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こんな人いました2 ひけらかし屋
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まだ50代の母が脳梗塞で倒れ入院している。私は病院と職場を往復する毎日だった。介護が必要になるかもしれない不安。
「久しぶりに、ごはん食べに行かない?」
同級生の洋子から電話が来た。
「今、母が入院してるから……」
断るつもりでそう言った。
「そうなんだ。でもそういう時こそ、気晴らししたほうがいいよ」
こっちの都合はお構いなしで、押し切られる感じで会うことにした。
約束の日、仕事を終え、母の病室に顔を出し、待ち合わせのファミリーレストランに向かった。病院と職場を往復するだけだった毎日に、変化があるのはいいかもしれない。
少し遅れると連絡があった洋子が来て夕食が始まる。
「この前象潟に行ってきたの」
「キサカタ? それってどこ?」
「秋田県よ。岩ガキがおいしかった。すごく大きいのよ。殻が手のひらくらい大きいの。レモン汁をかけて生でたくさん食べたの。ほんとおいしかった。
夕日が日本海に沈むのを眺めながら入る温泉も最高だった」
食事のあいだ洋子は、自分がいかに楽しい旅行をしたかをしゃべりどおしだった。
どちらかというと洋子は、旅行より物にお金を使うタイプで、逆に私は物より旅行にお金を使うほうだった。自由に使えるお金が30万円あったら、洋子なら旅行するよりブランド・バッグを買うだろう。でも私は海外旅行に行く。ブランド・バッグより、体験することや思い出づくりにお金を使うほうが好きだった。
私は旅行が好きだけど、今は旅行どころではない。そのことを知っているのに、自分が楽しい旅行をしたことを話す洋子。私がどう思うかなんてお構いなし。不快感を覚える。知らないほうがよかった。知らぬが仏だった。
悪気はなく、自分が楽しかったことを話しているだけなのかもしれない。旅行に行けない私のために、せめて旅行気分だけでも味わえるようにと話を聞かせてくれていると、受け止めたほうがいいのだろうか。
だけど話が全然面白くない。〈絵に描いた餅〉という言葉があるが、どんなにおいしい食べ物の話を聞かされても、心もお腹もおいしくない。
洋子は楽しい旅行ができたことが嬉しいのだろう。私もそのことを一緒に喜ぶべきなのかもしれない。喜べるチャンスをもらったと、感謝すべきなのかも。
でも無理。そういう気分にはなれなかった。デリカシーのなさを感じる。
洋子は、自分のうれしい話をよくするが、私にうれしいことがあっても喜んでくれる人ではなかった。
私は大人になってから趣味でクラシックバレエを始め、トウシューズを履いていいことになった時、洋子に話した。トウシューズを履けるようになるには長い道のりがあって、バレエをやっている人間にとっては嬉しいことだった。
だが無視され、別の話題を始められたことがあった。その時は、興味ないのだと思うことにしたが、残念だったし、いい気はしなかった。
結局、お土産を渡されることもなく、洋子のおしゃべりにつき合わされただけで、自分が食べた料理の代金を会計して帰った。
気晴らしになっただろうか。洋子の気晴らしに利用されただけの気がする。自分が言いたいことばかり話していた。話を聞いてほしかっただけでは。
ふと思った。お土産には妬みを鎮める効果があるのかもしれないと。幸せを独り占めしない、お福分けかもしれないと。
自分が楽しい旅行をしてきた話をした洋子。旅行に行けない私のために、土産話だけでもというつもりだったのか。でも幸せのお福分けとは思えない。私のひがみだろうか。
「親戚から食べきれないくらい、さんまもらったの~」「SNSで知り合った友達が、いっぱいりんごくれたの。毎晩食べてたら、太っちゃって大変」
洋子はよく、食べきれない食べ物がたくさんあって困ると言うことがあるが、お福分けとかおすそ分けとかする人ではなかった。
りんごもサンマも分け与える気がないのなら、言わなければいいのだ。なのになぜ言うのだろう。だから何なのだろう。分け与える気がないのに。いつもそうだ。うざい。
ああ、そうか。ひけらかしたいのだ。自慢したいんだ。自分が持っているものを。
