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9 さかさまの影とまっすぐな届け物
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「……あれ? 影がこっちに先に行っちゃった」
惑星〈シュヴァルツ〉に降り立ったピリカは、自分の影が太陽とは逆方向に動き出すのを見て、思わず足を止めた。
ここでは、すべての影が自分の動きに反して進む。
進めば後ろに、止まればくるくると勝手に踊り出す。
まるで、誰かが心の奥をからかってくるような、不思議な星だった。
この星での配達品は、「小さい箱」。
受取人は“影と心が重ならない病”に悩む少女、リュナ。
「ここの影って、ぜんぶ気まぐれでしょ。わたしの心もそうなの。
悲しいときに笑って、楽しいときに泣いちゃう。だから、影と気が合わないの」
リュナは、影に手を振ってみせるが、影はそっぽを向いてぴょんと跳ねた。
「もう、ひとりぼっちの気分になっちゃう」
そのとき、影の動きをじっと観察していたモフルがぽつりと言った。
「モフ……たぶん、リュナの影は、リュナのこと、すごく見てるモフ」
「え?」
「リュナが笑おうとすると、影はさきに泣くモフ。
リュナが強がると、影はそのぶんだけ、もっと心配そうになるモフ。
逆に動くんじゃなくて、“本音の気持ち”が影になってるんじゃないモフ?」
リュナははっとして、自分の影を見た。
たしかに、心に秘めていた涙が、影の輪郭にちらりとにじんでいた。
そのとき、ピリカがそっと配達品の箱を渡した。
開けると中には、小さな懐中電灯。
ただの光ではなく、照らすと“本当の心の影”が浮かび上がる、不思議な道具だった。
それは、差出人だった祖母が、リュナのために残した“心の明かり”だった。
リュナはかつて、祖母とこの星で二人で暮らしていた。
祖母は口癖のように「心に明かりがあれば、影もやさしくなるのよ」と言っていた。
今回の届け物は、祖母が生前に注文していたもので──亡くなった後に、リュナに届くよう、ピリカたちのもとへ依頼されたものだった。
同梱されていたホログラムを通して映し出されたのは、祖母の優しい姿だった。
「リュナ、影は自分を責めるものじゃないよ。悲しいときも、嬉しいときも、影はずっと、あなたのそばにいる。
ねえ、笑ってごらん──。影も、いっしょに笑うから。」
夜、リュナが光を当てると、影はゆっくりと彼女のそばに寄り添ってきた。
「さびしかったね」
「……うん、わたし、ほんとは泣きたかったのかも」
影がまっすぐに重なり、初めて心と影がひとつになった。
その様子をそっと見届けて、ピリカたちはミズホ号へ戻った。
ミズホ号の居住スペースでは、ちゃぶ台の上にフルーツゼリーが並んでいた。
「影って、見えない気持ちが形になるみたいで、不思議モフ」
モフルはゼリーの中の果実を見つめながら言った。
ピリカはゼリーのスプーンを止めて、ふと思った。
「……たぶん、ぼくらも、それぞれ影を持ってるんだよ。でも……今は、それが重なって、ちゃぶ台の下で丸くなってる」
「影が、さかさまでも、想いを、まっすぐ届ければ、心はちゃんと、通じましたね」
ソルが言った。
《配達完了:ともしび(さかさまの影と、ほんとうの気持ちつき)》
まっすぐな光が、ゆらゆら揺れる心の影を、そっと抱きしめてくれた。
惑星〈シュヴァルツ〉に降り立ったピリカは、自分の影が太陽とは逆方向に動き出すのを見て、思わず足を止めた。
ここでは、すべての影が自分の動きに反して進む。
進めば後ろに、止まればくるくると勝手に踊り出す。
まるで、誰かが心の奥をからかってくるような、不思議な星だった。
この星での配達品は、「小さい箱」。
受取人は“影と心が重ならない病”に悩む少女、リュナ。
「ここの影って、ぜんぶ気まぐれでしょ。わたしの心もそうなの。
悲しいときに笑って、楽しいときに泣いちゃう。だから、影と気が合わないの」
リュナは、影に手を振ってみせるが、影はそっぽを向いてぴょんと跳ねた。
「もう、ひとりぼっちの気分になっちゃう」
そのとき、影の動きをじっと観察していたモフルがぽつりと言った。
「モフ……たぶん、リュナの影は、リュナのこと、すごく見てるモフ」
「え?」
「リュナが笑おうとすると、影はさきに泣くモフ。
リュナが強がると、影はそのぶんだけ、もっと心配そうになるモフ。
逆に動くんじゃなくて、“本音の気持ち”が影になってるんじゃないモフ?」
リュナははっとして、自分の影を見た。
たしかに、心に秘めていた涙が、影の輪郭にちらりとにじんでいた。
そのとき、ピリカがそっと配達品の箱を渡した。
開けると中には、小さな懐中電灯。
ただの光ではなく、照らすと“本当の心の影”が浮かび上がる、不思議な道具だった。
それは、差出人だった祖母が、リュナのために残した“心の明かり”だった。
リュナはかつて、祖母とこの星で二人で暮らしていた。
祖母は口癖のように「心に明かりがあれば、影もやさしくなるのよ」と言っていた。
今回の届け物は、祖母が生前に注文していたもので──亡くなった後に、リュナに届くよう、ピリカたちのもとへ依頼されたものだった。
同梱されていたホログラムを通して映し出されたのは、祖母の優しい姿だった。
「リュナ、影は自分を責めるものじゃないよ。悲しいときも、嬉しいときも、影はずっと、あなたのそばにいる。
ねえ、笑ってごらん──。影も、いっしょに笑うから。」
夜、リュナが光を当てると、影はゆっくりと彼女のそばに寄り添ってきた。
「さびしかったね」
「……うん、わたし、ほんとは泣きたかったのかも」
影がまっすぐに重なり、初めて心と影がひとつになった。
その様子をそっと見届けて、ピリカたちはミズホ号へ戻った。
ミズホ号の居住スペースでは、ちゃぶ台の上にフルーツゼリーが並んでいた。
「影って、見えない気持ちが形になるみたいで、不思議モフ」
モフルはゼリーの中の果実を見つめながら言った。
ピリカはゼリーのスプーンを止めて、ふと思った。
「……たぶん、ぼくらも、それぞれ影を持ってるんだよ。でも……今は、それが重なって、ちゃぶ台の下で丸くなってる」
「影が、さかさまでも、想いを、まっすぐ届ければ、心はちゃんと、通じましたね」
ソルが言った。
《配達完了:ともしび(さかさまの影と、ほんとうの気持ちつき)》
まっすぐな光が、ゆらゆら揺れる心の影を、そっと抱きしめてくれた。
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