オム・ファタールと無いものねだり

1.オム・ファタールと無いものねだり

呪われた編入生と、そのおまけ

「リピート、アフター、ミー」
「はい」
「『知らない人について行かない』」
「知らない人について行かない」
「『親切にする相手は選ぶ』」
「親切にする相手は選ぶ」
「『誰彼構わず誑し込まない』」
「誰彼構わず……ってちょっと待って、俺別にやろうと思って誑し込んでるわけじゃないんだけど」
「うるせえ。だったらなんだこの現状は。いい加減にしろよこの天然タラシ太陽属性野郎が」
「それは…………そうなんですが……」

　俺が青筋を立てながらそう言えば、篤志は身体を縮こまらせて不服そうにそう言う。意図的に誑し込んでいる訳じゃない、そんなことは百も承知である。もうこれは篤志、並びに前野家が背負った性だ。七年の付き合いの中でそれは十分分かっている。だが分かってはいても、文句の一つや二つ言いたくなるのくらいは許して欲しい。
　
　全校生徒が利用する広大な食堂の端の端。人の目から逃れるように席を選んだはずだ。だというのに、俺らに——正確には俺の対面に座る前野篤志という男に——突き刺さる視線は、少なくない。むしろ多い。編入二週間目だというのに、多すぎる。
　嫉妬、羨望、興味、嘲笑、軽蔑、下卑た色を含むもの。向けられている視線の大半がマイナス感情に由来するものなのだから、頭を抱える他ない。

「なんで編入二週間でこんなに明確に敵と味方を作れるんだ……」
「前野だからなぁ」
「クソッ、否定したいのに頷かざるを得ねぇ……！」

　ラーメン、伸びちゃうぜ。そう言いながら、篤志はドリアを一口口に含んではふはふと熱がる。なんでこいつはいつも上顎を火傷して半泣きになるというのに、果敢に熱いものに挑むのだろうか。美味そうな香りを漂わせるドリアにゴロゴロとデカいエビや貝が入っているのを見て、流石金持ち校と感心した。



「ほら、あれが例の……」
「会長のお気に入りってホント？　なんであんなのが……」
「でもこの前巳上みかみ様と一緒に居るところ見たぜ」
「衣貫いぬきも暇さえあれば構いに行ってるし……」
「釣り合ってなさすぎるだろ、身の程弁えろよな」

　騒めきの間を縫って耳に届く鬱屈した言葉の数々。ちらちらとこちらを見てコソコソ喋る奴らを一睨みすれば、「ひっ」と引き攣った声を上げて蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
面と向かって言う度胸も無いくせに、陰口なんて大層なモンを叩くんじゃねぇよウスノロ共が。


　イライラする心を落ち着ける為にため息を吐いて、ラーメンから立ち上る湯気越しに幸せそうにドリアを頬張る間抜け面を見る。

　これはめちゃくちゃな身内贔屓の色眼鏡であると重々承知してはいるが、その上で言わせてもらうとすると、篤志は可愛い。
　街を歩けばスカウトに声をかけられる程顔は整っているし、スタイルもいい。だが、誰もが息を呑む美青年だとか、女の子と間違える程に可愛らしい顔立ちをしているとか、そういうことは一切ない。なんなら俺の幼馴染たちの方がよっぽど人間離れしたイケメンたちである。

　でも、可愛い。目に入れても痛くないとはきっとこのことだ。誰彼構わず救うこの太陽みたいな男に、悲しい目に遭って欲しくないと願っている。だから。


「なあ篤志、お前の物おじしない性格も、困っている奴らは放っておけない性質も、無自覚に人を救う善性も美点だ。でもな、」
　物事には、限度ってもんがあんだよ。

　絞り出すように言った俺を、困ったような表情で見る篤志。こいつこそが、「二週間で生徒会のメンバーを陥落させた噂の編入生」であった。