オム・ファタールと無いものねだり

狗空堂

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2.龍の髭を狙って毟れ!

生徒会は今日も大忙し!

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 ぐずる綺羅と結羅の気を紛れさせる為、ガキのお使いのような仕事を任せて見送った後、どっと疲れが襲ってきてデカいため息を吐く。明日が親睦会当日だってのに、どこもかしこもゴタゴタと問題ばかりが湧いてくる。
 
 沙流川の家柄と、何よりあの兄弟が受けてしまった傷からして、二人にとって後田宗介という人間は特大級の地雷だろう。何せ『あの関係』が許されるのならば、自分達は『本当に裏切られてしまった』という公式が出来上がってしまうから。
 
 だから綺羅と結羅は必死で後田宗介を貶し、否定し、身分で区切ろうとする。後田は卑しい身分で心のどこかで篤志を恨み軽蔑していて、そして篤志も又後田を心の底は信じていない。そう言う風に現実を歪め、自らが望む政界へと当てはめようと躍起になっている。
 そうしないと、ボロボロの心に張り付けた虚勢たちが上手く機能しないのだ。

 二人と後田の接触には細心の注意を払い、最大限に気を使うべきだった。これは他でもない二人が所属する組織の長である俺の落ち度だ。反省すべき点である。

 
 だが、まさか篤志があそこまで怒るとは。あんな目をした篤志は初めて見た。見る者全てが敵だと認識し、なおかつその上で全てを諦めたような眼差し。あれこそが前野篤志の本質だとでも言うのだろうか。それは、あまりにも。



「お疲れ様です」
 カチャリ、と目の前にコーヒーカップが置かれる。見上げれば、自身の分のマグを持った巴が苦笑いしながら立っていた。

「本当にな。頭が痛くなる」
「まさか篤志があそこまで怒るなんて」
「ああ。もう二度と見たくない顔だ」

 穏やかな光の方へと引かれていた腕を突然離されて、冷たい目で『俺に何を期待してるの?』なんて突き放されたような心地だ。
 部外者として見ていた俺でもぞわりとしたのだ、正面からあんな目で見られた綺羅と結羅のショックはさぞや大きいだろう。あの二人は随分と篤志に懐いていたから余計にだ。メンタルが上手く持ち直せばいいんだが。

「それにしても困りました。まさか彼が、篤志にとっても逆鱗だったとは」
「お前は困ってねえのに困ったフリするのをやめろ。胡散臭くて蕁麻疹が出そうだ」
「おや酷い。これでも本心なのですが」

 じろりと釘を刺すように睨めば巴は肩を竦めて笑う。どこが困っているんだ、頭のてっぺんから爪先まで利用する気満々のくせに。



 後田宗介。前野家の従者。『前野の血の呪い』が本当だとすれば、あの男こそが“そう”なのだろうか。

 目を細めてくつくつと笑う巴を見上げてまたはあ、とため息を吐く。衣貫、兎和、綺羅と結羅。最近は将成も加わって、その上コイツまでやって来られたら流石に骨が折れる。


「どうしたんです、らしくもない」
「今のはまた握らなきゃならない手綱が増えたのか、のため息だ」
「失礼な。俺は躾の行き届いた賢い犬ですよ。初心者にもおすすめです
「仮に俺が犬を飼いに行った客だとして、その説明と一緒にお前を差し出されたら本社にクレームを入れた上で訴訟する」

 あまりにも酷い詐欺である。衣貫や綺羅結羅は首輪を引けば止まる理性は持ち合わせている。兎和はそもそも首輪を引かれるようなヘマはせず、ギリギリを見極めて上手い事やっている。

 その点この巳上巴という男は、確かに躾の行き届いた賢い犬ではあるが、その賢さでもって時折勝手に首輪を外して脱走する問題児でもある。
 そしてある程度己の希望通りに事が進めば、また自分で首輪をつけて『僕はおりこうさんです』なんて澄ました顔で戻ってくるのだ。質の悪い男である。

「後田宗介はあくまで篤志の従者だ。……下手なことはするな。もしもお前であっても、篤志を悲しませるような真似をするなら容赦はしない」
 俺が睨み付ければ巴はただただ嫋やかに微笑む。この笑い方が張り付いてしまったのはいつからだったろう。昔はもう少しマシに笑う少年だったはずだ。

 巴の地獄のような苦しみは未だ続いているのだろう。それは俺のような部外者がどうこう出来る問題でもない。苦しみに喘いで蹲る巴に手を伸ばすには俺たちはどこまでも他人で、無力なガキだ。

 だけど他でもない篤志ならば。太陽みたいに容赦なく照り付けてくるあの少年ならば、もしかしたら、お前をその地獄から救うことも出来るんじゃないのか。
 その垂れさがる蜘蛛の糸のような細い細い救いを、お前自ら断ち切るというのならば。俺は、そんな愚行をするこの友人を殴り飛ばしてでも止めなければならない。



「…………ええ、ええ。善処します」


 巴がいつもと変わらない笑みを浮かべる。俺はまたため息を吐いてソファに沈んだ。



 明日は、高等部最後の親睦会だ。





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