66 / 67
懇願
しおりを挟むジェイデンはアリシアの肩をガシッと掴み、七色に光る宝石眼を潤ませて訴える。
「貴女と三日も離れなくてはいけないのですよ?! これが落ち着いていられますかっ!?」
ズイッと迫るジェイデンに苦笑を浮かべつつ、それでもアリシアは冷静に言葉を返した。
「昨日、きちんと務めは果たしましたので、心配する必要はないかと思いますが……」
淡々と話すアリシアに、ジェイデンは大きくため息をつき、そしてまた大げさに訴えてくる。
「そう言ったことを言っているのではありません! 私は少しの間でも貴女と離れることが嫌だと言っているのです!」
「大公様も公務の際はしばらく屋敷を留守にされますよね? 私だけこんな風に責められるのは、おかしいと思いますが?」
自分で言ってても可愛くないなぁ……、と思いながら、それでもジェイデンに分かってもらうには、きちんと説明する他なかった。
「そ、それは……たしかに……そうなのですが……、せっかく休みが取れたのに、貴女が居ないとは思いもよらなくて……」
帝国の指導者であり、皇帝であるロウエンの最側近であるジェイデンはやはり忙しい。
今ではアリシアも神殿から要請され、帝国各地へ巡礼を行っているため、二人でいる時間というものがあまりなかったのだ。
婚約発表から半年が立ち、来年には婚姻が控えている。
互いに忙しいのは仕方ないが、ジェイデンにも自分の立ち場を分かってほしい、と思っているアリシアだった。
「それにもう、務めではないのです……。貴女はいつまでも他人行儀で……、本当に私のことを愛しているのですか?」
「――っ」
これは近頃拗ねたジェイデンが漏らす決まり文句だった。
夜の行為の際でもアリシアを翻弄しながら、いつもこの手の質問をしてくる。
いい加減うんざりしそうなやり取りだが、これを可愛いと思ってしまう自分も、やはりどこかおかしいのだろうと諦めていた。
近くにいたアンに視線を送り、アンは悟ったように一礼して部屋から出ていった。
「ジェイ……、私はちゃんと貴方を愛しています。こうして充実した日々を送れるのも、すべて貴方のおかげだと感謝してますから」
二人きりの時だけ、アリシアはジェイデンを愛称で呼んでいる。もちろん、夜の営みでも同じだった。
にこりと笑うアリシアに、ジェイデンはうるうると七色の瞳を揺らし、そして両手を広げ勢いよくアリシアを抱きしめた。
「あぁ! やはり貴女を聖なる者だと公表しなければ良かった……! そうすればこうして、いつまでも私のモノとして閉じ込めておけるのにっ!」
ぎゅぅぅっとアリシアを抱きしめていると、ジェイデンの頭の両脇からツノのようなものが少し生えてくる。
「あっ、ジェイ! また出てきてます。人目に触れぬよう、気をつけなければ……」
「……申し訳ありません。二次覚醒が起こると、興奮する度に現れるのですから」
話している間でもジェイデンはアリシアを離そうとしない。
「こうなったら仕方ありませんね。アリシアに責任を取ってもらうしかないです」
「え? 私は何も、しておりませんが?」
「二次覚醒を抑えるには、貴女と体を繋ぎ、暴走を抑制するしかありませんから」
「で、ですが、私はもう巡礼に行かなければいけません!」
「心配には及びません。数時間遅れたとしても、問題はないでしょう。貴女の所有権は、私にあるのですから」
「なっ……! 待っ、んッ……!」
不穏な空気が流れ、咄嗟にジェイデンから距離をとろうと試みたが、その時にはすでにジェイデンに捕まっていた。
しばらくアリシアの唇を堪能していたジェイデンの顔が離れると、アリシアは熱い息を吐き、乱れた呼吸を整えている。
「はっ……ぁ」
「あぁ……、いいですね……アリシア。神殿に属する者の証である、神聖で真っ白なローブ……銀白のレースで編まれたベールに身を包み、情欲に揺れる君はとてもそそられる……」
顔を上げた先には、しっかりと頭の両脇から長いツノの生え、美しい七色の瞳も蛇のように瞳孔が徐々に細長くなり、アリシアを捕らえようと狙いを定めている。
「ジェイ……いい加減に、してください……」
「君が協力的なら、早めに解放できるだろう」
ジェイデンの腕から逃れようと必死で抵抗しているアリシアだが、こうなってしまうと誰にも止められない。
「えっ?!」
突然の浮遊感に驚き、思わずジェイデンの首に掴まった。アリシアを抱えたジェイデンは、そのままベッドへ向かい一直線に歩いていく。
「本当に、降ろしてっ! もう、時間がっ!」
柔らかなベッドに降ろされるやいなや、アリシアは逃げるようにジェイデンから距離をとろうとズレていく。
「たまには着衣のまま、というのも悪くない」
ジェイデンは自らの着ていたシャツのボタンを数個外して、逃げようとするアリシアを楽しげに追いかけている。
「ほ、本気ですか?! 巡礼衣装が汚れてしまいますから、おやめくださいっ!」
「君と私の精で、その神聖な衣装を汚すのは、さぞ興奮するだろうな……」
広いベッドだったが、それでも行き止まりアリシアは迫るジェイデンを両手で制す。
「訳の分からないこと言うのはやめてください! 怒りますよ!!」
「怒って嫌がる君を、無理やり快楽に染めて屈伏させるのも、とてもいい……」
制していたアリシアの手を掴み、ジェイデンは笑みを刻んで手の甲に唇を落とした。
「――っ!」
この瞬間、アリシアは悟った。
今日の巡礼は無理だと……
その予想通り、話の通じないジェイデンに一日中付き合わされ……そして翌日、汚れた衣装もベールもすべて取り替え、昼過ぎに出発するのだった。
60
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
結婚式に結婚相手の不貞が発覚した花嫁は、義父になるはずだった公爵当主と結ばれる
狭山雪菜
恋愛
アリス・マーフィーは、社交界デビューの時にベネット公爵家から結婚の打診を受けた。
しかし、結婚相手は女にだらしないと有名な次期当主で………
こちらの作品は、「小説家になろう」にも掲載してます。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる