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もうそうしようホトトギス
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バチーン!!
熱く焼けた栗が織田部長の左頬にはじけ飛んだ。
火傷したところを水で冷やそうとすると蜂に刺された。外に出ようとしたら、牛の糞を踏んでぬるっと滑って転んだ。そこへ屋根の上から臼がどっしーんと落ちてきた。
「ぎゃふん!」
夜、ひとりベッドの中で妄想して俺は、ふふ、と笑っていた。
織田部長はめんどうな仕事を俺に押し付け、俺のやった仕事に難癖をつけた。まるで渋柿のような暴言を投げつけておきながら、その手柄を独り占めした。
やっつけた。
妄想だけでよかった。それだけなら誰も傷つかない。自分の正気を保つための、小さなガス抜きだった。誰にも侵されることのない、心の避難所だった。日々の理不尽を妄想でやり過ごし、メンタルの安定を図っていた。
何をしても責められ、黙っていても責められる。会社での織田部長の理不尽な仕打ちに、俺はいつも耐えていた。
「これ、急ぎだから明日までに仕上げといて」「明智おまえ、口答えする前に動けよ」「気が利かねえなあ、ほんとに。で、終わったの?」
織田部長は、パワハラとモラハラのハイブリッドだった。自分が勘違いしているだけなのに、俺がミスをしたと決めつけて聞く耳を持たず、一方的に暴言をぶつけてくることもある。
自分のミスが発覚すると、
「オレのミスをくいとめられなかったのは、おまえの責任だ」と逆ギレして俺のせいにする。
毎日のように一挙手一投足をあげつらい、暴言が延々と続く。
俺が怒鳴られていても、他の社員は見て見ぬふりをする。誰もが織田の怒りを買いたくないのだ。
俺が提案した企画が、なぜか織田部長の発案として社内に通されていた。手柄は上司のもの。
横暴で、専断的で、まるで悪魔みたいに俺を圧迫する人だった。
織田部長をぎゃふんと言わせてやりたい。失脚させたい。
だけど実行には移せない。そこまでしたくないし。
それよりは妄想で織田部長をやっつけて、嫌なことは忘れるほうがいい。
暴君織田をぎゃふんと言わせてやりたい。失脚させたい。
だが俺はそれを実行しない。ただ、思うだけだ。人は、思うだけなら罪にならないのだから。
今夜も、ひとりベッドの中で俺は、ふふ、と笑う。仕事の後の平和な聖域。
誰にも侵入しない、邪魔立てされない安堵感に浸れた。
「おまえ、夢とかやりたいこととかないのか?」
ある日、織田部長が言った。
「……はあ。ないこともないですけど」
「どっちなんだよ?」
「……あります」
「それで、夢の実現のために何かやってるのか?」
「これといって、特には……。っていうか、妄想しているほうが楽しいんで」
「妄想だって⁉ それでいいのかよ。情けないやつだな。思ってるだけじゃダメだろ。行動すべきだろ。
言っとくけどな、夢はな、実行してナンボなんだよ。行動しないやつは、負け組だ」
織田部長が手柄を横取りした企画を提案したのは俺ではないか。俺はいつだっていい仕事をしてきた。織田部長がそれを否定しているだけじゃないか。
「おまえほんとに、実行力ないよな。思い立ったら即実行だろう。行動が習慣になっていない。
おまえは森君みたいに行動が伴なってない。企画がよくても、実行に移せないんじゃダメなんだよ。
行動しないやつは、だからダメなんだよ。妄想してんじゃねえぞ。
すぐに取りかかれよ。思い切って、行動しろよ」
俺のほうが森君より仕事はできる。だけど、行動的に見える森君のほうが、評価されている。
仕事から帰り、妄想を楽しむ時間になった。
どう仕返ししてやろう。今夜は火攻めにし、火傷したところに辛子味噌を塗って、その後は泥舟に乗せておぼれさせてやろうか────。
だが、没入できない。
妄想を侵食する現実。
確かに俺は、実行力はない。仕事はできるのに思うような出世ができないのはそのせいかもしれない。
