけどそのことが篤志の耳に入って大事になったらどうする? 弱みを握られて脅されでもしたら? 篤志はああいう奴だから絶対にお前を見捨てない。そうなったとき篤志が、ひいては前野家が、お前ひとりの無茶のせいで不利益を被る可能性があるんだぞ」
一つ一つ懇切丁寧に教えてやれば、後田は心底悔しそうに唇を噛む。俺よりもずっと忠誠心が高いお前は、それらを見据えられない程馬鹿じゃないはずだ。
なのになぜ、お前はいつも篤志の中での自分の価値を執拗に貶める? お前が傷ついたことで篤志が傷つくのだと何故理解できない。
きっと今回の件だって、篤志が居ないうちに片をつけられたら好都合だと捉えたのだろう。それによって多少自分が傷ついたって、篤志の目に問題が触れられない方が良いと判断した。
自分の痛みと篤志の感情を秤にかけた末に、些末なことだと自分を切り捨てたのだ。
「無謀と勇気は別モンだ、勘違いすんな」
「………………で、も、おれ、」
無謀じゃないと、篤志の傍に居られない。
ぽつり、と震える声で吐露された言葉があまりにも弱弱しくて、言葉を失ってしまった。木々の騒めきに掻き消されてしまいそうな程か細い声だ。遠くから聞こえる部活に励む声に押しつぶされてしまいそうな弱弱しい声だ。
「おれ、それくらいし、か、とりえ、ない」
キラキラ光るお前たちは違うだろうけど、俺はなんにも持ってない人間だから。だから俺が篤志にあげられるのは、この身くらいしかないのだと。
ぐちゃぐちゃに輪郭が崩れた声のままで後田が言った言葉は、要約するとそんな内容だった。
これが、後田か。初対面で悪態をつき睨みつける俺に、負けじと極悪人面でガンを飛ばしてきた男。あの生徒会長に初手ペットボトルフルスイングした外部生。上級生相手にも怯むことなく篤志の為だけに噛み付ける前野家の従者。
それらは全て今まで俺が散々目にしてきた「後田宗介」という男の像だというのに、目の前の男の弱弱しさがそれらをぶち壊していく。
まるで、ずっと虚像を見せられていたかのような。この数カ月間差し出されていたものは、あくまで後田が見せたかった後田の像なのだと、否が応でも突きつけられる。
被った仮面、ひび割れた向こうに覗いた後田の本当の心は、こんなにも弱い。
「…………確かに、俺は弱いのに碌に考えもせずに喧嘩を買った。お前が割って入ってくれなかったら前野の名前に傷がつくところだった。助かった、ありがとう。それから手を煩わせて悪かった」
眉をハの字にして痛々しく薄ら笑いを浮かべる後田。
お前はいつもそうだ。事あるごとに自分に何かがあると『前野の名に傷がつく』と言ってみせる。自分を端から損得勘定に含めていない、どこまでも己を『誰かの所有物である』と認識している。
誰かの手を煩わせれば必ず菓子折りを持って謝りに行く。それは何か対価が無いと自分は助けてもらえない人間だと思い込んでいるからか?
自分にそれ程の価値は無いと。頭ごなしに、自分自身を否定している。
呆然とする俺の手から逃れた後田が、まだふらつく足のままその場を後にしようとする。無かったことにする気だ。終わったことにする気だ。今ここで感じた恐怖と痛みと、零しかけた本心を。
そうしてまた線を引くのだ。己は篤志のおまけであると、篤志から伸びた縁で遠回りして結ばれているだけの殆ど他人に等しい間柄であると。
――そんな、寂しそうな顔をしながら!
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