オム・ファタールと無いものねだり

狗空堂

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4.猪も七回褒めれば人になる

きっと走り続けてくれる人

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 圧倒的な求心力。途方もない実力差で別の島の様だった俺たちの世界が、篤志が架けた橋のせいで繋がっていく。
篤志の凄い所は別世界の間に橋を架けるところではない。橋を架けようとふんすふんす奮闘している姿を見かねて、どちらの島の人間もその橋作りに協力するようになるところなのだ。

 化け物側も、人間側も。あくせく働く篤志の姿に絆されて、しゃあないな、なんて笑っていがみ合っていたことも忘れて協力し始める。そうして出来上がった橋は、自分で手掛けた部分もあるからより一層愛着が湧くのだ。



「お疲れ」
「お、ああ、ありがと~」
 先程までの一触即発の空気が嘘のように消え失せた空間を呆然と見ている俺に、後田はペットボトルの水を差しだしてきた。そこでようやく俺の唇が極度の緊張で痛いくらいに乾いていることを思い出した。

「すげえだろ、篤志の人心掌握術。あれで握ろうと思ってやってねえんだから感心する。むしろいつの間にか相手の方が心も手綱も握らせようとしてくるんだから、厄介ったらありゃしねえんだわ」
 何故かドヤ顔をした後田は言う。受け取った水を開けながら、でもあれは篤志だけの功績ではないのだろうと思った。

 後田が隠しもしない正論の槍で、あえて目を逸らしていた部分を突き刺しヘイトを買い、篤志がその言葉の真意を噛み砕く形でやんわりと周囲に伝える。その時にさりげなく後田のフォローも行うから、後田のノンデリな言葉も何となく許されて、後には篤志に絆された心だけが残る。

 上手く出来た飴と鞭だ。多分後田にそう言う認識は無いんだろうけど、後田という存在がより一層篤志への信仰の増強に一役買っている。篤志の偶像化をよく思ってなさそうな後田にとっては面白くない話だろうが。

 クラスの中心に馴染んで笑っている篤志を見る。俺を化け物みたいに見てくるアイツらを思い出す。篤志の言葉たちのおかげで、多分アイツらの中の俺は化け物にならずに済んだ。

 でも多分、化け物になりかけている俺を止めたのは後田だ。俺自身でさえも俺を化け物として扱おうとしたあの瞬間、後田だけは猪狩萩壱を『何でも出来るだけのただの人間』として扱った。


『でも、出来る奴がやるからって、出来ない奴が出来ないことを諦めて出来る奴を冷笑していいとはならんだろ』

 なあ後田、それって本当? お前は俺が何をしてもコートを走り続けてくれる? どれだけ試合で活躍しても、別の生き物だって迫害せずに、同じフィールドで最後まで戦ってくれんの?



「でもよ、お前と沙流川と衣貫先輩が揃ってんならマジで負けてられねえな」
「……後田も温泉行きたいの?」
「ん~、俺は篤志がB組に来てくれた以上別に優勝しなくてもいいんだけどな」

 集団の中心にいる篤志を見つめる後田の目は柔らかくて優しくて、まるで家族を見るようで。血なんて繋がっていないのに、そんな目で他人を見れる程心を許せる間柄が眩く見えた。


「でもまあ、アイツがあんなにはしゃいでるなら優勝したいかもなぁ」

 ――走ってくれるんだろうな。戦ってくれるんだろうなぁ。他でもない篤志の為なら、どんな強敵にも天才にも怯むことなく立ち向かっていくんだろう。それが後田宗介という男だ。


「そーすけ、萩壱~! データ採れたし教室戻ろ~!」

 大きく手を振る篤志に、後田も負けじとぺかぺか笑って手を振り返した。
 その種類の違う輝きがぶつかり合って弾ける様子に。ほんの少し、ほんの少しだけいいなあと思った。



 どっちを羨ましがったのかは、正直自分でも分からなかった。




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