織田部長が失脚すればいいと思っていても、そのための行動を何もしていない。妄想しているだけだ。
実行力がないだの行動力がないだのと、とやかく言って俺を否定するばかりで、行動力をアップさせるにはどうしたらいいかアドバイスをするわけでもない。まあもっとも、アドバイスされても、やらないと思うけど。
ダメ出しばかりして、自信を失わせるだけの上司。自分だけが正しいと思っている織田部長に対する怒りが、わきあがってくる。
あの暴言、あの理不尽、あの卑怯……許せない。
織田部長が上司でいる限り、俺は浮かばれない。
俺の脳裏で、ふと考えが弾けた。
数週間後の月曜、織田部長は社内で突然の解任を告げられた。
不正経理の疑い、顧客との癒着、そして部下への継続的なパワハラ。 決定的な証拠を記した内部告発文書が、ある日、社長のもとに届いたのだ。
それは、綿密に時系列と証拠を揃え、第三者の証言まで添えられた「極めて説得力ある」資料だった。
俺は静かに準備を始め、実行した。
悪事を晒された織田部長は蒼白になりながら会議室を去った。
その日から彼の姿を、会社で見ることはなかった。
コンビニに昼食を買いに行くと、織田元部長がいた。
「……おまえ、やったのか?」
「何の話ですか?」
織田元部長は、口を開きかけて、閉じた。
「妄想してるだけでよかったんです。毎晩、あなたにどうやって制裁を加えるかを考えるだけで、心の平穏は保てたんです。
でも、あなたが言ったんですよ。『実行しろ』って。『行動しないやつはダメだ』って。
あなたをやっつける妄想するだけで満足だったんです。それなのにあなたは妄想する僕を否定し、実行することを強いた」
「……そんなつもりじゃなかった。まさか、おまえが……」
「妄想は僕にとって、誰にも侵されたくない心の避難所でした。聖域でした。でもあなたは、それに土足で踏み込んだんですよ。そして地雷を踏んでしまった。
あなたにはいなくなってもらうことにしました。もう、そうするしかない、という心境にまで追い込まれてしまいましたから」
織田元部長は黙って、ただ立ち続けていた。
熱く焼けた栗が織田部長の左頬にはじけ飛んだ。
火傷したところを水で冷やそうとすると蜂に刺された。外に出ようとしたら、牛の糞を踏んでぬるっと滑って転んだ。そこへ屋根の上から臼がどっしーんと落ちてきた。
「ぎゃふん!」
夜、ひとりベッドの中で妄想して俺は、ふふ、と笑っていた。
織田部長はめんどうな仕事を俺に押し付け、俺のやった仕事に難癖をつけた。まるで渋柿のような暴言を投げつけておきながら、その手柄を独り占めした。
やっつけた。
妄想だけでよかった。それだけなら誰も傷つかない。自分の正気を保つための、小さなガス抜きだった。誰にも侵されることのない、心の避難所だった。日々の理不尽を妄想でやり過ごし、メンタルの安定を図っていた。
何をしても責められ、黙っていても責められる。会社での織田部長の理不尽な仕打ちに、俺はいつも耐えていた。
「これ、急ぎだから明日までに仕上げといて」「明智おまえ、口答えする前に動けよ」「気が利かねえなあ、ほんとに。で、終わったの?」
織田部長は、パワハラとモラハラのハイブリッドだった。自分が勘違いしているだけなのに、俺がミスをしたと決めつけて聞く耳を持たず、一方的に暴言をぶつけてくることもある。
自分のミスが発覚すると、
「オレのミスをくいとめられなかったのは、おまえの責任だ」と逆ギレして俺のせいにする。
毎日のように一挙手一投足をあげつらい、暴言が延々と続く。
俺が怒鳴られていても、他の社員は見て見ぬふりをする。誰もが織田の怒りを買いたくないのだ。
俺が提案した企画が、なぜか織田部長の発案として社内に通されていた。手柄は上司のもの。
横暴で、専断的で、まるで悪魔みたいに俺を圧迫する人だった。
織田部長をぎゃふんと言わせてやりたい。失脚させたい。
だけど実行には移せない。そこまでしたくないし。
それよりは妄想で織田部長をやっつけて、嫌なことは忘れるほうがいい。
