人嫌いでぼっちな俺に花屋のギャルが優しすぎる件

はた

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第一章

デートっぽいなにか

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 土曜日の昼。俺は駅前にある大きな噴水の前に一人で立ち尽くしていた。

 この噴水は二年ほど前にできたもので、なんでもせっかく政令指定都市なのだし少しでも盛り上げていこうという意向で市が作ったらしいのだが、殺風景な駅前とは似つかわしくない豪華な装飾が施されているせいでどうも浮いてしまっている。

 しかもこの噴水、ちょろちょろと水が垂れているだけで別に水が噴き出しているわけではない。作られてから少し経った頃、近所の悪ガキにいたずらされて水を出す機械が壊れてしまったのだ。修理する金も惜しいのか、それともそもそも金がないのか。結局壊れたままのこの噴水は『泣き虫噴水』と呼ばれ今もこうして涙のように水を垂らしているのだ。

 そんな泣き虫噴水だが、見た目だけは一丁前なのでこの駅では待ち合わせの目印としてよく利用されていて、年頃の男女が顔を綻ばせながら会っているのをよく見たことがある。

 わざわざ泣き虫噴水なんてネガティブな場所に集まらなくてもいいとは思うのだが、最近のカップルはあまり細かいところまでは気にしないらしい。と年配のようなことを言ってはみるが今の俺は実のところただの当事者である。どういうことかというと、俺はある女子を待っていた。

 手持ち無沙汰な俺はスマホでLIMEを立ち上げる。

『今ぇ周の土曜、|z時に馬尺前デ待ち合ゎせしよっ! 糸色文寸だからね!? もし来ナかったらあたしシ立レヽちゃぅょ~』

 一瞬文字化けでもしているのかと思ってしまうが、二つの漢字を合わせて一つの文字を表現するなど一応は法則性があるようで、時間をかけて解読した結果、要は待ち合わせの約束のメッセージのようだ。

 LIMEくらい普通に送りゃいいのにと思うが、ギャルという生き物はどうしても派手にしゃれこみたいらしい。そう考えると大阪にいる金色のおばちゃんとかはその派生先、もしくは究極体のようなものなのだと思う。

 ミカンに手足が生え、リアルな目をした微妙に可愛くない化け物が投げキッスをしているスタンプで終了しているトーク画面を閉じる。

 なんで、来てしまったのだろう。あんな奴との約束なんて無視して家でアニメでも見ていればよかったのに。春先の外は天気がいいとはいえ風は冷たくて、立ちっぱなしだと結構寒いし、今のところ後悔の念しかない。そして多分この後もこの考えが変わることはないと思う。

 だって「作戦会議」だぞ? どうせ根掘り葉掘り聞かれた後にとんでもない計画を立てられて振り回されるに決まっている。本人は親切のつもりなのだろうが俺にとってはたまったものではない。

 昼飯を一緒に食べたあの日以降も、目が合うたびに小さく手を振ってきたり、自販機で飲み物を選んでいると突然後ろから「奢り」とだけ呟いて金だけ自販機に入れて去っていったり、傘を忘れた日には俺の机の横にどうみても女性用の花柄の傘を立てかけていったりと楠木はことあれば俺に世話を焼いてきた。直接話しかけてこないのは気を使ってなのだろうが・・・・・・。

「はぁ・・・・・・」

 あと五分待って来なかったら帰ろう。そう思った時だった。

「だーれだっ!」
「うわっ!?」

 突然目の前が真っ暗になった。貧血か? それとも脳の神経がぶった切れて失明でもしたか? そんな考えは俺の眼を包み込む冷ややかな感触によって否定される。それに「だーれだ」なんてベタなセリフまで吐かれたら状況を把握するのは容易だった。

「楠木」

 視界を遮られたまま俺は答える。

「おっ、正解。え~なに? よくわかったねちょっと嬉しいかも」
「じゃあ離れてくれ」

 正解したというのに楠木の手は俺の眼に添えられたままだ。それどころかだんだんと楠木の体が密着してきて、なにやら柔らかいものが俺の背中に押し当てられている。春風に当てられて冷えた手とは対照的に暖かい体温が伝わってくる。

 いや、分かってはいたが、デカいな・・・・・・。

「ん~でもなんか冷たいよ? 温かくなるまでこうしてようよ」

 バカを言うな。ここにはカップルが多いとはいってもさすがに公衆の面前で後ろから目を隠しながら抱き着いている奴なんて一人もいないしこんなの公開処刑だ。

「あれ、でももう温かくなってきた? 首筋、うっすら汗かいてるよ?」
「ああ、暑い。暑苦しい。頼むから離れてくれ」

 体も、顔も、どんどん熱くなってくるのを感じる。それが楠木にも伝わってしまい、俺は恥ずかしくなって体を強引に離した。

 見ると楠木がまたあの悪戯っぽい笑みを浮かべて「ひひ」と笑っている。

「なんか顔、赤くな~い?」
「うるさい」

 俺がそう言うと楠木は作戦成功といったように満足そうな顔をしていた。

 そんな楠木の服装だが、レースのついた白いオフショルシャツにピンクの上着を羽織りチェック柄のミニスカートに黒いブーツを履いている。少々派手さはあるがそれは言い換えればおしゃれでもある。おまけに髪は毛先を軽く巻いたりなんかして、学校とは違った少し大人っぽい印象にドキっとしてしまう。

