オム・ファタールと無いものねだり

狗空堂

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1.オム・ファタールと無いものねだり

呪われた編入生と、そのおまけ 3

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 ――回想終わり。
 ごちそうさまでした、と手を合わせる俺をよそに、まだドリアを貪る篤志は視線を俺の後ろにやって瞬きをした。


「なんだよ」
「いや、萩壱と紅葉が来た。こっちこっち!」
「げ」

「げ、ってなんだよ。ひでぇな、後田」
 手を振る篤志にやめろと言う前に、俺の肩に誰かの腕が回される。いや、見なくても分かる。とても面倒くさい相手だ。
 厄介な奴らを呼び寄せやがって、と恨みがましく篤志を見つめた。当の本人は友達が増えたことでご機嫌である。ああ畜生可愛いな。


「いや~、天道センセも人使い荒いよな~。おかげで昼休み大分削られたわ」
「チッ……なんでコイツなんかと……」

 俺の隣と篤志の隣に我が物顔で座る二人の男。キラキラした笑顔が眩しい爽やか系イケメンの猪狩萩壱いがり しゅういちと、仏頂面が端正な顔立ちをより際立たせているイケメンの鹿屋紅葉かのや こうようだ。
 二人の登場により食堂のざわめきはより一層強くなる。こいつらもまた親衛隊を持った校内でも有名な一年生で、例に漏れず——篤志に陥落した奴らである。


「お疲れ様、災難だったな」
「労わってくれんならそのドリア一口くれよ。美味そう」
「えー、自分で買えよ」
「人から貰う一口が美味いんじゃん。な、ほら」

 ニッコリ。目が潰れそうな程眩しい笑顔のまま、薄い唇の端をトントンと指さす猪狩。上手い事言い包めてあーんさせようという魂胆だろう。いい奴そうに見えて結構抜かりないんだよなコイツ。

 あ、と目を閉じて口を開く猪狩に、ため息を吐きながら一口分のドリアをスプーンで掬う篤志。おい甘やかすな、そういう所だぞ人たらし。
 いつもの明朗快活な笑みが鳴りを潜め、唇を開けて赤い舌をちろりと覗かせる猪狩は随分と色っぽい。クソ、これがギャップ萌えか。悔しいけど顔はめちゃくちゃいいんだよな。


「ほら、萩壱――おわっ」
「……悪くねえな」
 クリームソースをたっぷり纏った銀のスプーンは、猪狩の唇に到達するよりも前に、横から手を掴んできた鹿屋によって軌道修正される。一口分のドリアは鹿屋の口に運ばれてしまった。


「あーっ、おい紅葉! それ俺が貰うやつ!」
「ハッ、獲物前にしてお行儀よく目を閉じてる奴が悪ィだろ」
「うるせ~~~、そんなに食いたきゃ自分で買えってば」
「「そう言う問題じゃねえ」」

 キャンキャン、ぎゃいぎゃい、凸凹二人組は騒ぐ。ただでさえ目立つ二人が、衆人環視の中目立つような行動をとれば、そりゃ必然的に注目を集める訳で。


「紅葉、何であんな奴に……!」
「猪狩君、なんだいその表情は! けしからん!」
「鹿屋くん、ぺっしてぺっ!」
「萩壱様……! もう見てられない……!」

 二人の親衛隊と思しき奴らが悔しそうにこちらを見て顔を顰めている。ああ、また篤志へのヘイトが溜まっていく。どうしてこう二極化の感情しか集められないのだろうか。


 猪狩は教室で隣の席になった友人一号で、鹿屋は寮の同室者らしい。俺の知らないところで勝手に釣って来た奴らである。どちらも実家はそれなりに太いらしく、編入二週間目にして当初の目的である『伝手とコネ作り』は達成されつつあった。

 まあ正直なところ、この二人はそこまで危険人物ではない。こうやって互いにけん制し合っているからどちらかが暴挙に出る様子は無いし、二人とも今の関係性を壊してまで先に進もうという気概は見られない。精々ちょっとじゃれついて遊ぼう、程度のものである。

 この手の輩はある種のタイムリミット(この場合は恐らく卒業、あるいはクラス替えなど)のタイミングで暴走しやすいので要注意だ。逆に言えば傍に居る間におかしくなることは殆ど無い。これは立派な経験談である。
 こんな奴らよりも、問題は——。



「きゃあああああ! 龍宮様~~~~!!」
「巳上様、今日も変わらずお美しく在られて……うぅっ」
兎和とわ~~! 今日の放課後空いてる~~~?」
「ああ眠そう、そうだよね衣貫君、眠いよねぇ! ごめんねぇ!!」
綺羅きらクン、結羅ゆらクン、今日も超絶プリティー、だネ!」

 
 ——アイツらだ。
 
 ドッとあちこちから湧き上がる歓声と甲高い声。食堂の気温が二度くらい一気に上がった気がする。
 あちこちから叫ばれる名前たちを聞くに、今日は有難迷惑なことにフルメンバーらしい。最悪である。

 俺は猪狩と鹿屋と目を合わせ無言で頷く。作戦コードは脱兎、要するに敵とエンカウント前に逃げる!


「おい篤志立て、行くぞ」
「えっまだ食ってんだけど」
「うるせえ黙れ、全てはお前の為だ」
「皿はこっちで片しとくからさ!」
「足止めは任せろ。さっさと行け」
 目を白黒させる篤志の腕を引っ掴んで立ち上がらせる。今だけはこの二人が心強い味方に見えた。今だけだけどな。


 ドッカンドッカン湧き上がるフロアを尻目に、俺と篤志は小走りで食堂から出る。
 入り口から遠く、そして出口に一番近い場所に陣取っていて本当に良かった。やはり場を制する者は戦を制する。養父に教えてもらったことを活かせてよかった。






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