暴君織田をぎゃふんと言わせてやりたい。失脚させたい。
だが俺はそれを実行しない。ただ、思うだけだ。人は、思うだけなら罪にならないのだから。
今夜も、ひとりベッドの中で俺は、ふふ、と笑う。仕事の後の平和な聖域。
誰にも侵入しない、邪魔立てされない安堵感に浸れた。
「おまえ、夢とかやりたいこととかないのか?」
ある日、織田部長が言った。
「……はあ。ないこともないですけど」
「どっちなんだよ?」
「……あります」
「それで、夢の実現のために何かやってるのか?」
「これといって、特には……。っていうか、妄想しているほうが楽しいんで」
「妄想だって⁉ それでいいのかよ。情けないやつだな。思ってるだけじゃダメだろ。行動すべきだろ。
言っとくけどな、夢はな、実行してナンボなんだよ。行動しないやつは、負け組だ」
織田部長が手柄を横取りした企画を提案したのは俺ではないか。俺はいつだっていい仕事をしてきた。織田部長がそれを否定しているだけじゃないか。
「おまえほんとに、実行力ないよな。思い立ったら即実行だろう。行動が習慣になっていない。
おまえは森君みたいに行動が伴なってない。企画がよくても、実行に移せないんじゃダメなんだよ。
行動しないやつは、だからダメなんだよ。妄想してんじゃねえぞ。
すぐに取りかかれよ。思い切って、行動しろよ」
俺のほうが森君より仕事はできる。だけど、行動的に見える森君のほうが、評価されている。
仕事から帰り、妄想を楽しむ時間になった。
どう仕返ししてやろう。今夜は火攻めにし、火傷したところに辛子味噌を塗って、その後は泥舟に乗せておぼれさせてやろうか────。
だが、没入できない。
妄想を侵食する現実。
確かに俺は、実行力はない。仕事はできるのに思うような出世ができないのはそのせいかもしれない。
織田部長が失脚すればいいと思っていても、そのための行動を何もしていない。妄想しているだけだ。
実行力がないだの行動力がないだのと、とやかく言って俺を否定するばかりで、行動力をアップさせるにはどうしたらいいかアドバイスをするわけでもない。まあもっとも、アドバイスされても、やらないと思うけど。
ダメ出しばかりして、自信を失わせるだけの上司。自分だけが正しいと思っている織田部長に対する怒りが、わきあがってくる。
あの暴言、あの理不尽、あの卑怯……許せない。
織田部長が上司でいる限り、俺は浮かばれない。
俺の脳裏で、ふと考えが弾けた。
数週間後の月曜、織田部長は社内で突然の解任を告げられた。
不正経理の疑い、顧客との癒着、そして部下への継続的なパワハラ。 決定的な証拠を記した内部告発文書が、ある日、社長のもとに届いたのだ。
それは、綿密に時系列と証拠を揃え、第三者の証言まで添えられた「極めて説得力ある」資料だった。
俺は静かに準備を始め、実行した。
悪事を晒された織田部長は蒼白になりながら会議室を去った。
その日から彼の姿を、会社で見ることはなかった。
コンビニに昼食を買いに行くと、織田元部長がいた。
「……おまえ、やったのか?」
「何の話ですか?」
織田元部長は、口を開きかけて、閉じた。
「妄想してるだけでよかったんです。毎晩、あなたにどうやって制裁を加えるかを考えるだけで、心の平穏は保てたんです。
でも、あなたが言ったんですよ。『実行しろ』って。『行動しないやつはダメだ』って。
あなたをやっつける妄想するだけで満足だったんです。それなのにあなたは妄想する僕を否定し、実行することを強いた」
「……そんなつもりじゃなかった。まさか、おまえが……」
「妄想は僕にとって、誰にも侵されたくない心の避難所でした。聖域でした。でもあなたは、それに土足で踏み込んだんですよ。そして地雷を踏んでしまった。
あなたにはいなくなってもらうことにしました。もう、そうするしかない、という心境にまで追い込まれてしまいましたから」
織田元部長は黙って、ただ立ち続けていた。
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