辺境の地へ飛ばされたオメガ軍医は、最強将軍に溺愛される

夜鳥すぱり

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 リズが着任式の後、配置されたのは、クライス王国から一番遠い辺境の地、砂漠都市サララだった。サララの更に先の国境の付近では土着民族が暮らし、盗賊が出没し、燐国ドラクロン王国との境界線対立など王都とは違う危険な紛争地である。

 まさかよりによって、一番危険と言われる地域に配属が決まってしまったリズは、真っ青になった。リズは産まれてこの方、旅行をしたこともなければ、砂漠なんて行ったことも見たこともない、ついでに言うなら暑いところは苦手だ。産まれそだった海辺のミルルは、年中温暖な過ごしやすい気候で、水に溢れ、綺麗な都であったので、得体の知れない砂漠へ行くなんて、リズにとっては恐怖でしかなかった。だが、一週間後、新卒騎士派遣部隊に付いてリズもサララに行かねばならない。

「そんなぁ、サララなんて……どうしよう、え、途中から馬車に乗らないで、ラクダにのっるって書いてある」

ぷるぷると、震える手で持つ指令書には、日程と、工程が記されていて、砂漠地帯であるため、多くはラクダにのっての移動とあった。

リズはもちろん、ラクダなんて見たこともなければ、乗ったこともない、なんなら、必須科目であった乗馬も不得意で、落第点ギリギリなのに。

リズが唯一乗れるのは、老ポニーのスフレだけだが、そんな辺境の地へ年老いた優しいスフレを連れて行けない。

ずどーんと落ち込みつつ、辺境の地へ行く為に荷物を整理する。医学書、薬草書、道中必要になる薬、医療器具、自分の使いなれた物は私物として持ち込む事にした。

「しょ、食糧とか水とかって、個人で持っていくのかな、水が無くなったら怖い」

医療現場において、水や、お湯は必須だ。道中予定では片道10日の旅と書いてあるが、100人近く移動するのに、水の確保は最重要事項だ。村や町を経由していくが、そこに潤沢な水があるとは限らない。そもそも、砂漠都市サララは、どれくらいの貯水量があるのか。

水の豊潤なミルルの町で育ったリズには、予想もできない事だった。

「物資について、責任者のヘルマン子爵に聞いても良いのかな……あぁ、誰も知り合いがいないってどうしたら、医者は僕だけだしもしも10日間の間に何かあったら僕の責任になっちゃう、どうしよう」

余りの心細さに、ポロポロと泣きながら荷物を積めていると、部屋の扉がコンコンとなった。

「リズ?配属先が決まったって聞いたけど、どこだったの?」

姉のマリアンヌが部屋に入ってきた。大きな荷物を抱えてポロポロと泣いているリズを見て、ぎょっとした姉は、駆け寄ってきて、その綺麗な指先でリズの涙をぬぐってくれた。

「どうしたの、リズ、こんなに泣いて、可哀想に」
「ねぇ様、ぼく、どうしたら」

「泣かないで、理由をねぇ様に話して」
「僕の配属……先が、さ、砂漠都市サララなんです、ラクダで行くって書いてあるし、ぼく、ラクダなんて乗れないし、それに医師がぼくだけなんです、100人もぼくがみるなんて、どうしたら」

「まぁ、なんてこと、経験もなにもないお前が、たった1人で100人も担当するの?ひどいわ、ちょっと見せて」

マリアンヌは、リズが持っていた指示書をわしずかむと、食い入るように読んだ。

「これを書いたのは、ヘルマン子爵ね、ねちっこい腹黒男よ、いいわ、リズちょっと待ってなさい、ねぇ様が何とかしてあげるから」

歴戦の騎士のような出で立ちで、マリアンヌは颯爽と部屋を出ていった。銀色の美しいポニーテールをゆらゆらと揺らして。

リズが幼い頃、マリアンヌは、よくリズの世話をしてくれた優しい姉である。アルファ特有の気高さと、気品とを兼ね備えた自慢の姉であるが、歳が5歳離れているせいで、留学などした姉とは離ればなれでいることが多く、甘えたいと思ってもリズは控えめに帰ってきた時に挨拶に行くことしかできなかった。

