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そのサプライズは聞いてない!
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やっと眠たさの抜けた目をそっと開けると、そこにいた龍大はマスクをしていた。きっと仕事から帰ってきたばっかりだ。
「会社、行ってないの?」
昨日の夜、あんなかたちで突き放した龍大が、今鈴夏のことを心配そうな顔で覗き込んでいた。あまりに情けなくて恥ずかしくて、鈴夏はそっと毛布で顔を隠した。
――帰ってきてるってことは今たぶん15時くらい……。どうしよう、完全に寝すぎたし今は合わせる顔がないのに。
すると毛布の中に手が入ってきて、額に手のひらがあてられた。一瞬毛布を無理矢理剥がされるかもしれないと怖気づいたけど、その手のひらは少しひんやりしていて気持ちいい。
「熱あるじゃん」
龍大がそう言ったとき、鈴夏は観念して毛布を鼻のところまでは下げて頷いた。
「病院行こ。支度大変なら手伝うから」
毛布に包まれていたはずなのに、冷や汗が出て体の芯が冷えていく。でも、さすがにもう体が言うことを聞かなくてしんどい思いをしているのを、見過ごすわけにはいかなかった。このままじゃ何もできないし、龍大から逃げてる場合じゃないと、全然動いていない頭の直感が働いた。
龍大に支えてもらいながら重たい体を起き上げ、着替えるために2階まで戻った。その間も咳が鈴夏の体力を奪っていて、休んで回復したぶんを持って行く。2階の部屋は暖房がつけっぱなしになっていて、気温は暖かいのに電気代を無駄にしてしまったとまた鈴夏を落ち込ませた。
温かいインナーとジーンズ、靴下にトレーナーを気合だけで着ていく。顔を軽くすすぎ、髪は寝癖を取るのすら面倒でニット帽で誤魔化すことにした。たったそれだけのことなのに、もう疲労困憊だ。保険証と財布、スマホを小さめのバッグに詰め込んで、マスクを着けてたどたどしい足取りで1階へと降りていった。
龍大もさっき帰ったばっかりだから、もう出かける準備はできていて玄関で待ってくれていた。
「行ける?」
そう言われて鈴夏が頷くと、玄関には鈴夏のムートンブーツが真ん中に鎮座して揃えられていた。いつもは履かないから、龍大がわざわざ置いてくれたんだとすぐわかる。しかもブーツに足を入れて進みだすと、玄関のドアや車のドアを率先して開けてくれた。
車に乗ってから病院に着くまで、無言の時間が流れた。鈴夏が声を出すことすらツラいというのもあるが、何を話したらいいかわからない。いつもなら何も考えなくても会話ができるのに、今は必死に頭を動かしても何も言葉が出てこなかった。
病院で診察を受けると、インフルエンザでもなくただの風邪だと言われた。診察代と薬代を払い、薬を受け取って再び車に乗り込むけど、まだ鈴夏は一言も龍大に向かって話せていなかった。
家に着いて、車のエンジンを止めた龍大は急いで降りて玄関へと向かった。その間鈴夏はシートベルトを外そうとするが、もうその動作すら面倒に感じる。
――風邪ってこんなに厄介だったんだ……。
鈴夏がそう思っていると、助手席のドアが勝手に開かれてシートベルトも取り払われた。呆気に取られていると、龍大の腕が腰と膝に差し込まれ、抱きかかえられていた。
「へっ?」
鈴夏は思わず気の抜けた声を出し、龍大の首にしがみついた。一緒に生活するようになって、あまり感じなくなっていた緊張感が全身に走る。龍大の厚くて硬い体にしがみついていると、なんだかホッとする。玄関のドアがドアストッパーで開け放たれていて、その中で降ろされそうになると、もっとこのままでいたくて必死で声を振り絞った。
「たっちゃん」
「ん?」
「酷いこと言って……ごめんなさい」
鈴夏がそう言った瞬間、目からは涙が勝手に溢れてきた。今日一日ずっと言いたかった言葉がやっと言えた。自分から突き放しておいて龍大がいないと何もできない今の自分が、大嫌いだ。そう思いながら、さらに龍大にぎゅっとしがみついた。
