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「これからどこへ行くの?」
凪のことが気になる様子の環だったが、僕の家族のことに口を出すのは気が引けたのか話題を変えてきた。
「君のお父さんの印刷所に多量のパッケージ作成を発注できるようになるかもしれない。これから口説き落としに行ってくる」
僕は恩着せがましく聞こえないようにさらっと言った。
「なぜ? 一晩相手した女の、しかも面倒しかかけなかった女のためにそこまでしてくれるの?」
環はかなり動揺していた。美味すぎる話に詐欺だと思ったのかもしれない。
一昨夜会ったばかりの男にいきなりそんなことを言われて信じろと言う方が無理がある。
「君に結婚を迫っている男が気に食わないからかな。それに、凪に親の脛をかじっていると言われたから、自立してやろうかと思った」
「お父さんに頼むんじゃないの? お金持ちなんでしょう」
環の声は益々猜疑的になった。年若い僕にパッケージの大量発注なんてできないと思っているんだろう。
「父親には頼らない。元々卒業したら自立するつもりだった。だけど、今回は時間がないので肉親に話してみる。それは支援してもらう訳ではなくて、お互いに利益がある真っ当な取引だ」
「肉親?」
「三歳下の弟はさ、月曜から土曜日まで工場で働いている。手取り十数万円の月給でだよ。凪はその給料だけで生活しようとしているんだ」
「甲斐田さんは学生なんでしょう? 脛をかじっていても仕方ないと思うわ。私だってそうだもの。でも、あのホテルは贅沢しすぎだと思う。一晩で弟さんの月給と同じぐらいだもの」
環は取引相手の肉親のことを聞きたかったのだろうけれど、僕が弟のことを話し始めたので戸惑っているようだった。
「これから弟が勤めている工場へ行く。少し時間がかかると思うから、あの喫茶店で待っていてくれるかな」
僕は前方に見える喫茶店を顔で示す。
「弟さんって、ただの従業員なんでしょう? 従業員の身内から頼まれたからって、一々発注先を変えたりしないと思うけど」
環は僕の意図がわからず、かなり不審に思っているようだ。
「大丈夫、心配しないで。話が決まったら君の父親に会おうと思うから、連絡しておいてくれ」
喫茶店の駐車場にはすぐに着いた。車を降りる環はかなり不安そうな顔をしたが、僕が笑うと笑顔で手を振ってくれた。
章の勤めている工場の門に車で入ろうとすると、守衛があわててやってきた。僕は章の兄だと名乗り章に会いたいと言うと、来客用の駐車場に車を停めるように言われた。
僕は素直に従い駐車場に止めると、守衛がこちらに向かって歩いてくる。
「専務に確認したところ、甲斐田さんのラボに案内するようにと言われました。一応免許証を確認させていただけますか?」
守衛にそう言われたので、僕は運転免許証を差し出す。僕は章に似ているらしいので、免許証を一瞥しただけで兄弟であることを認めてもらえた。
工場の一棟が全て章のラボになっているらしい。広い屋内の一部分が体育館のように板張りになっている。そこで章は片手で腕立て伏せをしていた。反対の手は背中に回している。作業服の上着を脱いで白い半袖シャツ姿になっている章は、かなりの時間きつい運動をしていたのか、十一月も終わろうという肌寒い時期にもかかわらずうっすらと汗をかいていた。
反対の手に変えて指三本で体を支えながら、小気味いほどリズミカルに体を上下させていく。悔しいけれど僕が両手を使っても速さも回数もとても敵わないだろう。
近寄っていくと章が僕に気付いたようで、腕立て伏せを止めてこちらを見た。
「何の用だ?」
章の声はかなり不機嫌だった。凪を口説こうとしたことをまだ怒っているらしい。
「凪は真面目に仕事をしていると思っているんだろうな。こんなことをして遊んでいると知ったら、軽蔑されるかもしれない」
節約するためかさばるものも徒歩で買いに行っている凪のことを思うと、嫌味の一つも言いたくなる。
「ち、違う。俺は真面目に仕事している。体を動かすと頭が冴えるからこうしていただけで、遊んでなんかいない」
あの章が狼狽えるなんて、面白いものを見た。女のことは怖がったが、章は俺の前では感情を一切揺らさなかった。そんなに凪に嫌われるのが怖いのならば、僕の話に乗るだろう。いや、乗らざるを得ない。
「僕と組まないか。章の作ったマイコンボードとAIフレームワークを世界スタンダードにしてやるぞ」
大学の工学部の奴らが章の作ったマイコンボードを持っていて、かなり興味深くて高スペックだと褒めていた。しかし、サポートが弱いので既存のマイコンボードを選ぶ人の方が多いだろうとも言っていた。
「ここの社長に恩があるから。あんたは父親の会社に入ればいいだろう」
章は多売することに興味はなさそうだった。製品自体ははかなりいいので、手をかけなくてもそれなりの利益を見込める。章はこんなラボを与えられて満足しているのだろう。
「製造はこの工場で行ってもらう。収益は絶対に減らさない。僕が担うのは販売とサポート。大学には情報や工学、経営に詳しい学生がいるから、そんな奴らを募って起業するんだ。AIサーバを立ち上げてトータルなサービスを提供する。僕は世界をとるつもりだ」
身長差の十センチは近付くと思った以上に大きい。かなり上にある章の目は冷ややかだった。
「急にそんなことをいい出したのはなぜだ? 凪に脛かじりと言われたからか? 社長に就いていっぱい儲けて凪を口説こうと思っているんじゃないだろうな」
やはり凪を口説いたことを根に持っているらしい。
「正直に言うと、惚れた女が他の男と無理やり結婚させられそうなので焦っている。その娘の父親は印刷会社の社長で男にはめられて多額の借金を背負わされているらしい。僕はマイコンボードのパッケージを発注して助けたいんだ」
凪を狙っていないと章を安心させるために、金が必要な訳を一部嘘を交えているが正直に伝えた。はっきりと意識していた訳ではないが、環といると楽しいと思うので全くの嘘という訳でもない。
「借金の額は?」
しばらく考えた後、章が訊いてきた。
「おそらく数千万円」
「それぐらいなら父親を頼ればいい。何とでもしてくれるだろう」
章が不思議そうに言った。
「父親を頼るつもりはない」
それは本心だった。章がこれほど不幸なのに僕がわがままを言ってはいけないと、自分を殺しながら生きてきた。甲斐田一族の家に長男として生まれたからには、グループ企業に入り行く末は父のように社長に就任する、それが僕に目標だった。しかし、章がこんな職場を得て最愛の妻まで持とうとしている。僕も誰かに与えられたような人生ではなく、自分自身の手で幸せを掴みたい。それぐらい許されるだろう。
「俺に何のメリットがある?」
章は会話が面倒になったようで、ベンチプレスを始めてしまった。分厚い重りが両端に付けられているバーを軽々と上げている。
「凪にバレないようにしてやる。お前はただの工員のままだ。もちろんこの工場で今まで通り働けばいい」
章はベンチプレスの手を止めて考え込んでいる。
「それに、時々お前の家に行って夕飯を食ってやる。ついでにお前のことを馬鹿にしてやってもいい」
僕は笑いながら言葉を重ねた。
「それがなんで俺のメリットになるんだ!」
流石に章は怒ってしまった。食いついてくれたので作戦成功だ。
「凪は典型的なダメンズウォーカーだよな。汗水垂らして真面目に働いているお前が、同じ血を引く兄である僕に馬鹿にされてみろ。可哀想だと思って慰めてくれるんじゃないか。もちろん大人の方法で」
章の顔が一気に赤くなった。険しかった顔が少し緩んでいる。童貞が女を知ってしまえば、その快楽から逃れられないだろう。
「お前がこんな仕事をしていて、その気になれば億だって稼げるような男だと凪が知ったら、自己評価の低い凪は自分は章に相応しくないとか言って出ていくかもな」
章の顔が一気に青くなった。唇を噛んで泣きそうになっている。凪に捨てられるところを想像してしまったらしい。わかりやすい男だ。