「ねぇ様……ぼくなんかの為に」

女王付きの王宮医師である忙しいマリアンヌが、自分の為に時間を割いてくれるのがリズは本当に嬉しかった。

他の誰も、母でさえ気にかけてくれなかった配属先、マリアンヌだけが、不当な扱いだと怒ってくれた。

しばらくして帰ってきたマリアンヌは、1人の若者を連れてきた。年の頃はリズより少し年上か、黒髪のキリッとした顔の青年だった。身長173センチのマリアンヌよりも頭1つ高い高身長、肌は浅黒く、よく日に焼けた若い騎士だった。

「リズ、貴方の身の回りはこのリュカに頼みなさい、医学の知識も少しあるし、砂漠都市から来たそうなの」

「でも、勝手に連れていったら」

「大丈夫よ、この子は元々貴方と同じ新人騎士の1人として砂漠都市サララへ派遣が決まっていたの、貴方の守護を第一命とするようにヘルマン子爵に約束を取り付けたわ」

マリアンヌはにっこりと、笑った。

「あ、ありがとうございます、ねぇ様」
「うん、だからもう泣かないのよ、1年間だけ頑張ってきなさい、そしたらクライス王都に私が呼び戻すから」
「はい、ねぇ様」

感動で涙が競り上がる。仕方ない子ねと、また目尻をぬぐってくれた。

「リュカ、この子を頼んだわよ」
「……はい」

不服そうに、返事をするリュカをみて、リズは、この人本当に大丈夫ですかと、マリアンヌに怯えた目を向けた。

「だ、大丈夫よ、リュカ、ほら、リズが不安がってるでしょ、貴方の方が年上でしょ?あら、あなたおいくつだったかしら」

「18です」
「あ、あら、そう、ちょっと、リズより年下だったわね、ま、まぁほら、リズは、箱入りで育ったから、精神年齢はきっとあなたの方が高いわ、だからお願いよ」

「はいまぁ、できる限りのサポートはさせていただきます、金もらったんで」

「金!?ね、ねぇ様」
「リュカ、お口チャックしなさい、とにかく、リズは、何にも心配しなくていいからね」

「あの……ねぇ様、お金って」
「あっ!、もうこんな時間ね、私、王宮へ行かねばなの、じゃぁ、リュカ後は頼んだわよ、しっかり守ってね、じゃ、リズ気を付けて行ってくるのよ」

「あ……はぃ、行ってきま……す」

慌てる様に出ていったマリアンヌを見送って、おずおずと、扉付近に立ったままのリュカに視線を合わせた。全然視線を合わせて貰えないんだけど。

「あの、リュカさん、あの……よろしくお願いします」
「はい」
「あの、ぼく、ラクダに乗れなくてと言うか、ラクダ見たこともなくて、あのだから乗り方教えて下さい」
「え?乗り方?教える?」
「はい」
「教えるもなにも、乗れば良くないですか」
「え?」

「は?」
「あ、でも、ほら、乗り方あると思うんですけど」
「うーん、そんなの考えたこと無かったですけど、ラクダに乗れない意味がわからないんですが、あなた歩けないんですか?」

「歩けます!!」

すくっと、立ち上がると、リュカはスタスタと近づいてきて、上からリズをまじまじと見詰めた。

「あんた、小さいな、ほんとに年上?15歳くらいじゃないの?目もでかくて、声も高いし、まだ子供みたい」
「こっ!?子供じゃないです、ぼく、立派なおとなです、今年19歳です」

「ふ、そうなんすか?まぁ、金貰ったし、仕事なんであんたの面倒は俺がみるよ、安心しな、ラクダは乗せてやるから」
「……お願いします」

何だかこの人とっても、失礼な気がすると、リズは、不安になった。マリアンヌはもう王宮へいってしまったし、ちがう人を頼む訳にもいかない。

きゅっと、唇をかんで、泣かないようにするのを我慢するのが精一杯のリズだった。

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