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15 夢が見られない星の「まくら便」
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宇宙の片隅に、〈ノヴァリス星〉という小さな星があった。
そこに住む人々は、かつては色とりどりの夢を見ていた。
けれど今、その星では誰も夢を見られなくなっていた。
眠ってもただの暗闇。
目覚めたとき、心は乾いたまま。
機械都市〈ノヴァリス〉。コンクリートと蒸気が立ちのぼる、無機質な星。
そんな星へ、ピリカたちは“まくら便”を届けることになった。
「この枕、特製なんだって!」
ピリカは、丁寧に荷物を抱えてタラップを降りる。
「“眠ることのよろこび”を、もう一度思い出してもらえるようにって、作った人からの依頼なの」
「なんかいい話っぽいぞ」モフルが鼻を鳴らす。「おれにも似合いそうな気がするな、この夢枕」
「ワタシは、眠りませんが、夢の構造は、記録しています」
ソルが背後でカクカクついてくる。
ノヴァリスの夜は、不思議なほど静かだった。
空はどこか冷たい。
夢が見られなくなって久しいこの星に、ひとりの青年が暮らしていた。
名をルアという。
モフルがくんくんと鼻を動かして、目を細めた。
「……この人、ちょっと“懐かしい匂い”がする。おれのセンサーが反応してる」
「ワタシにも、データはあります。これは、さかさまの星、〈ウプサラ〉の、“記憶を呼び起こす成分”、の組み合わせ……」
「〈ウプサラ〉は俺の故郷だよ。妹がいる」
「ねえピリカ。この人って、前に手紙を届けた子のアニキだ」
「君たちが手紙を届けてくれたの?」
「はい。まっすぐ届きましたよ」
「よかった。ありがとう」
「妹は元気だったかな」
「お兄さんの、手紙を、よろこんで、ました」
「この枕が、夢を見せてくれるかもしれませんよ」
宇宙宅配員ピリカは、やさしい香りの詰まった枕を手渡しながら言う。
「俺、なんで夢が見れなくなったのかな?」
「たぶん、さびしさとか、こわいこととかが重なっちゃうと……夢の入り口が閉まっちゃうのかも」
「この枕が、開けてくれるかな?」
「はい。差出人の人は、『心の奥に灯りがともるように』って、この中に香りのビーズを入れてくれたんです」
やさしいハーブと、遠くの木の香り。
「夢なんて、ずっと見てないけど……」
ルアは目を伏せ、すこし笑った。
「いいから試してみろって」
モフルがもふもふの前足で背中を押し、「香りも、わるくねえぞ」と付け加えた。
その夜、ルアは部屋の灯りを落とし、その枕に頭を預けて目を閉じた。
まどろむ視界に、さかさまの世界にあたたかな光が差す。
木漏れ日がふるリビング。
風が、薄いカーテンをふわりと揺らしている。
ルアはソファに腰かけて新聞を読んでいた。
その隣で、銀髪の少女がぺたんと座って何かを描いている。
「キャス……」
自然にその名が唇にのぼる。
少女は顔を上げる。
「あ、お兄ちゃん。今日の夜ごはんはオムライスだよ。ちゃんとケチャップで顔描いてね」
「えー、前回は変なクマだったろ? あれ、食べにくかったんだよ」
「今度はうさぎにするから!」
ルアはふっと笑って、キッチンに目を向ける。
そこには、エプロン姿のもう一人のキャス。
少し大人びて、頼もしく、でも昔と変わらない優しい笑顔のまま。
「あ、お兄ちゃん、お皿お願い。サラダもできたよ」
「はいはい、まかせて」
いつのまにか、身体が動いていた。
白い皿に乗った黄色いオムライス。赤いケチャップで描かれたうさぎの顔。緑色のサラダ。
ああ、こんな毎日があったらいいな――
目が覚めることなんて、忘れてしまいそうだ。
けれど夢の中のキャスが、ぽつりとつぶやく。
「またね、お兄ちゃん。夢で逢えるよ」
朝が来た。
ルアは、静かに目を開けた。
そのまましばらく天井を見つめていた。
胸の奥が、じんわりとあたたかい。
「……ありがとう」
