オム・ファタールと無いものねだり

狗空堂

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4.猪も七回褒めれば人になる

いずれ割れる鏡

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 後田と砂盃の部屋にいる俺を見たリカルドが言い放ったのは、「素敵なお客様が居るね」の一言だけだった。こいつもこいつで謎に腹が据わっているし、大概他人に興味がない。
 後田、砂盃、リカルドに俺。意味の分からない面子で始まったパーティーは、まあ概ね予想通り、特別盛り上がりもしなければ盛り下がることも無く、それなりの温度感で進行していった。

 飯の味は、よく分からない。この数年間は殆ど簡易栄養食か完璧な既製品を食べていたから、後田の手ずから作られたモノが素人にしては美味いのか不味いのか、判断は出来なかった。

 ただ、卵焼きは甘めであるとか、少し煮だしすぎた麦茶がちょっと苦いとか、食材は全体的に大きく切られているとか。そういう、家庭的であるが故のムラのようなものは不思議と悪い気はしなかった。

「んあ、ちょっと電話だ。悪い」
 唸るスマホに気づいた後田が断りを入れてリビングを出て行く。三人の間には完全に沈黙が訪れた。当たり前だ、後田を中心にして勝手に引き寄せられた三人だ。ここに談笑をするような繫がりなんてありはしない。


 ぐつぐつと鍋が煮える音と、リカルドがニコニコとしながら食材を吸い込むように喰い尽くす咀嚼音がせわしなく響く。俺は少食だし砂盃は偏食だから、用意された飯の殆どはこの王子様の胃の中へと消えていっている。

「……貴方みたいな人が宗介と繋がらないでくださいよ、教育に悪い」
 箸を置いた砂盃が苦々しく呟く。こいつは一体いつから後田の保護者になったんだ。
 的外れな警戒を向けてくる騎士様に思わず笑ってしまった。教育に悪い、だと。俺よりももっと教育に悪い人間がすぐ横に居るじゃあないか。

「勘弁してくれよママン、俺より警戒する相手がいるんじゃないか? なあ、アイツの脚は美味かったか? 甘いラムネの味でもしたかい?」
「え、バレてるんですか? 困ったなあ、恥ずかしいや」
 刺すつもりで話題を振ったというのに、貴公子は一切箸を止めずにふわりと微笑を浮かべる。困った恥ずかしいと言うくせに、その表情には一切の動揺が無い。

「は? 脚? 何の話です?」
「……自分で調べなお坊ちゃん、そういうのは得意だろう」
「あんまり探らないで欲しいんですけどね。プライベートの話ですから」

 自分の口からコイツの倒錯した性癖について告げるのも不愉快なので、適当なところで話を切り上げる。突き刺した槍が泥に嵌ったような不快な気分だ。嫌味や攻撃が効かない人間ほど相手にしていて無駄なものは無い。


 未だ騒ぎ立てる砂盃を黙らせるために、もっと別の派手な話題を提供することにした。

「……アイツのアレは無意識的か? 主の猿真似は不快だからやめろと誰か言ってやれ。鳥肌が立って治まらん」
 アレに言われたわけではないと言い張るが、どう考えても関係はあるのだろう。きっとアレに何かを言われて、そうして悩んだ末に俺をこの部屋に引きずり込んだ。

 人を救うのは主の役目、自分にはそんな器は無い、と言うくせに、割り切る事は出来ずになんだかんだと理由をつけて情けをかけてしまう。
 その他人への感情が身の丈に合わないと理解しているはずなのに、自分の為だと嘯いてどうにか出来ないかと足掻いてしまう。人救いの才能あふれる主に感化されているのか知らないが、凡人にその生き方は苦しいだろう。

「アレはもう呪いですよ。前野がかけた、前野の家に都合のいい呪いだ」
 砂盃が鍋の熱で温くなった麦茶を飲みながら吐き捨てる。

「宗介は前野の従者たれと洗脳されている。どこまでも自分が前野の所有物だと自覚しているから、その名に泥を塗らないようにと無理をしてでも誰かの得になるような振舞をしようとする。だからいっつも変なことに巻き込まれて損ばっかりだ。前野がもっと利己的で、賢い一族だったら良かったのに」

 そんな砂盃の言葉に首を傾げたのはリカルドだ。何杯目がよそわれたのかも分からない茶碗を持ちながら、豚の貴公子はしみじみと言う。
「そうかなあ。僕はどちらかというと――篤志君のほうが影響を受けてると思うけど」
「じゃあ、宗介のアレは生まれつきだって言うんですか」
「まあ、自我の形成に前野家が全く関与してない訳はないだろうけれど。僕には、『宗介君の中の理想の篤志君』を突き詰めた結果、今の篤志君になってるようにも思えるかな」

 この男は存外人を見る目がある。それは己が癖を隠し通す為に相手を観察し続けた結果だろうか。
 今の前野篤志の在り方は後田宗介の期待に応える為であって、因果関係が逆転している。成程確かにその可能性もある。

 篤志を始めとした前野に連なる全ての者は、己が愛した者の鏡であると。そう定義すれば、鏡である寵愛者が割れた死んだ後に前野の人間が辿る末路に関しては納得がいく。

 前野が愛した人間は不幸になる。自分が遡れる範囲で調べた分には、前野の寵愛者であっただろう人間は殆どが短命で、劇的な死を遂げている。前野はいつだって見送る立場に立たされていた。
 前野の一族は寵愛者の振舞を見て学び、その寵愛者が愛してくれる人間になれる様に変身する。前野は太陽ではなく、太陽の光を反射して光る月である、とするならば。光源を失った衛星は輝きを失うしかない。

 寵愛者を失った後、前野は分からなくなるのだろう。割れてしまった鏡には見続けていた自分はもう映らない。そうなると、どうやって生きていたのかが分からなくなる。
 寵愛者と言う指針を失い、正しい生き方が分からなくなり、失意の果てに今迄の清算を迫られて殺される。それが前野の血が紡ぐ人生の大まかな流れなのだろうか。




「あー話し中悪い。この肉送った奴からさ、皆の写真送れって言われたんだ。撮ってもいいか?」
 困った顔をした後田がスマホを片手にリビングに戻ってくる。ニコニコしたリカルドが頬に米粒をつけながら緩い声で「いいよ~」と勝手に許諾した。

「かっこよく撮ってね~?」
「はあ……撮影料は高いぞ?」
「助かるー。じゃ、ほら寄ってくれ」
「え? なんで宗介そっちなん? 映りなよ」
「いや、自撮り下手だから……」
「しかたないにゃ~俺が撮ってあげる」

 砂盃がスマホを受け取り、後田を真ん中にしてスマホを構える。トンビさんかがんで、宗介顔固い、リカルド先輩もうちょい寄って。的確な指示の元しっかりと全員と鍋が画角に収まり、砂盃の桜色の爪がカツリと画面をタップする。

 ああ、何だか本当に、今日は変な日だ。他人と飯を囲んで、記念撮影までしちまって。らしくないと言えばそれまでだが、いつだって演じている俺にとっての『らしくない』とは一体何なんだろ、なんてことまで考える始末だ。

「はい、チーズ」



 でも、そうだな。嫌なことがあった日は誰かとパーッと美味いモン食べて、いい思い出で塗り替えるのが一番。
それはそうかもしれないな、なんて柄にもないことを考えながら、画面の中でへらりと笑う太陽をじっと見つめた。



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