星屑宅配便 ~あったかいもの、お届けします~

真田奈依

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14 約束のしおり

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 ミズホ号が降り立ったのは、読書の星――〈フォルノ〉星。小さな湖のそば。
 星全体が静かな図書館のようで、本棚の家に住む人たちは、本を読んだり書いたりして暮らしている。
 今回の配達は、一通の封筒だった。
 宛名は、「タカト・ミンツ様」。依頼主は……サクラという名前の少女だった。

 宛先の家は、小さな本棚のような外観で、扉には「貸出中」と手書きの札がぶら下がっていた。
 ピリカが呼び鈴を押すと、ひょっこり顔を出したのは、白髪混じりのおじいさんだった。
「やあ、君が配達員かね? ミズホ号の……えーっと……」
「ピリカです! 宇宙宅配員!」
「おお、ピリカ君。ようこそ。さて、なんの配達だろう?」
 ピリカは封筒を手渡した。
「これは、“サクラ”さんから。お届け物です」
 タカトは封筒を見つめたまま、しばらく何も言わなかった。

 やがて静かに、椅子に腰を下ろし
 タカトの目元がふるえて、笑った。

「……わたしが昔、読み聞かせをしていた子だよ。小さくて、おしゃべりでね……。
 遠くの星に行ってしまったが、いつも“また読みに来る”って言っていた」
 ピリカは問いかけた。
「会えなくても、やくそくって、届くんですね?」
「届くとも。忘れない限り、それはここに――」
 タカトは胸を軽く叩いた。
「ここにちゃんとある。だから、“とどけもの”っていいね。モノじゃなくて、思い出も運んでくれる」

 その日の夕方、ピリカは帰る前に、タカトに言った。
「ぼくも、やくそくします。また来ます。今度は、絵本を読む時間をいっしょに」
「……ほんとかね?」
「はい。今のは、届けた“やくそく”ですから」
 タカトは目を細め、笑った。
「じゃあそのときは、君にもあの絵本を読んであげよう。『空をわたる花びら号』って、星を旅する本なんだよ。君にぴったりだ」
 ピリカの胸が、ふわっとあたたかくなった。



 航行ログ
《配達完了:しおり(小さなやくそく込み)
 ミズホ号、フォルノ星より離陸。次の星でも、何かがきっと芽吹く───



________________________________________

《後日談:空に咲くサクラ》

 フォルノ星の夕暮れは、本のページをめくるように静かに訪れる。
 ミズホ号の軌道調整のためにしばし星に滞在することになったピリカたちは、タカトの家に招かれていた。
 タカトは湯気の立つカップを差し出しながら、ぽつりと呟いた。
「きみにサクラの話を、少ししてもいいかな。ほら、このあいだ、届けてくれた“しおり”の……」
 ピリカは目を輝かせてうなずいた。
 ソルも椅子に腰を下ろし、モフルは足元で丸くなって耳をぴくりと動かした。

「じゃあ、昔ばなしだ。ここより、もう少し南の森に、“スピカのこども図書館”というちいさな分館があってね。私はそこで月に一度、“読み聞かせのおじさん”として通っていたんだ」
「読み聞かせ?」とソルが訊ねた。
「そう、物語を声に出して読むのさ。ページの向こうに広がる世界を、いっしょに旅するような時間だったよ。
 サクラに出会ったのは、そのときだった。まだ6歳くらいだったかな。小さくて、でも声が大きくてな。最初に読んだのは――」
 タカトはゆっくりと記憶をたどる。
「『空をわたる花びら号』。まさに、星を旅する物語さ。
 サクラはすぐにその物語を好きになって、何度も何度も読んでくれってせがんできた。
“花びら号に乗って、どこに行きたい?”って訊くと、彼女はね、“宇宙に咲く花をぜんぶ見に行きたい!”って笑うんだ」
 モフルがくぅんと鼻を鳴らす。
「……しばらくして、サクラは引っ越すことになって、図書館に来られなくなった。
 でも最後に来た日、彼女は小さな紙片をくれた。そこには、幼い字で“やくそく”って書いてあって、裏にね、花びら号の絵があった」
「それって……」とピリカが口を開いた。
「そう、今回きみが届けてくれたしおりと、まったく同じ絵だった。大人になっても、忘れてなかったんだなあ……って思ったら、胸がいっぱいになってしまってね」
 タカトはカップを両手で包むように持って、静かに続けた。
「人は、やがて年を重ねて、手放すものも増える。でもな、誰かと交わした“やくそく”は、不思議と残る。
 紙のしおりは古びても、その想いは……」
「光のように、届くんですね」とピリカが言った。
 タカトはゆっくりうなずいた。
「うむ。そう、まさにそれだよ。
 だから、届けてくれてありがとう。ピリカ君。君がこの星に降りてきたとき、わたしはちょっとだけ、“花びら号”が本当に来たのかと思った」
 ソルは静かに笑って言った。
「じゃあ今、あなたの家には“ふたつの船”が来ているんですね。一つは物語の中の、もう一つは本物の――ミズホ号」
「その通りだ。きみたちは、“本物の物語”を運んでくるんだよ」

 星の夜が、窓の外にゆっくりと降りてくる。
 モフルが低く「ワン」と鳴いた。
 タカトは笑った。「まったく、ほんとに花びら号に似てるな。君は船長の犬かい?」
「おれは高機能生体アシスタント型第12号、愛称モフルだ!」
「家族です!」とピリカが元気に言った。
 みんなが笑ったあと、また静かに、時間が流れていった。
その沈黙さえ、やさしく、穏やかだった。



 航行ログ(追記)
《追加記録:フォルノ星にて、“空をわたる花びら号”の記憶を回収。届け物はしおりと、再び芽吹いた想い。ミズホ号、次の目的地へ準備中——》
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