「俺は凪がいなければ生きていけない。こんな俺を凪は捨てたりしない」
章の声は震えて、哀れになってくるほどだ。本当に捨て犬みたいだ。
「金さえあれば自分がいなくても料理人や娼婦を雇えると思うんじゃないか?」
「俺が必要なのは凪だ。料理人や娼婦じゃない!」
「それならば、凪に訊いてみようか。お前の年収が億を超えても結婚するつもりがあるかと」
章の顔色が再び赤くなった。今度はもちろん怒りのせいだ。
「俺を脅すつもりか?」
「これは正当な取引だ」
「わかった」
長い沈黙の後、不承不承の態で章は答えた。交渉成立だ。
ふと横を見ると、壁際の台の上には大きめのタッパーが二つ置かれていた。どう見ても弁当にようなので蓋を開けてみる。
「止めろ!」
章が止めようとするが無視することにした。
1つ目のタッパーの中には茹でた青梗菜の上によく煮込まれ柔らかそうな豚の角煮が乗せられていて、色鮮やかなエビチリが隣に入っている。そして、大量の白ご飯が詰められていた。
豚肉も海老も特売品だろうけれどとても美味そうだ。
もう一つのタッパーの蓋を取ると、黄色い卵焼きに赤いケチャップがかかっていた。ぷっくりと丸いのでオムライスに違いない。少し形を残したポテトサラダの横にはコロッケのようなものが三切れ入っている。一昨日食べたかぼちゃコロッケが美味かったのを思い出して、思わず一つを口にしていた。
その手を章が握るが少し遅かったようだ。
「何をする! 凪のミンチカツは絶品なのに」
コロッケではなくてミンチカツだったようだ。冷めているが確かに美味い。
「あと二つもあるのだから、一つぐらいもらってもいいだろう」
「いいわけあるか!」
章が握った手首が本格的に痛くなってきた。
「凪に言いつけるぞ」
章は思わず手を離す。僕は手を振って先まで血を行き渡らせた。
環を待たせているので、こんなことをしている場合ではないと思い出した。さっさとこの工場の社長と話をつけなければ。
章は二つになってしまったミンチカツを悲しそうに見つめていた。
凪のことが気になる様子の環だったが、僕の家族のことに口を出すのは気が引けたのか話題を変えてきた。
「君のお父さんの印刷所に多量のパッケージ作成を発注できるようになるかもしれない。これから口説き落としに行ってくる」
僕は恩着せがましく聞こえないようにさらっと言った。
「なぜ? 一晩相手した女の、しかも面倒しかかけなかった女のためにそこまでしてくれるの?」
環はかなり動揺していた。美味すぎる話に詐欺だと思ったのかもしれない。
一昨夜会ったばかりの男にいきなりそんなことを言われて信じろと言う方が無理がある。
「君に結婚を迫っている男が気に食わないからかな。それに、凪に親の脛をかじっていると言われたから、自立してやろうかと思った」
「お父さんに頼むんじゃないの? お金持ちなんでしょう」
環の声は益々猜疑的になった。年若い僕にパッケージの大量発注なんてできないと思っているんだろう。
「父親には頼らない。元々卒業したら自立するつもりだった。だけど、今回は時間がないので肉親に話してみる。それは支援してもらう訳ではなくて、お互いに利益がある真っ当な取引だ」
「肉親?」
「三歳下の弟はさ、月曜から土曜日まで工場で働いている。手取り十数万円の月給でだよ。凪はその給料だけで生活しようとしているんだ」
「甲斐田さんは学生なんでしょう? 脛をかじっていても仕方ないと思うわ。私だってそうだもの。でも、あのホテルは贅沢しすぎだと思う。一晩で弟さんの月給と同じぐらいだもの」
環は取引相手の肉親のことを聞きたかったのだろうけれど、僕が弟のことを話し始めたので戸惑っているようだった。
「これから弟が勤めている工場へ行く。少し時間がかかると思うから、あの喫茶店で待っていてくれるかな」
僕は前方に見える喫茶店を顔で示す。
