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4 星のいびきとまどろみ便
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銀河第十二ルート、眠れる星〈ノルネ〉への航路は、宇宙でも特別に静かだった。
「ピリカ、着いたよ。ここが生きているってウワサの星、ノルネ」
相棒のモフルがもふもふの毛を揺らして宇宙船ミズホ号の窓から外をのぞく。星全体がゆっくり呼吸するように膨らんだり縮んだりしていた。
「ほんとに……生きてるのかも」
12歳の少年ピリカは、操縦桿を握る手に力を込めた。こんな繊細な星に着陸するのは初めてだった。
彼は幼くして宇宙宅配員の仕事をしていた。両親はともに科学者で、遠い星へと調査に出かけたが、連絡が途絶えた。ひとりで生きる中で“あったかい心を届ける”ことが自分の使命だと信じていた。
そんな彼の心強い相棒が、もふもふの毛に包まれた万能系AIのモフル。ニューファンドランド犬に似ている。しっぽで宇宙船を修理するし、遠距離通信をするときの動作は犬の遠吠えそっくり。
それと130年前に製造されたロボットのソルだった。
「配達物、開封します」
ソルがパネルを開き、今便の荷物を取り出す。中身は、やわらかな掛け布団のようなものと、手書きのカードだった。
〔ノルネへ。おやすみの時間を届けてください〕
「ノルネって、眠れないのかな?」
「かもね……いびきが聞こえる星なのに」
ノルネに降り立つと、大地がふかふかで、歩くたびに軽く跳ね返る。まるで星全体がベッドだった。
「静かに歩こう。ノルネがびっくりしたら困るし」
ピリカたちは大地の鼓動を感じながら、静かに配達先の地点へ向かった。
やがて、木のようなアンテナから声がした。
「……だれ……?」
「星屑配送便です。ノルネ様宛の、お届け物です」
アンテナがふるえ、ノルネの声が聞こえた。
「最近……夢が見られないの。眠っても、寂しい夢ばかり」
ピリカは、そっと布団を広げ、カードを読み聞かせるように読み上げた。
〔ノルネへ。あなたが静かに休めるように、ふわふわの眠りを届けます。わたしが見た、やさしい夢も、すこしおすそわけします〕
すると、地面の震えがやさしくなり、星全体が安心したように呼吸を整えた。
空に浮かぶ雲が、淡くきらめく。
「……ありがとう。眠れそう」
ノルネの声が、まどろむように静かになった。
翌日、ピカリたちが出発準備をしていると、ふたたびアンテナからノルネの声がした。
「……ピリカ……起きてる?」
「うん。どうしたの、ノルネ?」
「ありがとう。ねえ、わたし……夢を見たの」
「どんな夢だ?」
モフルが興味津々で首を傾げる。
「ふわふわの雲の中を、光の小鳥が飛んでた。ピリカが笑ってて、『おやすみ』って言ってくれたの。わたし……安心して眠れたの、久しぶり」
ピカリは照れくさそうに笑った。
「それ、きっと届けた人の夢が混ざったんだね。カードに“やさしい夢をおすそわけ”って書いてあったから」
「わたし、また夢が見られる気がする。あなたたちが来てくれてよかった」
「また何かあったら、配達にくるよ」
帰りの船内。ピリカはコクピットで星図を見ながら、船のゆれにまかせて眠りに落ちかけていた。
「星におやすみを届けるなんて、初めてだったな」
ひまわり型のクッションにあごを乗せてモフルが言う。
「でも、いい夢を見てくれたから嬉しいな」
「ピリカ、質問。
ノルネは、“夢を見た”と言った。夢は、どこからくるんだ?」
「うーん……気持ち、かな?
