星屑宅配便 ~あったかいもの、お届けします~

真田奈依

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11 恋人に届けるスケッチブック

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 ミズホ号が舞い降りたのは、山と湖に囲まれた静かな星だった。気温はやや低め。澄んだ空気の中、宇宙宅配員の少年・ピリカは、少しだけスーツの襟元を直していた。
「今回は、地表に降りてから、徒歩です。森の小径を通って、湖の向こうの、アトリエへ」
 ソルが航行ログを確認しながら言った。
「ふむ。いい散歩になるな」
 ニューファンドランド犬そっくりのもふもふAIのモフルが、大きな足でずんずんと歩き出す。
 届ける荷物は、茶色の革紐でとじられたスケッチブック。厚みのある紙がたっぷり綴じられていて、きっとたくさんの絵や想いが詰まっているのだろう。
 依頼主はスミレという女性。受取人は、恋人のミーシャ。この星を旅立ち、今は宇宙を回りながら各地の風景を描いているという若き画家だった。
「届け先は、ミーシャさんが、かつて暮らしていた、アトリエです。しばらく、帰っていない、はずですが……」
 ソルの言葉に、ピリカは首を傾げた。
「じゃあ、どうしてそこに送るの?」
「スミレさん曰く、きっと、戻ってくると信じて、とのことです」
「……うん」

 森の中を抜けると、小さな丘の上に赤い屋根のアトリエが見えた。壁にはつたが這い、窓には白いカーテン。もう何年も誰も住んでいないような静けさ。
 だが、扉の前まで来たとき、不意に中から足音がした。
「だれ?」
 扉を開けたのは、灰色のマントを羽織った青年だった。肩にスケッチブックを提げ、絵筆を耳に差している。
「宇宙宅配便です!」ピリカが声をはりあげる。
「ミーシャさん、ですね?」とソル。
ピリカは大事そうに包を差し出した。
「……僕に?」
「依頼主は、スミレさんです」
 ミーシャは驚いたように受け取ると、その場で紐をほどいた。中には、一冊のスケッチブック。開いて最初のページに、スミレの文字でこう書かれていた。
「旅の続きを、あなたと描きたい。これが、私の“またね”です。」
 ページをめくると、そこには小さな町の風景、雨の路地、カフェの店先、二人で過ごした日々が水彩で描かれていた。どの絵にも、スミレのやさしい眼差しがあった。
 ミーシャの目に光がにじんだ。
「彼女、ここに届けるように言ったんですね……」
「はい。『きっと、ミーシャはこのアトリエに戻ってくる』って」
 ピリカはまっすぐな目で言った。
 ミーシャは小さく笑った。
「……その通りだったよ」
 彼は絵筆を握ったまま窓辺に歩いていった。そして、スミレのスケッチブックの隣に、自分のそれを広げた。
「今日からここで描く。今度は僕が、彼女に絵を送ろう」
「届くといいですね」
 ピリカが言うと、ミーシャは力強くうなずいた。

 ミーシャはしばらく空を見つめていたが、ふいにくるりと振り返った。
「君たちに、何かお礼をしたい。ちょっとだけ、時間をもらえるかな」
 ピリカがきょとんとする横で、モフルはふさふさの耳をぴんと立てた。
「おやつ……ですか?」
「ちがうちがう。ちょっと、そこでじっとしてて」

 ミーシャはマントを脱ぐと、自分のスケッチブックを手に取り、鉛筆を一本くるくる回し、さらりと紙の上に走らせ始めた。その手つきは迷いがなく、まるで風景の一部をすくい取るかのように軽やかだった。
 最初に描かれたのは、ブリキのボディのソル。機械的な造形と、その目に宿る知性まで繊細に描かれていた。
 次は、もふもふの体毛とたっぷりの表情を持つモフル。鼻の先がほんの少し湿っていて、舌をぺろりと出す瞬間まで見事にとらえている。
 最後にピリカ。リュックを背負って、少し照れくさそうに笑っている12歳の少年。目の奥には、まっすぐでやさしい光があった。
「できた」
 ミーシャは三枚のスケッチを、やさしくちぎってそれぞれに手渡した。
「ほんの少しの時間だったけど、君たちの心が、ちゃんと描けたと思う。君たちに会えてよかったよ。これは僕からの“ありがとう”だよ」
「すごい……」
 ピリカは、自分の似顔絵をじっと見つめた。いつもの自分よりちょっと勇ましくて、ちょっと大人びて見える。
「それ、飾っていい?」
「もちろん」
 ソルは丁寧に受け取る。モフルはくんくんと絵を嗅いでから、満足そうにふにゃりと笑った。
「スケッチって、写真よりもあったかいね」
 ピリカがぽつりとつぶやく。
 ミーシャはうれしそうにうなずいた。
「絵って、線のすきまに気持ちが宿るんだ。だから、描く側があたたかい心を持っていれば、ちゃんと届く。宅配と、ちょっと似てるかもしれないね」
 ピリカの胸の奥が、じんわりと熱くなった。自分たちが届けてきた「もの」や「想い」と、ルカがこの瞬間に届けてくれた「絵」が、たしかに同じ場所にあった。
「ありがとう。ミーシャさん」
「こちらこそ、ありがとう」


 ミズホ号に戻る頃には、空がほんのりピンク色に染まりかけていた。スケッチは、それぞれの手の中に、静かに大切におさめられている。
 帰り道、ミズホ号へ戻る途中、ピリカはぽつりとつぶやいた。
「“またね”って、言葉の宅配かもね」
「そうかも、しれないですね」
 ソルがうなずいた。
「心をつなぐものは、文字や絵だけじゃない。想いそのものだから」
「……でも、おなかはすく」
 モフルがすかさず言い、皆で笑った。
 やがてミズホ号は静かに宙へと舞い上がる。地上に残ったアトリエの窓からは、ミーシャが空を見上げて手を振っていた。
「届けてよかったね」
「うん。大切な“ふたりのページ”の続きを描く、その始まりだね」
 ミズホ号は星を離れ、次の届け先へと舵を切る。



 ミズホ号の航行記録に、新たなログが刻まれる。
《配達完了:スケッチブック(ふたりの約束つき)》
 想いは絵になり、今度は僕らが受け取った番でした。ミズホ号、思い出をひとつ増やして次の旅路へ――。
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