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2.龍の髭を狙って毟れ!
従者の心得
しおりを挟むあれから数日が経った。鶴永からの連絡は未だ無く、親睦会当日までもう一週間を切ってしまった。果たして鶴はまいた餌に食いついてくれるだろうか。
放課後、ここ最近は日課となったゴリラブートキャンプに向かう為に篤志と連れたって歩く。今日は蝶木と鹿屋は部活、砂盃は後から合流、猪狩もお茶会だ。
開始しばらくはリカルド先輩と三人きりになるだろう。……あの人、ちょっと苦手なんだよなぁ。普通に喋ってたくせに、俺が目を向けると分かりやすく篤志に絡むし。そのくせ猪鹿コンビたちのようにあからさまに狙っているような素振りを見せる訳でもなく、警戒はいつも空振りに終わる。
「んでさあ、会長がね、わたパチ食ったこと無いって言うからさあ。まとめて食うと美味いですよって言ったらホントに食って悶絶してた」
「お前マジでいつか親衛隊に刺されるぞ」
この前はメントスコーラをやらせようとして流石に副会長ストップが入ったって聞いたぞ。篤志が庶民に染まりすぎってのもあるが、この学園の生徒たちは庶民の文化を知らなすぎるだろう。純情培養金持ちで遊ぶな。
「おっ、リカちゃん先輩発見」
隣で篤志が声を上げる。広大な中庭を挟んだ反対の廊下にリカルド先輩を見つけた。すごい、あそこだけ他よりも空気が清浄な気がする。彼もこちらに気づいたようで、にこやかに笑ってこちらに手を振って来た。
その仕草と微笑みだけで周囲の生徒がほう、とため息を吐き、ついで、その全てが注がれる篤志にじっとりとした視線が集まった。篤志は呑気に「お疲れッス~」なんて言って上履きのまま躊躇なく駆け出す。中庭を突っ切るつもりか。
全くこの自由奔放ボーイは、と思いながら篤志の背を小走りで追う。
その時、対岸に居るリカルド先輩の鮮やかな蒼が見開かれた。視線がちらりと上を向いて、平時とは違う張り詰めた声で「篤志君!」と叫ぶ。彼の焦った声を聞くのは初めてかもしれない。
——上か。
「篤志!」
「え、」
篤志の元に駆け寄ってその頭を手繰り寄せて抱え込んで転がる。こういう時、篤志ともっと身長差があれば良かったのに、と悔しく思う。そうすればもっと、篤志の全部を包み込んで色んなことから守れただろうに。
柔らかな髪に頭を埋めて衝撃を待つ。上から降ってくるとしたらなんだ、花瓶や黒板消しだろうか。しかし、転がる俺たちの元に落ちてきたのはそんなものではなかった。
——バシャアッ!!
後頭部から背中にかけて流れる突き刺すような冷たさ。シャツが肌に張り付く不快感。どうやら外階段の上から水をぶちまけられたようだ。俺はギリギリ避けきれなかったが、篤志に被害はなさそうで安心する。
ガランガラン、と空いたバケツが転がる音の方に向かって、「待てやコラ!」と怒声を浴びせた。逃がすかよ!
「先輩、篤志のこと頼みます!」
駆け付けたリカルド先輩に篤志を任せて、犯人が走り去った方向へと駆けだしていく。あの野郎、篤志が風邪でも引いたらどうするつもりだ。
実害が出たのならば報復を、そうでなければ相手は付け上がる。俺は必ず犯人を捕まえてやる、と鼻息荒く地面を蹴った。
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