オム・ファタールと無いものねだり

狗空堂

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2.龍の髭を狙って毟れ!

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 篤志の貞操を守り隊、もといATフィールド(他メンバーの猛反対に合い改名検討中)が発足してから三日が経った。
 今日も今日とて空き教室でゴリラ面子に鍛えられる篤志の悲鳴をBGMに、校内地図と睨めっこしながら様々な作戦を考える。

 目立たぬ雰囲気とは裏腹に蝶木の作戦は綿密で、飛んでくる指摘も的確なため大変助かっている。おかげで幾つもの作戦が立案できそうだ。


「校内の造りは大分覚えた?」
 声をかけられて顔を上げる。篤志の元から離れてやって来たリカルド先輩が、白いタオルで汗を拭いながら隣の椅子に座った。すごい、流れ落ちる汗さえも輝く宝石のように見える。汗臭いという概念が無さそう。

「まあ、大分。とは言え一年と三年じゃ過ごしてきた時間が違う。ハンデがデカすぎます」
 ただでさえ馬鹿デカい校舎だというのに、入り組んでいる通路が多すぎる。今は覚えていられても、人に追われている状況で咄嗟に判断出来るかどうか。

 特に俺達外部生は建物の特徴を覚えるところから始まる。少なくとも中等部から類似した建物で生活してきた奴らには後れを取ってしまうだろう。

「そうだね、僕でもまだ把握できてない場所もあるし……。明日からは本番と同じ鬼ごっこ形式で模擬戦をやってみる予定だよ」
「助かります」
 図書委員会の方もあるだろうに、リカルド先輩は空いている時間を全てこの会にあててくれている。
 最初の方は疑っていたが、少なくとも『友人の為に尽くす』という言葉に偽りはなさそうだ。まあ、時折意味深に篤志に過度なスキンシップをするところを見せつけてくるのは全然理解できないし信用できないが。


「君たちの方はどうだい?」
「風紀の副会長の情報は掴みましたが、接触には難航してます。会長の親衛隊には数人に声をかけていますが、どれも色よい返事は来なさそうでした」

 先日、トンビに前回分の対価として情報を聞いてきた。貰った情報的に鶴永も中々に曲者そうだ。この情報をもとに取引を持ち掛けたいが、一般生徒が近づけるチャンスなど早々無く様子を伺っている最中。

 会長の親衛隊はいくつかの派閥に声をかけているが、ちゃんと話を聞いてくれるのはごく一部。大体は篤志の一味ということで威嚇されて終わる。協力を仰ぐには根気が必要そうだ。


「……君は、篤志君の為なら何でも必死にやるんだね」
「そう……でしょうか。そう、かも?」
 何でもやるかと言われると首を傾げてしまうが、自分に出来る限りのことはしてやりたいと思っている。

「君にとって篤志君は何なんだい? そこまで必死になって守る理由は何?」
 リカルド先輩が目を細めて囁く。人間離れした鮮やかなブルーアイズが妖しく光った。

 理由。理由、とは。前野家には返しきれない恩がある。身寄りのない俺を引き取ってくれたこと、『篤志の従者』という明確なラベルを貼って崩れそうな俺の心を支えてくれたこと、色々な知識を与えてくれたこと。
 でも俺が篤志の為に動くのは、決して前野家への恩返しだけじゃない。

『全部俺のせい。俺のせい、なんだよ』
 力なく笑う幼い篤志の横顔が脳裏に焼き付いて離れない。

 そんなことは無い、と言いたかった。でも言えなかった。前野の血の呪いについて俺なんかが口を挟めることは無い。
 だからせめて少しだけでも、篤志が『俺のせいじゃない』と思えるように。

「俺の家族、なので。大切な人に傷ついてほしくないと思うのは、おかしなことでしょうか」
「……変じゃないよ、多分。僕に、家族の一般的な在り方は、よく分からないけれど」
 
 薄く微笑む口の端に引っかかった痛みは見ないふりをする。俺たちはまだ、そこまで深い関係ではない。
 過去の傷をほじくり返して眺めた後、きちんと埋めてやれるほどこの人のことを知らない。だから触れない。……篤志だったらきっと、躊躇いもせずに触れるし、何気ない言葉で埋めてやれるんだろうなあ。


「おっつかれ~。アレ、何々? そーすけ、リカルド先輩と浮気? 新しいCP開拓していい感じ?」
「馬鹿な事言うな」
 絶妙な雰囲気をぶち壊しながら教室に入って来た砂盃に少しだけ感謝する。こいつの訳分からん発言に助けられる日が来るとは。

「てかてか聞いてよ、こんなの作ってみたんだけど」
 差し出されたのはスマホ、開いているのは多分地図アプリだ。二つの赤い丸がぽつりと浮かんでいる。

「なんだこれ」
「GPS機能付きのマップ。カードキーに入ってるGPSを登録すれば、地図上で誰がどこに居るか分かるようになってるよ。これなら離れてても連携取りやすいでしょ。ほら、これが俺と宗介のやつ」
「……作った?」
「そ、作った。ちょちょいっとね。まだ改良するところ沢山あるけど、まあβ版ってことで」
 さらりと言われて言葉を失う。アプリってそんなに簡単に作れるものなのか。