一緒に旅行に行ってくれる友だちがいること。楽しい時間を共有できる友だち。物を送ってくれる友だち。送られたりんご。サンマを送ってくれる親戚がいること。その他諸々。
人には「与える人」と「奪う人」の二種類あるらしい。だが、洋子は「与えない人」のような気がする。確かに私から時間を「奪う人」ではあるが。
自分の持っているものをひけらかすようなことを言うが、分けることはない。
祖母は独り占めを許さない厳しい人だった。私は四人兄弟の長女で、分けることが当たり前で育ってきた。一人っ子の洋子は、自分が手にしたものは全て自分のものだし、分ける相手もいなかった。
祖母の娘の叔母は、都会のデパートに勤めていて、帰省の度に素敵なものをプレゼントしてくれた。小学生の頃はよくそれを学校に持っていって、同級生の女子たちに分けてあげた。
1年生の時に、叔母からもらったぬりえを学校に2冊持っていったことがあったのを思い出した。みんなが塗りたがった。快く塗らせた。回収しようとして探したら、なぜか洋子のランドセルの中に入っていたのが見えた。持って帰るつもりだったのだろうか。
大人になった洋子は、ブランド品のバッグや服を増やすことを楽しんでいる。
人に分け与えるのはいいことだけど、持っているものを分けてくれないからと、不快に思うのはあさましいし、お門違いなのはわかっている。だけど、与える気がないなら、言うことはないと思う。知らぬが仏なのだから。
私が旅行どころではないのに、洋子が出かけているのが不快なのではない。わざわざひけらかしてほしくはないのだ。
ヴェネチアのサンマルコ広場は仮装した人でいっぱいだった。2月というのに、寒くない。ジェラートの冷たさが心地よい。
旅行はいい。ブランド・バッグのように形には残らないが、心の栄養になる。心が満たされる。
母が退院しリハビリの経過もいい。また旅行できるようになった。ありがたい。
この幸せのお福分けに、お土産を持ち帰ろう。職場の飯田さんにはしぼりたてのオリーブオイル、バレエ仲間のみんなにはバッチのチョコレート、それから……。
洋子のお土産はない。旅行のことも言わない。
大変な思いをしていた私に、自分の幸せをひけらかした洋子とは、今は距離を置いている。
「久しぶりに、ごはん食べに行かない?」
同級生の洋子から電話が来た。
「今、母が入院してるから……」
断るつもりでそう言った。
「そうなんだ。でもそういう時こそ、気晴らししたほうがいいよ」
こっちの都合はお構いなしで、押し切られる感じで会うことにした。
約束の日、仕事を終え、母の病室に顔を出し、待ち合わせのファミリーレストランに向かった。病院と職場を往復するだけだった毎日に、変化があるのはいいかもしれない。
少し遅れると連絡があった洋子が来て夕食が始まる。
「この前象潟に行ってきたの」
「キサカタ? それってどこ?」
「秋田県よ。岩ガキがおいしかった。すごく大きいのよ。殻が手のひらくらい大きいの。レモン汁をかけて生でたくさん食べたの。ほんとおいしかった。
夕日が日本海に沈むのを眺めながら入る温泉も最高だった」
食事のあいだ洋子は、自分がいかに楽しい旅行をしたかをしゃべりどおしだった。
どちらかというと洋子は、旅行より物にお金を使うタイプで、逆に私は物より旅行にお金を使うほうだった。自由に使えるお金が30万円あったら、洋子なら旅行するよりブランド・バッグを買うだろう。でも私は海外旅行に行く。ブランド・バッグより、体験することや思い出づくりにお金を使うほうが好きだった。
私は旅行が好きだけど、今は旅行どころではない。そのことを知っているのに、自分が楽しい旅行をしたことを話す洋子。私がどう思うかなんてお構いなし。不快感を覚える。知らないほうがよかった。知らぬが仏だった。
悪気はなく、自分が楽しかったことを話しているだけなのかもしれない。旅行に行けない私のために、せめて旅行気分だけでも味わえるようにと話を聞かせてくれていると、受け止めたほうがいいのだろうか。
だけど話が全然面白くない。〈絵に描いた餅〉という言葉があるが、どんなにおいしい食べ物の話を聞かされても、心もお腹もおいしくない。