「弟さんって、ただの従業員なんでしょう? 従業員の身内から頼まれたからって、一々発注先を変えたりしないと思うけど」
環は僕の意図がわからず、かなり不審に思っているようだ。
「大丈夫、心配しないで。話が決まったら君の父親に会おうと思うから、連絡しておいてくれ」
喫茶店の駐車場にはすぐに着いた。車を降りる環はかなり不安そうな顔をしたが、僕が笑うと笑顔で手を振ってくれた。
章の勤めている工場の門に車で入ろうとすると、守衛があわててやってきた。僕は章の兄だと名乗り章に会いたいと言うと、来客用の駐車場に車を停めるように言われた。
僕は素直に従い駐車場に止めると、守衛がこちらに向かって歩いてくる。
「専務に確認したところ、甲斐田さんのラボに案内するようにと言われました。一応免許証を確認させていただけますか?」
守衛にそう言われたので、僕は運転免許証を差し出す。僕は章に似ているらしいので、免許証を一瞥しただけで兄弟であることを認めてもらえた。
工場の一棟が全て章のラボになっているらしい。広い屋内の一部分が体育館のように板張りになっている。そこで章は片手で腕立て伏せをしていた。反対の手は背中に回している。作業服の上着を脱いで白い半袖シャツ姿になっている章は、かなりの時間きつい運動をしていたのか、十一月も終わろうという肌寒い時期にもかかわらずうっすらと汗をかいていた。
反対の手に変えて指三本で体を支えながら、小気味いほどリズミカルに体を上下させていく。悔しいけれど僕が両手を使っても速さも回数もとても敵わないだろう。
近寄っていくと章が僕に気付いたようで、腕立て伏せを止めてこちらを見た。
「何の用だ?」
章の声はかなり不機嫌だった。凪を口説こうとしたことをまだ怒っているらしい。
「凪は真面目に仕事をしていると思っているんだろうな。こんなことをして遊んでいると知ったら、軽蔑されるかもしれない」
節約するためかさばるものも徒歩で買いに行っている凪のことを思うと、嫌味の一つも言いたくなる。
「ち、違う。俺は真面目に仕事している。体を動かすと頭が冴えるからこうしていただけで、遊んでなんかいない」
あの章が狼狽えるなんて、面白いものを見た。女のことは怖がったが、章は俺の前では感情を一切揺らさなかった。そんなに凪に嫌われるのが怖いのならば、僕の話に乗るだろう。いや、乗らざるを得ない。
「僕と組まないか。章の作ったマイコンボードとAIフレームワークを世界スタンダードにしてやるぞ」
大学の工学部の奴らが章の作ったマイコンボードを持っていて、かなり興味深くて高スペックだと褒めていた。しかし、サポートが弱いので既存のマイコンボードを選ぶ人の方が多いだろうとも言っていた。
「ここの社長に恩があるから。あんたは父親の会社に入ればいいだろう」
章は多売することに興味はなさそうだった。製品自体ははかなりいいので、手をかけなくてもそれなりの利益を見込める。章はこんなラボを与えられて満足しているのだろう。
「製造はこの工場で行ってもらう。収益は絶対に減らさない。僕が担うのは販売とサポート。大学には情報や工学、経営に詳しい学生がいるから、そんな奴らを募って起業するんだ。AIサーバを立ち上げてトータルなサービスを提供する。僕は世界をとるつもりだ」
身長差の十センチは近付くと思った以上に大きい。かなり上にある章の目は冷ややかだった。
「急にそんなことをいい出したのはなぜだ? 凪に脛かじりと言われたからか? 社長に就いていっぱい儲けて凪を口説こうと思っているんじゃないだろうな」
やはり凪を口説いたことを根に持っているらしい。
「正直に言うと、惚れた女が他の男と無理やり結婚させられそうなので焦っている。その娘の父親は印刷会社の社長で男にはめられて多額の借金を背負わされているらしい。僕はマイコンボードのパッケージを発注して助けたいんだ」
凪を狙っていないと章を安心させるために、金が必要な訳を一部嘘を交えているが正直に伝えた。はっきりと意識していた訳ではないが、環といると楽しいと思うので全くの嘘という訳でもない。
