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大いなる勘違い
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「う……、ん」
アリシアが新たな事実に気づかされた頃、眠っていたローの意識が回復した。
「お祖父様! お目覚めになられましたか?」
ベッドに横たわり薄っすら瞳を開いたローは、視線だけロウエンに向けた。
「お前、は……、ロウ、エンか……?」
「えぇ、俺です。良かった……意識が戻られたのですね!」
「……なぜ、お前が……ここに……」
ローはゆっくりだが顔を横に向けている。
アリシアはローの意識が戻ったと聞き、すぐさまその場で立ち上がった。
(ローさん……! 元気になって良かった!)
今すぐにでも駆け寄りたいが、アリシアはローの正体を知ってしまった。
孫であり皇帝でもあるロウエンもいる手前、自分が出しゃばり、手放しに喜ぶわけにもいかない。
「こちらの侍女が、お祖父様のご容態を知らせに来てくれましてね……」
ロウエンは後ろで控えてたアリシアをチラリと見た。
「アリー……」
「ローさんっ! あ、いえ……ローガン、上皇陛下。回復されて、何よりです……」
これまでと違い、どこか躊躇するように声をかけたアリシアに、ローは横たわったまま苦しそうに苦笑いをしている。
「こっちへ、おいで……アリー……」
呼ばれたアリシアだが、行っていいものかと一瞬考えた。するとロウエンが体を避けてアリシアに譲っている。
「――アリー?」
アリシアの隣で立っていたジェイデンは、ローの親しげな呼び方を聞き、眉を寄せてあからさまに顔を顰めている。
そんなことに気づかないアリシアはゆっくりとローの元へ向かった。
ベッドの傍らに立つと、ローが震える手を伸ばしている。
アリシアは居ても立ってもいられず、ベッドのすぐ脇に座り、その手を取った。
「君に、そう、呼ばれるのは……なんとも悲しいね。わたしは、ね……その名は、捨てたんだよ。だから……君の前でわたしは、ただのローなんだ……」
ローの表情は本当に悲しげで、アリシアの胸が詰まる。
力の入っていないローの手を握って、その手が温かいことにホッとして、またアリシアの瞳からポロポロと涙が溢れた。
「っ、わかりました、ローさん。とにかく……無事で、良かった……です! とても……すごく、心配、しましたっ……!」
堪えきれない涙を次々と流し、ローの手を両手でしっかりと握りしめる。
「ありがとう……アリー……」
「私こそ、ローさんが元気になって、すごく嬉しいです」
「ははっ……ありがとう……アリー……。ちょっと、疲れた……また、少し休むよ……」
「はい。ずっとローさんの側にいますから……、何も考えず、ゆっくりとお休みください」
ローも穏やかな笑顔でアリシアを見つめていた。ゆっくりと瞳を閉じて、すぐにローは眠りについた。
苦痛に疲れたのだろうと、アリシアは切ない表情でローの両手をぎゅっと握った。
「妬けるな、ジェイ」
「……陛下」
ジェイデンの隣に立ったロウエンは、眉間にシワを寄せ、複雑な顔をしているジェイデンをからかうように声をかける。
「まさか……お二人が、愛称で呼び合うような仲になっていたとは……!」
ふと、ローに寄り添うアリシアの背後で、苛立ちを含んだジェイデンの声が聞こえてきた。
「おいおい、恋敵でも見るような顔はやめろ。お前が閉じ込めて放っておいたのがいけないんだろ?」
「えぇ。どなたかが私を放してくださいませんでしたからねぇ」
「うぇっ……、誤解を招くような言い方はやめろ!」
「おや? 間違っておりませんが?」
先ほどまで不機嫌そうにしていたジェイデンが、今度はにこりと笑ってロウエンに毒を吐いている。
ローが眠ったベッドの傍らで、安堵したアリシアは、今度は二人の会話をしっかりと聞いていた。
ジェイデンとロウエンの会話を何気なく聞きながら、アリシアは衝撃を受けた。
(た、大公様と、陛下がっ……? お二人はそういう仲だったの……?!)
実はアリシアは、こういったやり取りを見慣れていたのだ。
夫のジムと関係を持っていた不特定多数の相手。
そして子爵家で交わされていた、不貞相手との何気ない会話。
そのせいか、アリシアはこのような会話だけには敏感で、誰よりもその意味を理解していた。
「俺の従兄弟殿は、冗談がお好きなようだ」
「陛下には、敵いませんがね」
振り返ったアリシアの目の前に見える光景は、ジェイデンとロウエンがとても親しげに見える。
(もしかして、大公様が想いを寄せているのは、皇帝陛下だったのっ!?)
