桜吹雪と泡沫の君

叶けい

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第六話 浮気なんかじゃない

scene14 彼氏

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ー透人ー
出てきた時よりもずっと沈んだ気持ちで部屋に帰ってくると、廊下に明かりがついていた。
「透人?どこ行ってたんだよ」
リビングから慶ちゃんの声がする。
「慶ちゃん、遅くなるんじゃなかったの?」
「思ったより早く帰ってこれたんだ」
着替えてソファで寛いでいたらしい慶ちゃんが、俺を見て首を傾げる。
「何か食べに行ってきたの?」
「えっ?ええと……会社にちょっと忘れ物取りに行ってて」
咄嗟に嘘をついてしまう。慶ちゃんの表情がますます怪訝になる。
「明日も仕事行くのに、わさわざ取りに行くほどの物?」
「……気になったから」
目を逸らす。慶ちゃんは、まあいいや、と言って立ち上がった。
「久しぶりに、どこか食べに行くか?」
「うん」
慶ちゃんと外食なんて、随分と久しぶりな気がした。

マンション近くの和食の店に入る。
「何だか久しぶりだね、慶ちゃんとご飯食べるの」
「そうだな。今日は仕事忙しくなかったの?」
「外回り行ってて、そのまま直帰して良いって言われたんだ」
「ふうん、新人の特権だな」
うどんを啜りながら何気なく言った慶ちゃんの言葉が、ちくりと刺さる。
「俺、定時で帰れたの久しぶりなんだけど」
「そうだっけ。いつも始末書書いてるから遅いんじゃないの」
「違うよ、仕事が忙しいんだよ」
「新人にそんなに仕事押し付けるなんてブラックな会社だな」
「それは……俺がまだ要領よくこなせないせいで」
「ならしょうがないな」
「慶ちゃん……」
声が苛立ってしまう。箸を止めて、慶ちゃんが俺を見た。
「何だよ」
「何でもっとこう、優しい言葉をかけてくれないの?俺まだ仕事始めて一ヶ月も経ってないんだよ。なのに毎日、慶ちゃんより遅く帰ってきててさあ……たまには、少しくらい愚痴とか聞いてくれたって」
「そんなの、俺だって休みの日まで仕事してて疲れてるんだから、お互い様だろ」
「……そんな言われ方されたら、もう何も言えないじゃん」
泣きそうになって、堪えるように俯いた。
せっかく久しぶりに、一緒にご飯食べられたのに。こんな事を言い合いたいんじゃないのに。
「……ごめん透人」
慶ちゃんの手が伸びてきて、俺の髪をそっと撫でる。
「言い過ぎた。そうだよな、透人はまだ働き始めたばっかだもんな。悪い」
「……ううん」
小さく首を振る。頭を撫でてくれる手が優しくて、たったそれだけで全部許してしまえそうな気がする。
そうだよ、俺は慶ちゃんの事が好きなんだ。
高校生の頃からずっと好きで、いくら年月が経ってときめきが薄れたって、大好きな恋人であることは変わりない。
なのに、どうして桃瀬さんに会いたくなっちゃうんだろう。
キスなんて、しちゃったんだろう。

帰り道、人気の無い道で慶ちゃんが手を握ってきた。
「ちょ……人に見られるよ?」
「いいだろ、たまには」
さっき店で言ったきつい言葉を帳消しにするかのように、慶ちゃんの声は優しい。
「ごめんな、せっかく一緒に住んでるのに最近構ってやれてなくて」
「ううん、大丈夫。慶ちゃんも忙しいのに、毎日ご飯作ってくれて感謝してる」
しっかり手を握り返す。
「今日さ、夕飯好きにしてって言われて、何食べていいか分からなくて。もう食べないでおこうかと思ったんだけど」
「おい、それは体に良くないだろ」
「そうだね。本当に、毎日作ってくれるありがたさが身に染みた」
たとえ先に寝ちゃっていても、愚痴言ってもあんまり甘やかしてくれなくても。
慶ちゃんはちゃんと、俺の事を想ってくれている。
「ありがとね、慶ちゃん」
そう言って笑いかけた。ふと足を止めた慶ちゃんの顔が近づく。
あ、と思ったら唇が触れていた。
「……慶ちゃん。外だってば、ここ」
「なら早く帰ろう」
さっきより早足になる慶ちゃんについて行きながら、心の中がざわついた。
慶ちゃん、俺が違う人とキスしたって知ったら、どう思うだろうか。
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