洋子は楽しい旅行ができたことが嬉しいのだろう。私もそのことを一緒に喜ぶべきなのかもしれない。喜べるチャンスをもらったと、感謝すべきなのかも。
でも無理。そういう気分にはなれなかった。デリカシーのなさを感じる。
洋子は、自分のうれしい話をよくするが、私にうれしいことがあっても喜んでくれる人ではなかった。
私は大人になってから趣味でクラシックバレエを始め、トウシューズを履いていいことになった時、洋子に話した。トウシューズを履けるようになるには長い道のりがあって、バレエをやっている人間にとっては嬉しいことだった。
だが無視され、別の話題を始められたことがあった。その時は、興味ないのだと思うことにしたが、残念だったし、いい気はしなかった。
結局、お土産を渡されることもなく、洋子のおしゃべりにつき合わされただけで、自分が食べた料理の代金を会計して帰った。
気晴らしになっただろうか。洋子の気晴らしに利用されただけの気がする。自分が言いたいことばかり話していた。話を聞いてほしかっただけでは。
ふと思った。お土産には妬みを鎮める効果があるのかもしれないと。幸せを独り占めしない、お福分けかもしれないと。
自分が楽しい旅行をしてきた話をした洋子。旅行に行けない私のために、土産話だけでもというつもりだったのか。でも幸せのお福分けとは思えない。私のひがみだろうか。
「親戚から食べきれないくらい、さんまもらったの~」「SNSで知り合った友達が、いっぱいりんごくれたの。毎晩食べてたら、太っちゃって大変」
洋子はよく、食べきれない食べ物がたくさんあって困ると言うことがあるが、お福分けとかおすそ分けとかする人ではなかった。
りんごもサンマも分け与える気がないのなら、言わなければいいのだ。なのになぜ言うのだろう。だから何なのだろう。分け与える気がないのに。いつもそうだ。うざい。
ああ、そうか。ひけらかしたいのだ。自慢したいんだ。自分が持っているものを。
一緒に旅行に行ってくれる友だちがいること。楽しい時間を共有できる友だち。物を送ってくれる友だち。送られたりんご。サンマを送ってくれる親戚がいること。その他諸々。
人には「与える人」と「奪う人」の二種類あるらしい。だが、洋子は「与えない人」のような気がする。確かに私から時間を「奪う人」ではあるが。
自分の持っているものをひけらかすようなことを言うが、分けることはない。
祖母は独り占めを許さない厳しい人だった。私は四人兄弟の長女で、分けることが当たり前で育ってきた。一人っ子の洋子は、自分が手にしたものは全て自分のものだし、分ける相手もいなかった。
祖母の娘の叔母は、都会のデパートに勤めていて、帰省の度に素敵なものをプレゼントしてくれた。小学生の頃はよくそれを学校に持っていって、同級生の女子たちに分けてあげた。
1年生の時に、叔母からもらったぬりえを学校に2冊持っていったことがあったのを思い出した。みんなが塗りたがった。快く塗らせた。回収しようとして探したら、なぜか洋子のランドセルの中に入っていたのが見えた。持って帰るつもりだったのだろうか。
大人になった洋子は、ブランド品のバッグや服を増やすことを楽しんでいる。
人に分け与えるのはいいことだけど、持っているものを分けてくれないからと、不快に思うのはあさましいし、お門違いなのはわかっている。だけど、与える気がないなら、言うことはないと思う。知らぬが仏なのだから。
私が旅行どころではないのに、洋子が出かけているのが不快なのではない。わざわざひけらかしてほしくはないのだ。
ヴェネチアのサンマルコ広場は仮装した人でいっぱいだった。2月というのに、寒くない。ジェラートの冷たさが心地よい。
旅行はいい。ブランド・バッグのように形には残らないが、心の栄養になる。心が満たされる。
母が退院しリハビリの経過もいい。また旅行できるようになった。ありがたい。
この幸せのお福分けに、お土産を持ち帰ろう。職場の飯田さんにはしぼりたてのオリーブオイル、バレエ仲間のみんなにはバッチのチョコレート、それから……。
洋子のお土産はない。旅行のことも言わない。
大変な思いをしていた私に、自分の幸せをひけらかした洋子とは、今は距離を置いている。
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