ここでアリシアは大きな勘違いをする。
ジェイデンが長らく相手を見つけないのは、禁断の相手であるロウエンに懸想しているからなのかもさそれない、と。
夫のジムも、ごくたまにだが、とても綺麗な男性を屋敷へと呼んでいた。
それが男娼というものなのだと後々わかった。
女性のみならず、男性にも手を出し始めたジムに強い衝撃と嫌悪感を覚えたものだ。
それほどアリシアが今までいた世界とは、理不尽極まりなく、矛盾に満ち溢れ、アリシアが思っていた常識すら通用しない酷いものだった。
アリシアが新たな事実に気づかされた頃、眠っていたローの意識が回復した。
「お祖父様! お目覚めになられましたか?」
ベッドに横たわり薄っすら瞳を開いたローは、視線だけロウエンに向けた。
「お前、は……、ロウ、エンか……?」
「えぇ、俺です。良かった……意識が戻られたのですね!」
「……なぜ、お前が……ここに……」
ローはゆっくりだが顔を横に向けている。
アリシアはローの意識が戻ったと聞き、すぐさまその場で立ち上がった。
(ローさん……! 元気になって良かった!)
今すぐにでも駆け寄りたいが、アリシアはローの正体を知ってしまった。
孫であり皇帝でもあるロウエンもいる手前、自分が出しゃばり、手放しに喜ぶわけにもいかない。
「こちらの侍女が、お祖父様のご容態を知らせに来てくれましてね……」
ロウエンは後ろで控えてたアリシアをチラリと見た。
「アリー……」
「ローさんっ! あ、いえ……ローガン、上皇陛下。回復されて、何よりです……」
これまでと違い、どこか躊躇するように声をかけたアリシアに、ローは横たわったまま苦しそうに苦笑いをしている。
「こっちへ、おいで……アリー……」
呼ばれたアリシアだが、行っていいものかと一瞬考えた。するとロウエンが体を避けてアリシアに譲っている。
「――アリー?」
アリシアの隣で立っていたジェイデンは、ローの親しげな呼び方を聞き、眉を寄せてあからさまに顔を顰めている。
そんなことに気づかないアリシアはゆっくりとローの元へ向かった。
ベッドの傍らに立つと、ローが震える手を伸ばしている。
アリシアは居ても立ってもいられず、ベッドのすぐ脇に座り、その手を取った。
「君に、そう、呼ばれるのは……なんとも悲しいね。わたしは、ね……その名は、捨てたんだよ。だから……君の前でわたしは、ただのローなんだ……」
ローの表情は本当に悲しげで、アリシアの胸が詰まる。
力の入っていないローの手を握って、その手が温かいことにホッとして、またアリシアの瞳からポロポロと涙が溢れた。
「っ、わかりました、ローさん。とにかく……無事で、良かった……です! とても……すごく、心配、しましたっ……!」
堪えきれない涙を次々と流し、ローの手を両手でしっかりと握りしめる。
「ありがとう……アリー……」
「私こそ、ローさんが元気になって、すごく嬉しいです」
「ははっ……ありがとう……アリー……。ちょっと、疲れた……また、少し休むよ……」
「はい。ずっとローさんの側にいますから……、何も考えず、ゆっくりとお休みください」
ローも穏やかな笑顔でアリシアを見つめていた。ゆっくりと瞳を閉じて、すぐにローは眠りについた。
苦痛に疲れたのだろうと、アリシアは切ない表情でローの両手をぎゅっと握った。
「妬けるな、ジェイ」
「……陛下」
ジェイデンの隣に立ったロウエンは、眉間にシワを寄せ、複雑な顔をしているジェイデンをからかうように声をかける。
「まさか……お二人が、愛称で呼び合うような仲になっていたとは……!」
ふと、ローに寄り添うアリシアの背後で、苛立ちを含んだジェイデンの声が聞こえてきた。
「おいおい、恋敵でも見るような顔はやめろ。お前が閉じ込めて放っておいたのがいけないんだろ?」
「えぇ。どなたかが私を放してくださいませんでしたからねぇ」
「うぇっ……、誤解を招くような言い方はやめろ!」
「おや? 間違っておりませんが?」
先ほどまで不機嫌そうにしていたジェイデンが、今度はにこりと笑ってロウエンに毒を吐いている。
ローが眠ったベッドの傍らで、安堵したアリシアは、今度は二人の会話をしっかりと聞いていた。
ジェイデンとロウエンの会話を何気なく聞きながら、アリシアは衝撃を受けた。
(た、大公様と、陛下がっ……? お二人はそういう仲だったの……?!)
実はアリシアは、こういったやり取りを見慣れていたのだ。
夫のジムと関係を持っていた不特定多数の相手。
そして子爵家で交わされていた、不貞相手との何気ない会話。
そのせいか、アリシアはこのような会話だけには敏感で、誰よりもその意味を理解していた。
「俺の従兄弟殿は、冗談がお好きなようだ」
「陛下には、敵いませんがね」
振り返ったアリシアの目の前に見える光景は、ジェイデンとロウエンがとても親しげに見える。
(もしかして、大公様が想いを寄せているのは、皇帝陛下だったのっ!?)
ここでアリシアは大きな勘違いをする。
ジェイデンが長らく相手を見つけないのは、禁断の相手であるロウエンに懸想しているからなのかもさそれない、と。
夫のジムも、ごくたまにだが、とても綺麗な男性を屋敷へと呼んでいた。
それが男娼というものなのだと後々わかった。
女性のみならず、男性にも手を出し始めたジムに強い衝撃と嫌悪感を覚えたものだ。
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