 それにしても、まだ寒いというのに素足を晒したりして、女子は大変だな。

「怒んないでよ~遅れてきたのは謝るから。ねっ?」

 現在の時刻は十二時六分。十分にも満たない遅刻だ。別にそのくらいだったら何とも思わないのだが、さっさと話題を変えたいのでそういうことにしておこう。

「そうだな。じゃあ代わりといってはなんだが今日はお開きにしよう。寒い」
「え? 代わりにご飯ご馳走してくれるの? ありがとーっ!」
「耳、大丈夫か?」
「んー微妙。最近耳鳴りひどいし。今日は耳鼻科デートにする?」

 そんなデート聞いたことがない。二人で一つの鼻炎用チューブをシェアして鼻の穴にでもいれるのだろうか。

 というか、デートか・・・・・・。

 確かに男女が二人町に繰り出していればそれはデートとカテゴライズしても差し支えはないのだろうが、その言い方はなんとも落ち着かない。

「というのは冗談で、とりあえずご飯食べに行かない? あたしお腹空いちゃった」
「俺食べてきたんだけど」

 俺が駅前に着いたのは十時。別に今日のことが楽しみすぎてつい早く来すぎてしまったという訳ではなく、俺の好きなアーケードゲームが今日アップデートの日なのでついでにゲーセンに寄っていたのだ。で、思う存分遊んだあと店の隣にある牛丼屋で大盛りをたらふく食ったという訳だ。

 すると柚子は頬を膨らませてジーっと俺の顔を見てくる。

「えーっ、なんで食べちゃうの? 普通、十二時に会う約束したら、あ、ご飯食べるんだなって思わない?」
「まったく思わなかった」
「四十点」
「なにが」
「彼氏としての点数! これじゃ付き合ったとしても彼女が可哀そうだから、今日は百点行くまで帰れないからね!」

 作戦会議はどこへ行ったのやら、すでに計画は俺の知らない間に次の段階へと移行しているようだった。

 やはり来なければよかったと憂鬱な気分になっていると、楠木が俺の腕に抱きつき、甘えるような声を出す。

「ねぇ~あたし、天と一緒にご飯食べたいなぁ~」

 いきなり名前で呼ばれて不覚にも動揺してしまったが、寸でのところでなんとか顔には出さずにすんだ。

「わかったよ。まぁ俺もまだ食おうと思うえば食えるし」
「ほんと? やったぁ! 天やっさしい~♪ で、どこ行く?」
「そうだな、じゃあマッグで」

 マッグとは全国で展開されている大手ハンバーガーチェーン店だ。

 手軽な値段と癖になるジャンクな味がたまらなく食欲を煽り、月に一度は必ず食べたくなる衝動に駆られる。一応ナゲットやフルーリーなどのサイドメニューも豊富なのでそれでも食べようかと思ったのだが。

「三十二点」

 楠木はお気に召さなかったようだ。

「なんでだよ美味いだろマッグ。まさか食べたことないのか?」
「あるよ。あるけど、美味しいけど。でも彼女とのデートでマッグは絶対ダメ!」
「? あぁ、太るから・・・・・・」

 そこまで言って俺は口を噤む。楠木がすごい形相で俺を睨んでいたからだ。体重関係の話題はNGらしい。

「そうじゃなくて、ハンバーガーって食べる時口を大きく開けるでしょ? それを彼氏に見られたくないの」

 ビッグマッグでも頼まない限りそんな大口でかぶりつかないだろ、と一瞬思うが、楠木の小さな口が俺を納得させた。そうか、女子にとっては普通のサイズもデカいと感じるのか。

「ちなみに、同じような理由でラーメンもダメだから。啜ってるところ見られたくない」
「それって女子全般に言えることなのか? 楠木だけじゃなくて?」
「あたしだけじゃないよ、女の子ならみんなそう言うはずだよ」
「でも色識さんは何も言ってなかったぞ。やっぱり楠木の気にしすぎなんじゃないか?」

 確か付き合い始めた当初、俺と色識さんはよくこの辺でよく遊んでいた。

 ご飯はどうするという話になると、金に余裕のなかった俺は毎度のようにマッグに行こうと言っていた。マッグには百円マッグという超お得なメニューがあり、飲み物を水にすることによって出費を極限まで抑えることができるのだ。色識さんも家が小遣い制らしく節約していると言っていたので喜んで承諾してくれていた。

「ちょっと待って、まさか紫苑ちゃんをマッグに連れて行ったの?」
「あぁ。行ったけど、美味そうに食ってたぞ」

 ハムスターみたいにちびちび食べていたのを思い出す。

「他にはどんなとこ行ったの?」
「あとは牛丼屋だな。安いし。たまに奮発してsoco弐のカレー食いに行ってたな。あそこのカレー辛くて美味いんだ・・・・・・って、いててっ!」
「もしかしてわざと? わざとそうやって女の子が嫌がるお店選んでるの?」
「違うって! あっちが俺の行きたいところでいいって言うから俺がよく行く店に行ったってだけだって! だから二の腕をつまむな! 地味に痛い!」
「まさか佐保山、紫苑ちゃんのことゲーセンとかに連れまわしたりしてないよね?」

 何故わかったのか、と俺が関心にも近い疑問を抱いていると、楠木は大きくため息をついた。

「紫苑ちゃん、ホント気の毒・・・・・・。もう、こうなったら今日はトコトンやるから! 覚悟しておいてよね!」

 俄然やる気をださせてしまったようだ。最初は俺に擦り寄るように歩いていた楠木だったが、いつの間にか俺の手を引き、ずかずかと歩いていた。
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