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4.猪も七回褒めれば人になる
体育祭ガイダンス
しおりを挟む篤志の風邪もすっかり治り、定期考査も追試まで無事に終わり、吹き抜ける風に湿気が混ざり雨が増え始めた六月中旬。
放課後、俺は重い足取りで広い校舎を歩き、これまた広い講堂へとやって来ていた。
面倒なことを押し付けられたとげんなりしている俺とは裏腹に、講堂に集められた生徒たちは和気藹々と談笑している。これからやってくる一大イベントが楽しみで仕方が無いだろう。この学校一大イベントが多すぎないか。
一年生はここ、とざっくり指定されたエリアの、一番目立たなさそうな席を選んで腰かける。
「お、後田じゃ~ん。お前も?」
後ろから軽く背中を叩かれて顔を上げれば、相も変わらずキラキラした笑顔の猪狩が立っていた。
俺の前の席に座っていた生徒はへあっと変な声を上げて口を覆った。猪狩のファンだったのだろうか、間近で推しを浴びてしまうなんて可哀そうにと憐れみを籠った目を向ける。
そうか、学年ごとで別れているだけだからS組の人間も構わずこっちに来るのか。こりゃ地味に混乱が巻き起こりそうで面倒だな。道理で生徒たちが浮き足立っているわけだ。
「おー……、まあな」
「不本意そうな顔~。どうせお前、寝てる間に決まってた口だろ」
「ご明察」
許可も得ずに堂々と隣に座ってくる猪狩に辟易しながらも、知らぬ仲ではないのでちょっと隣にズレてやる。こいつの遠慮のなさと人類皆友達のようなマインドにはすっかり毒されてしまった。
篤志よりはましだと思えば全部可愛く思える。嘘、別に可愛くは思えん。この世で可愛いのは篤志だけだ、こんなデカい一軍陽キャを可愛いだなんて思えたことは無い。
こいつは変なところで察しがいいというか、引き際が分かっているというか、こちらが心底のノーを突きつければ深追いせずに引いてくれる人間だ。しかも自分がノーを突きつけたことを周囲に悟らせないで居てくれる、『無かったことにしてくれる』塩梅が非常に上手い。
多分人間関係におけるバランス感覚が良いんだろう。バランス感覚をミスって踏み込みすぎるきらいがある篤志にとっては良い見本だ。つくづく一年S組は篤志の成長に貢献してくれそうな奴らばかりである。……鹿屋とかも、いい奴そうだし。
脳裏に浮かんだ先日の己の失態をしっしと追い払う。鹿屋はよく出来た男だから、きっとあの日の事は口外しないでくれるだろう。
つまらない自尊心に引っ掻き回されて醜態を晒し、助けてもらったくせに自分の癇癪を聞かせる羽目になってしまったあの色男を思い出す。あれから数日経っているけれど、鹿屋が俺に何か言ってくる気配はない。篤志の言動も変わっていないから、本当に口が堅い男なんだろう。
どこまでも感謝しかない。自分の立場を弁えて、身を引き締めていかなければいけないと再認識できる良い機会だった。
「なーに難しい顔してんの」
「いや、己の不甲斐なさが身に染みてて……」
「武士かよ。それよりお前、やっぱ篤志狙い?」
「? 何の話だ――」
「静かにしろ。皆集まったな、始めるぞ」
猪狩のよく分からない問いに聞き返そうとしたところで、壇上に立った蜻蛉羽先生が声を上げる。一年B組の担任を受け持っている数学科の蜻蛉羽先生は、眼力がえぐいゴリゴリのマッチョだ。
どう考えても数学担当じゃない、多分体格で言えばうちの十兵衛さんと同じくらい強そうな、『屈強』という言葉がよく似合う御仁である。
彼は保険医の吉兆先生と同じく旦那様の古いご友人らしく、過去何度か前野家で顔を合わせたことがある。
威圧感のある体躯と強面に似合わずよく笑う人で、香梅姐さんに次ぐ親しみやすい大人だった。ちなみに吉兆先生はなんとなく子供が嫌いそうな雰囲気だったので普通に苦手だった。
「体育祭実行委員会を取りまとめる担当になった蜻蛉羽だ。各クラス一人ずつ選出された体育祭実行委員のお前らに、今後の段取りと行事内容の説明をするぞ。冊子を配るので後ろに回してくれ」
――そう、体育祭。実行委員。学生生活の中でも文化祭と肩を並べる程の一大イベント、の、実行委員になってしまっていたらしい。俺が寝ている間に。本人の意思が全く反映されていない、誠に遺憾である。
俺が所属する一年B組は気弱で真面目な文科系の生徒が多いため、運動が出来そうという漠然とした理由で押し付けられたようだ。一番得意そうな鈴熊はもう学級委員長を務めているため、そのバトンが俺にねじ込まれるのは必然ではあるのだが。せめて起きている時に意思確認をしようとかは思わなかったのか。
今日烏丸から「放課後に委員会、あるからね」と念を押されて、初めて己が実行委員だということが判明した。ので、例のごとく体育祭の細かい内容は知らない。
だが砂盃がまた変なはしゃぎ方をしていたので、世間一般的に言う体育祭とはスケールが違うのだということは薄々感じている。それが瑞光クオリティなのだろう。
「本校の体育祭は他とちょっと違うぞ。種目に点数が割り振られてて、総合点を元に学年ごとに優勝を決める。優勝した各学年三クラスには、景品として学園から一泊二日の温泉旅行が贈られることになる。どこも麒麟寺グループと提携してるいい旅館だから楽しみにしておけ」
「やーっぱあるんかい後夜祭的なモン。てかこの時期に温泉旅行て」
この学園の坊ちゃんたちはご褒美が無いと頑張れないんだろうか。いや違うな、これもまたサロン的な側面を如実に表した行事なのだろう。
非日常は人々に特別な感情を抱かせやすい。さらに一つの大きな目標を強制的に設置することで、団結と絆を深めさせてより一層の癒着を生み出そうというのが目論見に違いない。
「で、だ。中等部からのシステムだから知ってる奴が殆どだと思うが、一応説明しておくな。この学園にはすごい人が沢山集まったS組が存在してるな。クラス対抗にしたらどうやったってS組が勝つ事は明白だ。だから、体育祭に関してはS組をバラして各クラスに分配していく。お前らが呼ばれたのはそのためだな」
……S組をバラして各クラスに分配していく? 横で見るからにはあ? という顔をしている俺が面白かったのか、猪狩はデカい身体を縮めてこそこそと耳打ちしてきた。
「俺達S組は助っ人みたいな扱いでさ。学年関係なくS組ごった煮のくじが作られて、先生がそれを引いていくんだ。一クラスに三、四人くらい。で、体育の時間とか放課後の練習にはそのクラスの一員として参加するんだよ」
「確かに……。三年とかヤバいもんな、龍宮と鳳凰院がタッグ組まれたら誰も勝てんだろうし」
そこら辺のバランスがどうとか言うなら、そもそも才能でクラス分けするのをやめればいいのではないかと思うが、まあそこは古くから続く様式だから変えづらいのだろう。
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