――自分自身がこんな目に遭わないと謝れないなんて、やっぱり私はバカだ……。
「俺も酷いことしたから」
「そんなことない」と言いたいのに、鈴夏は涙と風邪のせいで声が出てこなくて首を振ることしかできなかった。
「会社、行ってないの?」
昨日の夜、あんなかたちで突き放した龍大が、今鈴夏のことを心配そうな顔で覗き込んでいた。あまりに情けなくて恥ずかしくて、鈴夏はそっと毛布で顔を隠した。
――帰ってきてるってことは今たぶん15時くらい……。どうしよう、完全に寝すぎたし今は合わせる顔がないのに。
すると毛布の中に手が入ってきて、額に手のひらがあてられた。一瞬毛布を無理矢理剥がされるかもしれないと怖気づいたけど、その手のひらは少しひんやりしていて気持ちいい。
「熱あるじゃん」
龍大がそう言ったとき、鈴夏は観念して毛布を鼻のところまでは下げて頷いた。
「病院行こ。支度大変なら手伝うから」
毛布に包まれていたはずなのに、冷や汗が出て体の芯が冷えていく。でも、さすがにもう体が言うことを聞かなくてしんどい思いをしているのを、見過ごすわけにはいかなかった。このままじゃ何もできないし、龍大から逃げてる場合じゃないと、全然動いていない頭の直感が働いた。
龍大に支えてもらいながら重たい体を起き上げ、着替えるために2階まで戻った。その間も咳が鈴夏の体力を奪っていて、休んで回復したぶんを持って行く。2階の部屋は暖房がつけっぱなしになっていて、気温は暖かいのに電気代を無駄にしてしまったとまた鈴夏を落ち込ませた。
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龍大もさっき帰ったばっかりだから、もう出かける準備はできていて玄関で待ってくれていた。
「行ける?」
そう言われて鈴夏が頷くと、玄関には鈴夏のムートンブーツが真ん中に鎮座して揃えられていた。いつもは履かないから、龍大がわざわざ置いてくれたんだとすぐわかる。しかもブーツに足を入れて進みだすと、玄関のドアや車のドアを率先して開けてくれた。
車に乗ってから病院に着くまで、無言の時間が流れた。鈴夏が声を出すことすらツラいというのもあるが、何を話したらいいかわからない。いつもなら何も考えなくても会話ができるのに、今は必死に頭を動かしても何も言葉が出てこなかった。
病院で診察を受けると、インフルエンザでもなくただの風邪だと言われた。診察代と薬代を払い、薬を受け取って再び車に乗り込むけど、まだ鈴夏は一言も龍大に向かって話せていなかった。
家に着いて、車のエンジンを止めた龍大は急いで降りて玄関へと向かった。その間鈴夏はシートベルトを外そうとするが、もうその動作すら面倒に感じる。
――風邪ってこんなに厄介だったんだ……。
鈴夏がそう思っていると、助手席のドアが勝手に開かれてシートベルトも取り払われた。呆気に取られていると、龍大の腕が腰と膝に差し込まれ、抱きかかえられていた。
「へっ?」
鈴夏は思わず気の抜けた声を出し、龍大の首にしがみついた。一緒に生活するようになって、あまり感じなくなっていた緊張感が全身に走る。龍大の厚くて硬い体にしがみついていると、なんだかホッとする。玄関のドアがドアストッパーで開け放たれていて、その中で降ろされそうになると、もっとこのままでいたくて必死で声を振り絞った。
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「ん?」
「酷いこと言って……ごめんなさい」
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――自分自身がこんな目に遭わないと謝れないなんて、やっぱり私はバカだ……。
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