「借金の額は?」
しばらく考えた後、章が訊いてきた。
「おそらく数千万円」
「それぐらいなら父親を頼ればいい。何とでもしてくれるだろう」
章が不思議そうに言った。
「父親を頼るつもりはない」
それは本心だった。章がこれほど不幸なのに僕がわがままを言ってはいけないと、自分を殺しながら生きてきた。甲斐田一族の家に長男として生まれたからには、グループ企業に入り行く末は父のように社長に就任する、それが僕に目標だった。しかし、章がこんな職場を得て最愛の妻まで持とうとしている。僕も誰かに与えられたような人生ではなく、自分自身の手で幸せを掴みたい。それぐらい許されるだろう。
「俺に何のメリットがある?」
章は会話が面倒になったようで、ベンチプレスを始めてしまった。分厚い重りが両端に付けられているバーを軽々と上げている。
「凪にバレないようにしてやる。お前はただの工員のままだ。もちろんこの工場で今まで通り働けばいい」
章はベンチプレスの手を止めて考え込んでいる。
「それに、時々お前の家に行って夕飯を食ってやる。ついでにお前のことを馬鹿にしてやってもいい」
僕は笑いながら言葉を重ねた。
「それがなんで俺のメリットになるんだ!」
流石に章は怒ってしまった。食いついてくれたので作戦成功だ。
「凪は典型的なダメンズウォーカーだよな。汗水垂らして真面目に働いているお前が、同じ血を引く兄である僕に馬鹿にされてみろ。可哀想だと思って慰めてくれるんじゃないか。もちろん大人の方法で」
章の顔が一気に赤くなった。険しかった顔が少し緩んでいる。童貞が女を知ってしまえば、その快楽から逃れられないだろう。
「お前がこんな仕事をしていて、その気になれば億だって稼げるような男だと凪が知ったら、自己評価の低い凪は自分は章に相応しくないとか言って出ていくかもな」
章の顔が一気に青くなった。唇を噛んで泣きそうになっている。凪に捨てられるところを想像してしまったらしい。わかりやすい男だ。
「俺は凪がいなければ生きていけない。こんな俺を凪は捨てたりしない」
章の声は震えて、哀れになってくるほどだ。本当に捨て犬みたいだ。
「金さえあれば自分がいなくても料理人や娼婦を雇えると思うんじゃないか?」
「俺が必要なのは凪だ。料理人や娼婦じゃない!」
「それならば、凪に訊いてみようか。お前の年収が億を超えても結婚するつもりがあるかと」
章の顔色が再び赤くなった。今度はもちろん怒りのせいだ。
「俺を脅すつもりか?」
「これは正当な取引だ」
「わかった」
長い沈黙の後、不承不承の態で章は答えた。交渉成立だ。
ふと横を見ると、壁際の台の上には大きめのタッパーが二つ置かれていた。どう見ても弁当にようなので蓋を開けてみる。
「止めろ!」
章が止めようとするが無視することにした。
1つ目のタッパーの中には茹でた青梗菜の上によく煮込まれ柔らかそうな豚の角煮が乗せられていて、色鮮やかなエビチリが隣に入っている。そして、大量の白ご飯が詰められていた。
豚肉も海老も特売品だろうけれどとても美味そうだ。
もう一つのタッパーの蓋を取ると、黄色い卵焼きに赤いケチャップがかかっていた。ぷっくりと丸いのでオムライスに違いない。少し形を残したポテトサラダの横にはコロッケのようなものが三切れ入っている。一昨日食べたかぼちゃコロッケが美味かったのを思い出して、思わず一つを口にしていた。
その手を章が握るが少し遅かったようだ。
「何をする! 凪のミンチカツは絶品なのに」
コロッケではなくてミンチカツだったようだ。冷めているが確かに美味い。
「あと二つもあるのだから、一つぐらいもらってもいいだろう」
「いいわけあるか!」
章が握った手首が本格的に痛くなってきた。
「凪に言いつけるぞ」
章は思わず手を離す。僕は手を振って先まで血を行き渡らせた。
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