こんな人いました2 ひけらかし屋

真田奈依

文字の大きさ
1 / 1

こんな人いました2 ひけらかし屋

しおりを挟む
 まだ50代の母が脳梗塞で倒れ入院している。私は病院と職場を往復する毎日だった。介護が必要になるかもしれない不安。
「久しぶりに、ごはん食べに行かない?」
 同級生の洋子から電話が来た。
「今、母が入院してるから……」
 断るつもりでそう言った。
「そうなんだ。でもそういう時こそ、気晴らししたほうがいいよ」
 こっちの都合はお構いなしで、押し切られる感じで会うことにした。

 約束の日、仕事を終え、母の病室に顔を出し、待ち合わせのファミリーレストランに向かった。病院と職場を往復するだけだった毎日に、変化があるのはいいかもしれない。
 少し遅れると連絡があった洋子が来て夕食が始まる。
「この前象潟きさかたに行ってきたの」
「キサカタ? それってどこ?」
「秋田県よ。岩ガキがおいしかった。すごく大きいのよ。殻が手のひらくらい大きいの。レモン汁をかけて生でたくさん食べたの。ほんとおいしかった。
 夕日が日本海に沈むのを眺めながら入る温泉も最高だった」
 食事のあいだ洋子は、自分がいかに楽しい旅行をしたかをしゃべりどおしだった。

 どちらかというと洋子は、旅行より物にお金を使うタイプで、逆に私は物より旅行にお金を使うほうだった。自由に使えるお金が30万円あったら、洋子なら旅行するよりブランド・バッグを買うだろう。でも私は海外旅行に行く。ブランド・バッグより、体験することや思い出づくりにお金を使うほうが好きだった。
 私は旅行が好きだけど、今は旅行どころではない。そのことを知っているのに、自分が楽しい旅行をしたことを話す洋子。私がどう思うかなんてお構いなし。不快感を覚える。知らないほうがよかった。知らぬが仏だった。
 悪気はなく、自分が楽しかったことを話しているだけなのかもしれない。旅行に行けない私のために、せめて旅行気分だけでも味わえるようにと話を聞かせてくれていると、受け止めたほうがいいのだろうか。
 だけど話が全然面白くない。〈絵に描いた餅〉という言葉があるが、どんなにおいしい食べ物の話を聞かされても、心もお腹もおいしくない。
 洋子は楽しい旅行ができたことが嬉しいのだろう。私もそのことを一緒に喜ぶべきなのかもしれない。喜べるチャンスをもらったと、感謝すべきなのかも。
 でも無理。そういう気分にはなれなかった。デリカシーのなさを感じる。

 洋子は、自分のうれしい話をよくするが、私にうれしいことがあっても喜んでくれる人ではなかった。
 私は大人になってから趣味でクラシックバレエを始め、トウシューズを履いていいことになった時、洋子に話した。トウシューズを履けるようになるには長い道のりがあって、バレエをやっている人間にとっては嬉しいことだった。
 だが無視され、別の話題を始められたことがあった。その時は、興味ないのだと思うことにしたが、残念だったし、いい気はしなかった。
 
 結局、お土産みやげを渡されることもなく、洋子のおしゃべりにつき合わされただけで、自分が食べた料理の代金を会計して帰った。
 気晴らしになっただろうか。洋子の気晴らしに利用されただけの気がする。自分が言いたいことばかり話していた。話を聞いてほしかっただけでは。
 ふと思った。お土産には妬みを鎮める効果があるのかもしれないと。幸せを独り占めしない、お福分けかもしれないと。
 自分が楽しい旅行をしてきた話をした洋子。旅行に行けない私のために、土産話だけでもというつもりだったのか。でも幸せのお福分けとは思えない。私のひがみだろうか。

「親戚から食べきれないくらい、さんまもらったの~」「SNSで知り合った友達が、いっぱいりんごくれたの。毎晩食べてたら、太っちゃって大変」
 洋子はよく、食べきれない食べ物がたくさんあって困ると言うことがあるが、お福分けとかおすそ分けとかする人ではなかった。
 りんごもサンマも分け与える気がないのなら、言わなければいいのだ。なのになぜ言うのだろう。だから何なのだろう。分け与える気がないのに。いつもそうだ。うざい。
 

 ああ、そうか。ひけらかしたいのだ。自慢したいんだ。自分が持っているものを。
 一緒に旅行に行ってくれる友だちがいること。楽しい時間を共有できる友だち。物を送ってくれる友だち。送られたりんご。サンマを送ってくれる親戚がいること。その他諸々。
 人には「与える人」と「奪う人」の二種類あるらしい。だが、洋子は「与えない人」のような気がする。確かに私から時間を「奪う人」ではあるが。
 自分の持っているものをひけらかすようなことを言うが、分けることはない。

 祖母は独り占めを許さない厳しい人だった。私は四人兄弟の長女で、分けることが当たり前で育ってきた。一人っ子の洋子は、自分が手にしたものは全て自分のものだし、分ける相手もいなかった。
 祖母の娘の叔母は、都会のデパートに勤めていて、帰省の度に素敵なものをプレゼントしてくれた。小学生の頃はよくそれを学校に持っていって、同級生の女子たちに分けてあげた。
 1年生の時に、叔母からもらったぬりえを学校に2冊持っていったことがあったのを思い出した。みんなが塗りたがった。快く塗らせた。回収しようとして探したら、なぜか洋子のランドセルの中に入っていたのが見えた。持って帰るつもりだったのだろうか。
 大人になった洋子は、ブランド品のバッグや服を増やすことを楽しんでいる。

 人に分け与えるのはいいことだけど、持っているものを分けてくれないからと、不快に思うのはあさましいし、お門違いなのはわかっている。だけど、与える気がないなら、言うことはないと思う。知らぬが仏なのだから。
 私が旅行どころではないのに、洋子が出かけているのが不快なのではない。わざわざひけらかしてほしくはないのだ。

 




 ヴェネチアのサンマルコ広場は仮装した人でいっぱいだった。2月というのに、寒くない。ジェラートの冷たさが心地よい。
 旅行はいい。ブランド・バッグのように形には残らないが、心の栄養になる。心が満たされる。
 母が退院しリハビリの経過もいい。また旅行できるようになった。ありがたい。
 この幸せのお福分けに、お土産を持ち帰ろう。職場の飯田さんにはしぼりたてのオリーブオイル、バレエ仲間のみんなにはバッチのチョコレート、それから……。


 洋子のお土産はない。旅行のことも言わない。
 大変な思いをしていた私に、自分の幸せをひけらかした洋子とは、今は距離を置いている。



しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

婚約者の番

ありがとうございました。さようなら
恋愛
私の婚約者は、獅子の獣人だ。 大切にされる日々を過ごして、私はある日1番恐れていた事が起こってしまった。 「彼を譲ってくれない?」 とうとう彼の番が現れてしまった。

処理中です...