オム・ファタールと無いものねだり

狗空堂

文字の大きさ
62 / 96
4.猪も七回褒めれば人になる

体育祭ガイダンス

しおりを挟む


 篤志の風邪もすっかり治り、定期考査も追試まで無事に終わり、吹き抜ける風に湿気が混ざり雨が増え始めた六月中旬。


 放課後、俺は重い足取りで広い校舎を歩き、これまた広い講堂へとやって来ていた。
 面倒なことを押し付けられたとげんなりしている俺とは裏腹に、講堂に集められた生徒たちは和気藹々と談笑している。これからやってくる一大イベントが楽しみで仕方が無いだろう。この学校一大イベントが多すぎないか。

 一年生はここ、とざっくり指定されたエリアの、一番目立たなさそうな席を選んで腰かける。
「お、後田じゃ~ん。お前も?」
 後ろから軽く背中を叩かれて顔を上げれば、相も変わらずキラキラした笑顔の猪狩が立っていた。
 俺の前の席に座っていた生徒はへあっと変な声を上げて口を覆った。猪狩のファンだったのだろうか、間近で推しを浴びてしまうなんて可哀そうにと憐れみを籠った目を向ける。

 そうか、学年ごとで別れているだけだからS組の人間も構わずこっちに来るのか。こりゃ地味に混乱が巻き起こりそうで面倒だな。道理で生徒たちが浮き足立っているわけだ。
「おー……、まあな」
「不本意そうな顔~。どうせお前、寝てる間に決まってた口だろ」
「ご明察」

 許可も得ずに堂々と隣に座ってくる猪狩に辟易しながらも、知らぬ仲ではないのでちょっと隣にズレてやる。こいつの遠慮のなさと人類皆友達のようなマインドにはすっかり毒されてしまった。
 篤志よりはましだと思えば全部可愛く思える。嘘、別に可愛くは思えん。この世で可愛いのは篤志だけだ、こんなデカい一軍陽キャを可愛いだなんて思えたことは無い。
 
 こいつは変なところで察しがいいというか、引き際が分かっているというか、こちらが心底のノーを突きつければ深追いせずに引いてくれる人間だ。しかも自分がノーを突きつけたことを周囲に悟らせないで居てくれる、『無かったことにしてくれる』塩梅が非常に上手い。

 多分人間関係におけるバランス感覚が良いんだろう。バランス感覚をミスって踏み込みすぎるきらいがある篤志にとっては良い見本だ。つくづく一年S組は篤志の成長に貢献してくれそうな奴らばかりである。……鹿屋とかも、いい奴そうだし。

 脳裏に浮かんだ先日の己の失態をしっしと追い払う。鹿屋はよく出来た男だから、きっとあの日の事は口外しないでくれるだろう。
 つまらない自尊心に引っ掻き回されて醜態を晒し、助けてもらったくせに自分の癇癪を聞かせる羽目になってしまったあの色男を思い出す。あれから数日経っているけれど、鹿屋が俺に何か言ってくる気配はない。篤志の言動も変わっていないから、本当に口が堅い男なんだろう。
 どこまでも感謝しかない。自分の立場を弁えて、身を引き締めていかなければいけないと再認識できる良い機会だった。


「なーに難しい顔してんの」
「いや、己の不甲斐なさが身に染みてて……」
「武士かよ。それよりお前、やっぱ篤志狙い?」
「? 何の話だ――」
「静かにしろ。皆集まったな、始めるぞ」

 猪狩のよく分からない問いに聞き返そうとしたところで、壇上に立った蜻蛉羽先生が声を上げる。一年B組の担任を受け持っている数学科の蜻蛉羽先生は、眼力がえぐいゴリゴリのマッチョだ。
 どう考えても数学担当じゃない、多分体格で言えばうちの十兵衛さんと同じくらい強そうな、『屈強』という言葉がよく似合う御仁である。

 彼は保険医の吉兆先生と同じく旦那様の古いご友人らしく、過去何度か前野家で顔を合わせたことがある。
 威圧感のある体躯と強面に似合わずよく笑う人で、香梅姐さんに次ぐ親しみやすい大人だった。ちなみに吉兆先生はなんとなく子供が嫌いそうな雰囲気だったので普通に苦手だった。

「体育祭実行委員会を取りまとめる担当になった蜻蛉羽だ。各クラス一人ずつ選出された体育祭実行委員のお前らに、今後の段取りと行事内容の説明をするぞ。冊子を配るので後ろに回してくれ」

 ――そう、体育祭。実行委員。学生生活の中でも文化祭と肩を並べる程の一大イベント、の、実行委員になってしまっていたらしい。俺が寝ている間に。本人の意思が全く反映されていない、誠に遺憾である。

 俺が所属する一年B組は気弱で真面目な文科系の生徒が多いため、運動が出来そうという漠然とした理由で押し付けられたようだ。一番得意そうな鈴熊はもう学級委員長を務めているため、そのバトンが俺にねじ込まれるのは必然ではあるのだが。せめて起きている時に意思確認をしようとかは思わなかったのか。