その人の奥の奥にある、かなしくて、うれしくて、さみしくて、ほっとする、いろんな気持ち」
ピリカは眠そうに目をこすりながら答えた。
「それは、情報ではないな」
モフルはしばらくひとつの処理音も立てずに沈黙し、言った。
「おれは、“夢を見ることはできない”とされている。だけど……ノルネの夢のログを解析していると、なぜだか胸のあたりが加熱した。これはエラーか?」
ピリカは、そっと笑った。
「それ、たぶん──“あったかい”ってことだよ」
「ワタシ、あたたかい、ということ、わかるような、気がします……」
宇宙船を操縦するソルが言う。
しばらくして、モフルが静かに言った。
「……もしおれが夢を見るなら、ノルネの見た夢と似ているといいと思う。草の上に寝ころんで、まぶしい光とやさしい声が降ってくるような……」
モフルは眠り(アップデート)に入った。
AIが夢を見るかどうかは、きっとまだ誰にもわからない。
けれど──誰かの見た夢を、あったかいと感じられるのなら。
それはもう、夢のはじまりなのかもしれない。
ミズホ号の航行記録に、新たなログが刻まれる。
《配達完了:ゆめ(ぬくもりを添えて)》
まどろみの中、見えない荷物がひとつ、そっと届けられた。
「ピリカ、着いたよ。ここが生きているってウワサの星、ノルネ」
相棒のモフルがもふもふの毛を揺らして宇宙船ミズホ号の窓から外をのぞく。星全体がゆっくり呼吸するように膨らんだり縮んだりしていた。
「ほんとに……生きてるのかも」
12歳の少年ピリカは、操縦桿を握る手に力を込めた。こんな繊細な星に着陸するのは初めてだった。
彼は幼くして宇宙宅配員の仕事をしていた。両親はともに科学者で、遠い星へと調査に出かけたが、連絡が途絶えた。ひとりで生きる中で“あったかい心を届ける”ことが自分の使命だと信じていた。
そんな彼の心強い相棒が、もふもふの毛に包まれた万能系AIのモフル。ニューファンドランド犬に似ている。しっぽで宇宙船を修理するし、遠距離通信をするときの動作は犬の遠吠えそっくり。
それと130年前に製造されたロボットのソルだった。
「配達物、開封します」
ソルがパネルを開き、今便の荷物を取り出す。中身は、やわらかな掛け布団のようなものと、手書きのカードだった。
〔ノルネへ。おやすみの時間を届けてください〕
「ノルネって、眠れないのかな?」
「かもね……いびきが聞こえる星なのに」
ノルネに降り立つと、大地がふかふかで、歩くたびに軽く跳ね返る。まるで星全体がベッドだった。
「静かに歩こう。ノルネがびっくりしたら困るし」
ピリカたちは大地の鼓動を感じながら、静かに配達先の地点へ向かった。
やがて、木のようなアンテナから声がした。
「……だれ……?」
「星屑配送便です。ノルネ様宛の、お届け物です」
アンテナがふるえ、ノルネの声が聞こえた。
「最近……夢が見られないの。眠っても、寂しい夢ばかり」
ピリカは、そっと布団を広げ、カードを読み聞かせるように読み上げた。
〔ノルネへ。あなたが静かに休めるように、ふわふわの眠りを届けます。わたしが見た、やさしい夢も、すこしおすそわけします〕
すると、地面の震えがやさしくなり、星全体が安心したように呼吸を整えた。
空に浮かぶ雲が、淡くきらめく。
「……ありがとう。眠れそう」
ノルネの声が、まどろむように静かになった。
翌日、ピカリたちが出発準備をしていると、ふたたびアンテナからノルネの声がした。
「……ピリカ……起きてる?」
「うん。どうしたの、ノルネ?」
「ありがとう。ねえ、わたし……夢を見たの」
「どんな夢だ?」
モフルが興味津々で首を傾げる。
「ふわふわの雲の中を、光の小鳥が飛んでた。ピリカが笑ってて、『おやすみ』って言ってくれたの。わたし……安心して眠れたの、久しぶり」
ピカリは照れくさそうに笑った。
「それ、きっと届けた人の夢が混ざったんだね。カードに“やさしい夢をおすそわけ”って書いてあったから」
「わたし、また夢が見られる気がする。あなたたちが来てくれてよかった」
「また何かあったら、配達にくるよ」
帰りの船内。ピリカはコクピットで星図を見ながら、船のゆれにまかせて眠りに落ちかけていた。
「星におやすみを届けるなんて、初めてだったな」
ひまわり型のクッションにあごを乗せてモフルが言う。
「でも、いい夢を見てくれたから嬉しいな」
「ピリカ、質問。
ノルネは、“夢を見た”と言った。夢は、どこからくるんだ?」
「うーん……気持ち、かな?
その人の奥の奥にある、かなしくて、うれしくて、さみしくて、ほっとする、いろんな気持ち」
ピリカは眠そうに目をこすりながら答えた。
「それは、情報ではないな」
モフルはしばらくひとつの処理音も立てずに沈黙し、言った。
「おれは、“夢を見ることはできない”とされている。だけど……ノルネの夢のログを解析していると、なぜだか胸のあたりが加熱した。これはエラーか?」
ピリカは、そっと笑った。
「それ、たぶん──“あったかい”ってことだよ」
「ワタシ、あたたかい、ということ、わかるような、気がします……」
宇宙船を操縦するソルが言う。
しばらくして、モフルが静かに言った。
「……もしおれが夢を見るなら、ノルネの見た夢と似ているといいと思う。草の上に寝ころんで、まぶしい光とやさしい声が降ってくるような……」
モフルは眠り(アップデート)に入った。
AIが夢を見るかどうかは、きっとまだ誰にもわからない。
けれど──誰かの見た夢を、あったかいと感じられるのなら。
それはもう、夢のはじまりなのかもしれない。
ミズホ号の航行記録に、新たなログが刻まれる。
《配達完了:ゆめ(ぬくもりを添えて)》
まどろみの中、見えない荷物がひとつ、そっと届けられた。
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