隣に住むものは……

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 酒を控えるようになってから、むしろ寝つきはよくなったし午前中に目が覚めるようにもなってきた気がする。おまけに昼も夜も大聖の料理を食べているからか、体の調子も悪くない。
 何だこれ、と秀真は少々微妙な気持ちになった。
 せっかく早めに目が覚めても、今日は大学の授業もなければアルバイトも休みだ。ちなみに例の封を開けられたディルドのことはあえて口にしていないし、悠人も何も聞いてこないのでなかったことにしている。
 とにかく久しぶりに何もすることない。夜に少し時間があるとかならエロ系や普通の映画などのDVD を楽しむが、何となく昼前から部屋に籠ってテレビを見る気にならなくて、秀真は特に予定もなく外へ出た。
 階段を降りると丁度大聖の下の部屋の住民だろうか、の前に引っ越しのトラックが止まっている。何となしにそれを見ていると、知らない老人が声をかけてきた。

「あらあら、高津くんのお隣さんの……えーっと何ておっしゃったかしらねぇ……」
「あ? 富崎っすけど……」
「そうそう。高津くんのお友だちでしたわよねぇ」
「友だちじゃねぇすけど?」

 何で下のフロアのババァまでそんなこと言ってんの? あのクソストーカー野郎が触れ回ってんの?

 違うと言っても老人は気にも留める様子もなく「あらまあ」と笑っている。とりあえずほんわか楽しげなので特にそれ以上「ちげぇっつってんだろ」とも言わず、ただ頷いてその場を去ろうとした。

「ああ、お待ちになって。最近高津くんと会う機会ないままでしてねえ。引っ越しも急に決まったの。私の娘と孫がなぜか急にね、どうしても同居したいって言ってきてねぇ。最初は断ってたんですよ。でも心配だからとか色々言われちゃってねぇ。娘はね、旦那さんと離婚してから女手一つで孫を育ててたんですけどね……」

 ここで立ち話が続いてしまうのだろうかとげんなりしつつも、だからといって無視して立ち去るわけにもいかず、秀真は「はぁ」「そっすか」と適当に相槌を打った。

「だからねぇ、まあ私もね、そこまで意地張ることもなくて。ただね、せっかく高津くんが親切にしてくださってたのに、それだけが残念ねぇと思ってたんですよ」

 長い。とても長い。せめて老人が影になるよう立ち位置を変えたせいでとてつもなく太陽に晒されながら、秀真はそろそろ何か言ってここを離れてもいい頃だと心底思った。汗がやばい。

「あの……」
「でね、ちょうどあなたが今通りかかったってわけ。本当は高津くんに直接渡そうと思ってここ数日、何度か家へ伺ったんだけど、大学も忙しいんでしょうね。いつもお留守で」

 確かに今は試験の時期でもあった気がする、と秀真は「テストかなんかじゃないっすかね」と口にした。

「ああ、なるほど。テストなんて大変よねぇ。私もね、昔……」

 どうやら余計なことを口にしてしまったようだ。また話が逸れるのかとそろそろ倒れそうになりながら思っていると、部屋の中から「もう、おばあちゃん話長いよ! その人汗だくじゃない」とおそらく孫だろう、若い女性が出てきた。そして秀真を見て少し顔を赤らめた後、頭をぺこりと下げた。

「あらあら、そうね、ごめんなさい」
「早く。もうあらかた運び終えてるよ。あとはおばあちゃんに点検してもらわないと」
「そうね。すぐ行きますよ。それにえっと何ておっしゃったかしら……大崎くん?」
「富崎っす」
「そうそう! ごめんなさいねぇ。申し訳ないんだけど、これ、高津くんに渡してもらえないかしら」

 ようやく本題に入った。あっという間に終わる内容だ。老人は紙袋を差し出してくる。

「ああ、いっすよ」

 早く終わらせたいのもあり、秀真はそれをすぐに受け取った。

「ありがとうございます。ああ、ちょっと待ってて」

 まだ待つのか。秀真は唖然として立ち尽くしていると部屋の中へ入った老人はすぐに戻ってきた。

「これ、後で孫と食べようと思ってた錦玉。綺麗でしょう」

 老人の手には透明のフルーツトレーのような容器に入った綺麗な色のついた透明な何かがあった。その中に金魚の形をしたさらに何かが入っている。

「……何すか、これ」
「きんぎょく。寒天と砂糖を煮詰めて冷やし固めたものよ。夏らしいお菓子だと思わない?」

 甘いものは食べないのだが、確かにとても綺麗で涼しげに見え、秀真はつい受け取っていた。

「まだもう一つずつあるの。だからそれはあなたと高津くんで食べて」

 それじゃあ長々とごめんなさいね、と老人は頭を下げ、部屋へ一旦戻って行った。秀真も荷物ができたため、結局一旦自宅へ戻る。大聖にと預かった紙袋を覗いて、冷やしたりしなくてよさそうだと確認すると台所の片隅に置き、「錦玉」とやらは元々冷やし固めているなら冷やせばいいのだろうなと冷蔵庫へ入れた。その後一旦シャワーを浴び、そのままだらだらするかと一瞬悩んだが、結局また外へ出る。どこかすでに冷えている店へ入ってエアコンに身を委ねよう、そう思った。
 どのみちまだ何も食べていないので、少し歩いたところにあるイートインもできるベーカリーショップへ入った。コーヒーのいい匂いがする。そこで甘くなさそうなおかずパンとアイスコーヒーを選び、秀真は席へついた。パンもコーヒーも中々美味いと思う。
 ぼんやり口にしながら、これからどうするかなと考える。あまりに予定がなさすぎて浮かばない。ただふと、大聖がアルバイトしているらしいスーパーマーケットが頭に過り、特に用はないままそこへ行くことにした。自炊をしないので原材料たちに全く用はないが、中は涼しいだろうし何か飲み物を買ってもいい。ついでに総菜コーナーでも見てみよう、と心からすることがなさ過ぎた秀真はアイスコーヒーを飲み終え、腰を浮かせた。その際にふと、どこかで見たことのあるような顔を見つけた。
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