星屑宅配便 ~あったかいもの、お届けします~

真田奈依

文字の大きさ
13 / 40

13 影のない星のやすらぎ便

しおりを挟む
 ミズホ号が降り立ったのは、影のない星〈イルル〉。
 この星には、太陽のような光を放つ無数の発光鉱石が地面や空に浮かび、すべてを均等に照らしていた。
「どこを見ても、まぶしいくらい明るいな。…おれ、ちょっと目がちかちかするぞ」
 もふもふのAI・モフルが目を細める。
「でも、不思議だね。光があるのに、影がひとつもない」
 ピリカは足元を見つめた。自分の影も、モフルの影も、ソルの影も、どこにもない。
 ロボットのソルがデータを確認する。
「この星では、光が四方八方から、当たるため、どこにも、陰ができないのです。つまり、“陰影”、というものが、存在しません」


 迎えにきた住人たちは、礼儀正しく、静かだが、どこか張りつめた雰囲気だった。
 届け物の内容は、依頼主の〈メッセンジャー・カナタ〉から託された“キャンドルセット”と“焚き火映像ディスク”。
「やすらぎ便、配達完了!」
 ピリカが箱を開けると、蜜蠟の手作りキャンドルがずらりと並んでいた。
 住人の長老が、不思議そうに尋ねる。
「これは……光でしょうか?」
「はい、でも“あかるさ”だけじゃないんです。これには“ゆらぎ”があります」
ピリカはキャンドルに火を灯す。小さな炎が、ゆらゆらと揺れた。
住人たちは初めて見る“ゆれる光”に、思わず息を呑んだ。

 その夜、中央広場に映し出されたのは、大きな焚き火の映像。
 薪がはぜる音。ほのかな赤。影のうつろい。
「わたしたちは、ただ明るければ安心だと思っていた。でも、影がないと…何かが足りない気がしていた」
 ひとりの若者が、映像に映る“炎の影”をじっと見つめてつぶやいた。
「そうだな。おれたちは、影があるからこそ、あかりの意味がわかるんだな」
 モフルが自分の影を見て、鼻をひくひく動かした。

 ピリカは、ゆらゆら揺れる焚き火の前で、ふと両親の記憶を思い出した。
 かつて、家の裏庭で見た小さな焚き火。あのとき自分の影が、ゆっくり揺れていたことを。
「……なんだか、やすらぐね」
 ピリカの頬が少し紅く染まる。
「ピリカ、焼き芋が、できました」
 ソルが得意げに差し出す。
 モフルは「うぉー!いいにおいだ!」と叫んで、ぴょんと跳ねた。

〈イルル〉の広場には小さな影が生まれた。
 キャンドルの炎の数だけ、影も揺れて、住人たちの顔にも笑顔の陰影ができていた。



《配達完了:ゆらぎ(あたたかい光つき)》
 まぶしいだけじゃ、見えないものがある。あかりと影は、いっしょに届く。





________________________________________

〈メッセンジャー・カナタの物語:ぬくもりは、光よりも深く〉

 その星は、光はあっても影がない。
 いつも一定に照らされた世界は、一見すると安全で整っていた。
 でも、影がない世界では、「あたたかさ」も「やすらぎ」も、どこか希薄だった。
 星の人々は心のどこかで気づいていた。
 照明の光はすべてを明るくはしてくれるけれど、心まで照らすことはできない、と。
 そんなある日、その星を訪れた旅のメッセンジャー──カナタ。
 彼は、静かな宿に一晩だけ滞在したあと、星の広場にぽつりと立ち、周囲を見渡していた。
「ここには、闇がない。だから“ぬくもり”も、育たないのかもしれないな」
 カナタは、その星の住人と深く話すことはなかった。
 けれど、人々の目にはいつも、どこか醒めたような寂しさが宿っていた。
 彼は思い出す。
 幼いころ、寒い夜に父が小さなキャンドルに火を灯してくれたこと。
 家族で焚き火を囲んで、パチパチと音を聞きながらマシュマロを焼いたこと。
 その光景は、単なる「明かり」ではなかった。
 影をともなう、ぬくもりのある光だった。
「影は、ただの暗闇じゃない。光に寄り添って初めて、生まれるものなんだ」
 だからカナタは、あの星に向けて贈ることにしたのだ。

 • 小さな“キャンドルセット”──それは、明るすぎない光。
 そっと人の心に火を灯すような、やわらかな明かり。
 • 焚き火映像ディスク──燃える炎の音とゆらぎ。
 それを見ながら過ごすひとときが、誰かと語り合ったり、自分と向き合ったりする時間を生んでくれる。
「君たちの星に、“影”が生まれることはないかもしれない。でも、やすらぎを知ることは、きっとできる」
 それが、彼の想いだった。
 だから荷物の送り状には、そっとこう書かれていた。
「光ではなく、ゆらぎを届けます」
 ―── メッセンジャー・カナタ
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

君を探す物語~転生したお姫様は王子様に気づかない

あきた
恋愛
昔からずっと探していた王子と姫のロマンス物語。 タイトルが思い出せずにどの本だったのかを毎日探し続ける朔(さく)。 図書委員を押し付けられた朔(さく)は同じく図書委員で学校一のモテ男、橘(たちばな)と過ごすことになる。 実は朔の探していた『お話』は、朔の前世で、現世に転生していたのだった。 同じく転生したのに、朔に全く気付いて貰えない、元王子の橘は困惑する。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

【短編】淫紋を付けられたただのモブです~なぜか魔王に溺愛されて~

双真満月
恋愛
不憫なメイドと、彼女を溺愛する魔王の話(短編)。 なんちゃってファンタジー、タイトルに反してシリアスです。 ※小説家になろうでも掲載中。 ※一万文字ちょっとの短編、メイド視点と魔王視点両方あり。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

処理中です...