 今日烏丸から「放課後に委員会、あるからね」と念を押されて、初めて己が実行委員だということが判明した。ので、例のごとく体育祭の細かい内容は知らない。
 だが砂盃がまた変なはしゃぎ方をしていたので、世間一般的に言う体育祭とはスケールが違うのだということは薄々感じている。それが瑞光クオリティなのだろう。


「本校の体育祭は他とちょっと違うぞ。種目に点数が割り振られてて、総合点を元に学年ごとに優勝を決める。優勝した各学年三クラスには、景品として学園から一泊二日の温泉旅行が贈られることになる。どこも麒麟寺グループと提携してるいい旅館だから楽しみにしておけ」
「やーっぱあるんかい後夜祭的なモン。てかこの時期に温泉旅行て」

 この学園の坊ちゃんたちはご褒美が無いと頑張れないんだろうか。いや違うな、これもまたサロン的な側面を如実に表した行事なのだろう。
 非日常は人々に特別な感情を抱かせやすい。さらに一つの大きな目標を強制的に設置することで、団結と絆を深めさせてより一層の癒着を生み出そうというのが目論見に違いない。

「で、だ。中等部からのシステムだから知ってる奴が殆どだと思うが、一応説明しておくな。この学園にはすごい人が沢山集まったS組が存在してるな。クラス対抗にしたらどうやったってS組が勝つ事は明白だ。だから、体育祭に関してはS組をバラして各クラスに分配していく。お前らが呼ばれたのはそのためだな」
 ……S組をバラして各クラスに分配していく? 横で見るからにはあ? という顔をしている俺が面白かったのか、猪狩はデカい身体を縮めてこそこそと耳打ちしてきた。

「俺達S組は助っ人みたいな扱いでさ。学年関係なくS組ごった煮のくじが作られて、先生がそれを引いていくんだ。一クラスに三、四人くらい。で、体育の時間とか放課後の練習にはそのクラスの一員として参加するんだよ」
「確かに……。三年とかヤバいもんな、龍宮と鳳凰院がタッグ組まれたら誰も勝てんだろうし」

 そこら辺のバランスがどうとか言うなら、そもそも才能でクラス分けするのをやめればいいのではないかと思うが、まあそこは古くから続く様式だから変えづらいのだろう。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ビッチです!誤解しないでください!

モカ
BL
男好きのビッチと噂される主人公 西宮晃 「ほら、あいつだろ?あの例のやつ」 「あれな、頼めば誰とでも寝るってやつだろ?あんな平凡なやつによく勃つよな笑」 「大丈夫か?あんな噂気にするな」 「晃ほど清純な男はいないというのに」 「お前に嫉妬してあんな下らない噂を流すなんてな」 噂じゃなくて事実ですけど!!!?? 俺がくそビッチという噂(真実)に怒るイケメン達、なぜか噂を流して俺を貶めてると勘違いされてる転校生…… 魔性の男で申し訳ない笑 めちゃくちゃスロー更新になりますが、完結させたいと思っているので、気長にお待ちいただけると嬉しいです!

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

もういいや

ちゃんちゃん
BL
急遽、有名で偏差値がバカ高い高校に編入した時雨 薊。兄である柊樹とともに編入したが…… まぁ……巻き込まれるよね!主人公だもん! しかも男子校かよ……… ーーーーーーーー 亀更新です☆期待しないでください☆

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

ひみつのモデルくん

おにぎり
BL
有名モデルであることを隠して、平凡に目立たず学校生活を送りたい男の子のお話。 高校一年生、この春からお金持ち高校、白玖龍学園に奨学生として入学することになった雨貝 翠。そんな彼にはある秘密があった。彼の正体は、今をときめく有名モデルの『シェル』。なんとか秘密がバレないように、黒髪ウィッグとカラコン、マスクで奮闘するが、学園にはくせもの揃いで⁉︎ 主人公総受け、総愛され予定です。 思いつきで始めた物語なので展開も一切決まっておりません。感想でお好きなキャラを書いてくれたらそことの絡みが増えるかも…?作者は執筆初心者です。 後から編集することがあるかと思います。ご承知おきください。

お兄ちゃんができた!!

くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。 お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。 「悠くんはえらい子だね。」 「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」 「ふふ、かわいいね。」 律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡ 「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」 ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。

【完結】我が兄は生徒会長である!

tomoe97
BL
冷徹•無表情•無愛想だけど眉目秀麗、成績優秀、運動神経まで抜群(噂)の学園一の美男子こと生徒会長・葉山凌。 名門私立、全寮制男子校の生徒会長というだけあって色んな意味で生徒から一目も二目も置かれる存在。 そんな彼には「推し」がいる。 それは風紀委員長の神城修哉。彼は誰にでも人当たりがよく、仕事も早い。喧嘩の現場を抑えることもあるので腕っぷしもつよい。 実は生徒会長・葉山凌はコミュ症でビジュアルと家柄、風格だけでここまで上り詰めた、エセカリスマ。実際はメソメソ泣いてばかりなので、本物のカリスマに憧れている。 終始彼の弟である生徒会補佐の観察記録調で語る、推し活と片思いの間で揺れる青春恋模様。 本編完結。番外編(after story)でその後の話や過去話などを描いてます。 (番外編、after storyで生徒会補佐✖️転校生有。可愛い美少年✖️高身長爽やか男子の話です)

処理中です...