オム・ファタールと無いものねだり

狗空堂

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4.猪も七回褒めれば人になる

飛べない烏 2

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「…………変な奴」

 烏丸が呆れた目で俺を見てふんと鼻を鳴らす。俺の馬鹿馬鹿しい訴えは、最早馬鹿にする気も起きなかったらしい。いつものド正論のちくちく言葉は鳴りを潜め、活気溢れるグラウンドをただ静かに見つめていた。

 とは言え、今の烏丸のこの状況はハンドルさばきを間違えてずっと路肩に突っ込みまくっているのと同じだ。マリカーだったら一生ゴールできないで時間制限を迎えてしまうタイプ。
 多分タイヤの向き自体を変えてやらないと、上手く走り出すことさえもできないだろう。だがそれは逆に、努力家の烏丸ならば道を示しさえすれば必ず上達するという事でもある。

「よし烏丸、放課後特訓しよう」
「はあ?」
「俺は専門的なことはからっきしだし、センスもあんまりないからな……。猪狩とか委員長も呼んでさ、上手い身体の使い方を教えてもらおう。フォーム見てもらうだけでも随分変わるだろ」
「なんで僕がそんな事……」
「笑った奴ら、見返したくね? それに多分、出来ないことがちょっとでも出来るようになるのって楽しいぜ」

 こいつが元来負けず嫌いの性格であるというのは、これまでの言動でよく分かっている。そして賢い人間であることも知っている。
 今ここで猪狩や委員長という体の動かし方に関して自分より詳しい者に教えを乞うことは、独学で無駄な努力を続けるよりも何倍もいいということを分かっているはずだ。

 それに何より『一年B組が優勝する為に、実行委員から命令されて』という言い訳があることで、コイツは仕方ないなというスタンスを崩せずに教えを乞える。プライドが高い烏丸のことだ、自分で頭を下げて教えてもらうのは絶対に嫌だろう。

「……ま、実行委員長の命令なら、ね。仕方ないから付き合ってあげる」
「サンキュな」
 ツンとした態度のまま素っ気なく言ってくる烏丸が可愛らしくて、ついつい濡れ羽色の頭を撫でまわしてしまう。やめろ! と振り上げられた拳はめちゃくちゃ重くてビビった。こんな可愛い顔して拳が重いってどういうことだよ。

「……ていうか、沙流川戻ってくるの遅くない?」
「それはそう」
「どっかでファンに捕まってるかもよ。探しに行ってあげろ」
「ええー……俺が行ってもなあ。嫌われてるっぽいし」
「アイツ、素直じゃないだけで、多分お前にまあまあ心許してるよ」
「はあ? あれで?」
「双子は嫌いな人間には触らせもしない。前野の為だからと言ったって、本当にお前が嫌いな綺羅の方はお前と組むこともしないだろうね。でも結羅の方は大人しく従って、何度もお前のしつこい『もう一回』に付き合ってやってるんだ。アイツはアイツで思う事、あるんじゃない」

 確かに。二人三脚は絶対に身体の密着が必要になる競技だ。本気で嫌いならば組む段階でNOを突きつけてただろう。それに言ってしまえば俺の実力不足で転んでいるだけだというのに、勝手に練習しろとは言わずに律儀に付き合ってくれている。


「そう思うと、アイツまあまあ協力的ではあるのか……」
「綺羅はお前の事本当にで嫌いっぽいけどね」
「まあな~、殴ったしなあ」
「なぐっ……嘘でしょ? マジ?」
「マジ」
「お前ホントに最悪で最高だね。僕も見たかったな、あの生意気なガキが殴られてキャンキャン言ってるとこ」
 実際はキャンキャン言われるどころかガチ裸絞めを仕掛けられて落ちる寸前だったことは、俺の名誉のために黙っておこう。

「じゃ、僕もう戻るよ」
「ん。また後でな」
「…………ありがと」
「ん?」
「自分より必死な奴見ると、冷静になるし、自分の方がマシだって思える」
「可愛い顔して最低なこと言うな……」

 にま、と笑った烏丸が階段を降りてグラウンドへと戻っていく。その背中まで砂で薄っすら汚れていて、より一層真剣さが伝わって来てぐっと来た。


 俺も沙流川に文句ばっかり言ってないでちゃんと自分でも努力しないとな。



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