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3.鹿の拳は使いよう
馬鹿の一つ覚え 3
しおりを挟む「俺には、」
気が付けば俺は後田の腕を掴んで引き留めていた。困惑した様子の後田が俺を見上げてくる。
「俺には、双子の弟が居る。俺よりずっと賢くて、俺よりずっと誰かの為に動ける、優しい自慢の弟だ」
脳裏に浮かぶ弟――蒼葉は、いつだって柔和に微笑んで誰かをいなす役割を引き受けていた。あれが居れば自ずと空気は和やかになった。
「正直俺は、全員に平等に接するってことが上手く出来ねえ。ついて来てえ奴は勝手についてくりゃいいし、ついて来れねえならそれがソイツの実力だから置いて行く。いちいち振り返ってやるのなんざごめんだって思うタイプの薄情な人間だ」
全体の益の為なら容赦なく個人を切り捨てられる。そうやって余分なものを削り落として言った末に、全体は磨かれ精鋭となっていく。俺はそう考えるタイプの人間だ。
「だが弟は違う。ついて来れなかった奴の個性を把握して、別の側面で秀でているところが無いか一緒に見つけようとする人間だ」
苦手なことがある相手には、他のことを提案してソイツの適性を探る。そうやって根気強く『個』に向き合って、ソイツ事態を磨いて行こうとする男。
見習おうとはこれっぽっちも思わないが、尊敬に値する人間だと心の底から思う。あれは自慢の弟だ。
惜しむらくは、俺が先に生まれてしまったこと。俺が兄で在ってしまったせいで、あの男の可能性を押しつぶしてしまっていることだ。
「俺のやり方は強くデカくなれるが長くは続かない。長期的な会社経営という観点からして、弟みたいな奴が上に立った方が組織は長生きするんだろうよ」
「……篤志、みたいだな」
「ん。根本は似てる気がするな。……俺も、両親も、それから本人も。次に家を継ぐのは弟だと思ってる。でもうちの頭のかてえクソ親族や株だけ持ってる部外者共は、家を継ぐのは必ず長男だと言って聞きやしねぇ」
未だ家父長制が色濃く残る時代錯誤な鹿屋家は、僅か数分の差で生まれただけの双子にも明確な優劣をつけたがる。
長男とは選ばれた人間であり、能力を問わずいついかなる時も頂点に立っていないとならないと思い込んでいる。そうでないと、無能な自分が頂点に立っていることを肯定できないからだ。
「俺は俺で他にやりてぇこともある。……だから、老害共に証明してやることにした。いかに俺が相応しくないか、そしていかに弟が相応しいか」
「それで、不良の真似事を?」
「ああ」
自分でも馬鹿馬鹿しいとは思っている。でも所詮ガキの俺に因習をひっくり返せるだけの力はない。
俺に龍宮や鳳凰院のような能力が備わっていれば話は別だったろうが、生憎とそこまで届く才能は持ち合わせていない。俺は天才と呼ばれる集団の中でも下位に属する人間だった。
素行は悪く、とはいえ家名は汚さない程度に。いざ弟が家を継ぐことが出来た時に、『あの家の長兄はろくでなしだ』と言われ、不利益を被るなんてことがあれば元も子もない。
本来は二人揃って行くはずだった海外進学への切符も蹴り飛ばして、俺は一人で瑞光にやってきた。
中等部から高等部を卒業するまでの六年間で、俺は俺を相応しくないと証明する。そして存分に証明した末に鹿屋を出て行くつもりだ。鹿屋の名が届かない遠くまで、弟に俺の名が届かない程遠くまで。
「……これを話したのは、お前で二人目だ。一人目は勿論篤志。だから、俺の事情を知ってんのはお前ら二人だけだ」
「……なんで、俺、なんかに……」
篤志と自分が並ぶことに疑問を抱くような口ぶりにまたイラつく。
「お前が言ったんだろ。知らないから自己解釈して勘違いするって。知った風な口を利かれたくなかったら、知ってもらう努力をしろって。だから俺は今、俺の本当を話した」
「お、おう……?」
「そんで、俺はお前を『知らないまま自己解釈して勘違い』はしたくない。だからお前の口からお前の本当を言え。お前はどうやって生きて、どういう思いでここに居る」
「拒否権は」
「助けてやった恩があるだろ」
俺がそう言えば、恩とか義理に敏感な後田は視線を彷徨わせながら、かさついた指先で唇を触れる。
この男が恩とか義理に敏感なのは、ひとえに己の価値を低く見積もっているからだ。自分は対価が無ければ助けてもらえない人間だと。だから、いつだって助けてもらった相手に全力で何かを返そうとするのだ。
「とりあえず傷口を洗うぞ。近くに水道がある」
「こいつらは」
「もう風紀に連絡した。そのうち回収されんだろ」
三人の生徒手帳の写真と共に連絡を入れてあるから、どの道もうどこにも逃げられないだろう。よくて謹慎、悪くて退学、前野家の耳に入ったら罪を揉み消すことも出来ずに表から消えそうだ。
気まずそうによたよた歩く後田に肩を貸して、俺は近場の水道を目指した。
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