「ってか、お前、それじゃあ俺のカードキー」
「いくら部屋の中でもリビングに置きっぱなしは不用心だぜ~」
 そう言われてしまえばぐうの音も出ない。油断も隙も無い奴だ。

 受け取ったスマホでざっくりと地図を見てみたが、校舎の殆どはマッピングされていた。あの作戦会議から三日しか経っていないというのにこの出来なんて、有能すぎるだろうこの男。
「すごいね、アプリって作れるものなんだ」
 隣で目を丸くするリカルド先輩がしみじみと呟く。

「まあね~、俺って天才なんで」
「ホントに……、お前、魔法使いみたいだなぁ」
 俺が感心してポロリとそう零すと、ピシリと砂盃の表情が固まった。……ヤバイ、何か地雷を踏んだのだろうか。リカルド先輩と目を合わせて言葉を探しているうちに、砂盃はいつも通りの底抜けに明るい声で言った。

「そう! 実は俺ね、魔女の息子なんだぁ。蛙の子は蛙ってね」
「そ……う、か。なんにせよ、便利なモン作ってくれてありがとな。助かる」
「ど~いたしまして。感謝してるなら今夜はお好み焼きがいいな」
「はいはい、キャベツが安かったらな」

 ここは流しておくべきところだろう。リカルド先輩と同じで、コイツのこともまた何一つ知らないのだ。
同じクラスで、ルームメイトで、色々と助けてもらっているというのに。……なんだか少し寂しいな、と思った。思っただけだ、口になんて出さない。


「……なんだか、皆がそれぞれ出来ることをやっていていいね。傍から見たら『龍の髭を蟻が狙う』だろうけれど、蟻だって群れを成せば脅威になる」
 未だワーギャー筋トレを続ける篤志たちを見ながら、空気を切り替えるように先輩はそう言う。だが、俺も砂盃もその言葉の意味が全く分からず首を傾げた。

「弱いものが自分の力以上のものに立ち向かうことの例えだよ。龍の髭を撫で虎の尾を踏む、でもいいかもね。会長は『龍宮虎徹』だし、ぴったりじゃない?」
 流石図書委員長、博識である。どちらの諺も聞いたことすらない。だが蟻、うん、言い得て妙である。

「いいですね、蟻。雑魚は雑魚らしく群れて、撫でるどころか毟ってやりましょう。そうだな、ATフィールド改めアリーズにするか」
「うっそでしょそこ日本語なことある?!」
「せめてアントマンとか……」
「それも無いでしょ先輩!」
「お~何々、盛り上がってんね」

 鬼教官たちから逃げられると思ったのか、篤志がヘロヘロのままこちらにやってくる。当たり前のように俺の膝の上に乗ったので、特に文句を言うでもなく腹の腕を回してやった。
 その流れるような動作に、鹿屋と猪狩がぎょっとしたようにこちらを見る。ふふん、どうだ、これが家族の距離感だ。今のお前らには絶対真似できないだろうよ。

「宗介のネーミングセンスが悲しい程クソダサいって話」
「なんでだ。いいだろアリーズ」
 篤志に釣られて戻って来た面々にドリンクを手渡せば、それぞれが思い思いの会話を繰り広げていく。やっぱり篤志が隣に居るとあっという間に賑やかになるな。

「……ん? そーすけ、スマホ鳴ってない?」
「ん、ああ…………、げ」
 取り出したスマホの画面に映っていた名前に、反射的に声が出る。『トンビ』。
 先日ツケを払ってもらった際、半ば無理やりに登録された電話番号だ。正直出たくない。が、あれがわざわざ電話してくるというのなら、出た方が得策だろう。

「そーすけ、出んの?」
「……出る。悪い、ちょっと外すわ」
 篤志を揺すって下ろそうとすれば、真剣な表情で見つめられる。

「嫌な相手なら出るなよ」
「いや、出るよ。ただの知り合いだ」
「おら篤志、後田行くってよ。俺の膝の上においで~」
「あ゛? 誰がテメェのところに行くか。篤志、来い」

 またバチバチやり出した凸凹コンビに篤志を任せて廊下に出る。鳴り響くコール音を掻き消すように通話ボタンをスライドした。

「……もしもし」
『おいおい、随分待たせるな。いいご身分だ』
「悪かったな。俺はお前と違って忙しいんだ」
『はは、違いない』
 俺のわざとらしい嫌味も笑って吹き飛ばされる。この男のこういう掴みどころのない部分が苦手だ。

「で、わざわざなんだよ」
『ああ、面白いことになったからな』
「あ?」
『取引のアポが入った。お相手はこの前お前に情報を売ったお方だ。会いたかったんだろう?』

 ——鶴永か。脳裏に先日情報を買った男が浮かぶ。風紀委員会副委員長、二年A組の鶴永誠。鳳凰院の忠実な番犬。
「……何時からだ」
『十六時半から。いつもと同じ場所だぜ』

 それだけ言うと、ぷつりと通話は切れた。勝手な奴である。ちらり、と壁に掛けられた時計を見た。間に合う。ならば行くしかないだろう。この機を逃せば親睦会までに接触することは出来ないかもしれない。


 俺に交渉術があるとは到底思えないが、やらねば話にもならない。


「…………よし」

 深呼吸して一歩足を踏み出した。向かうは旧図書館。鳶と鶴が居る場所へ。





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