そう呟くと、彼はそっと枕に手を置いた。
ミズホ号の出発前、ピリカたちがふり返ると、彼はしっかりと手を振っていた。
「夢を見たよ。遠く離れている妹に夢で逢った」
「妹さんに、またお手紙書いてみてはどうですか?」
ピリカが声をかけると、ルアは照れたように、でもうなずいた。
「そうだな。夢の話でもしてみようかな――“うさぎのオムライス”のこととか」
《配達完了:まくら(やさしい香りつき)》
夢の中で、ほんとうに逢えることがある。
そこに住む人々は、かつては色とりどりの夢を見ていた。
けれど今、その星では誰も夢を見られなくなっていた。
眠ってもただの暗闇。
目覚めたとき、心は乾いたまま。
機械都市〈ノヴァリス〉。コンクリートと蒸気が立ちのぼる、無機質な星。
そんな星へ、ピリカたちは“まくら便”を届けることになった。
「この枕、特製なんだって!」
ピリカは、丁寧に荷物を抱えてタラップを降りる。
「“眠ることのよろこび”を、もう一度思い出してもらえるようにって、作った人からの依頼なの」
「なんかいい話っぽいぞ」モフルが鼻を鳴らす。「おれにも似合いそうな気がするな、この夢枕」
「ワタシは、眠りませんが、夢の構造は、記録しています」
ソルが背後でカクカクついてくる。
ノヴァリスの夜は、不思議なほど静かだった。
空はどこか冷たい。
夢が見られなくなって久しいこの星に、ひとりの青年が暮らしていた。
名をルアという。
モフルがくんくんと鼻を動かして、目を細めた。
「……この人、ちょっと“懐かしい匂い”がする。おれのセンサーが反応してる」
「ワタシにも、データはあります。これは、さかさまの星、〈ウプサラ〉の、“記憶を呼び起こす成分”、の組み合わせ……」
「〈ウプサラ〉は俺の故郷だよ。妹がいる」
「ねえピリカ。この人って、前に手紙を届けた子のアニキだ」
「君たちが手紙を届けてくれたの?」
「はい。まっすぐ届きましたよ」
「よかった。ありがとう」
「妹は元気だったかな」
「お兄さんの、手紙を、よろこんで、ました」
「この枕が、夢を見せてくれるかもしれませんよ」
宇宙宅配員ピリカは、やさしい香りの詰まった枕を手渡しながら言う。
「俺、なんで夢が見れなくなったのかな?」
「たぶん、さびしさとか、こわいこととかが重なっちゃうと……夢の入り口が閉まっちゃうのかも」
「この枕が、開けてくれるかな?」
「はい。差出人の人は、『心の奥に灯りがともるように』って、この中に香りのビーズを入れてくれたんです」
やさしいハーブと、遠くの木の香り。
「夢なんて、ずっと見てないけど……」
ルアは目を伏せ、すこし笑った。
「いいから試してみろって」
モフルがもふもふの前足で背中を押し、「香りも、わるくねえぞ」と付け加えた。
その夜、ルアは部屋の灯りを落とし、その枕に頭を預けて目を閉じた。
まどろむ視界に、さかさまの世界にあたたかな光が差す。
木漏れ日がふるリビング。
風が、薄いカーテンをふわりと揺らしている。
ルアはソファに腰かけて新聞を読んでいた。
その隣で、銀髪の少女がぺたんと座って何かを描いている。
「キャス……」
自然にその名が唇にのぼる。
少女は顔を上げる。
「あ、お兄ちゃん。今日の夜ごはんはオムライスだよ。ちゃんとケチャップで顔描いてね」
「えー、前回は変なクマだったろ? あれ、食べにくかったんだよ」
「今度はうさぎにするから!」
ルアはふっと笑って、キッチンに目を向ける。
そこには、エプロン姿のもう一人のキャス。
少し大人びて、頼もしく、でも昔と変わらない優しい笑顔のまま。
「あ、お兄ちゃん、お皿お願い。サラダもできたよ」
「はいはい、まかせて」
いつのまにか、身体が動いていた。
白い皿に乗った黄色いオムライス。赤いケチャップで描かれたうさぎの顔。緑色のサラダ。
ああ、こんな毎日があったらいいな――
目が覚めることなんて、忘れてしまいそうだ。
けれど夢の中のキャスが、ぽつりとつぶやく。
「またね、お兄ちゃん。夢で逢えるよ」
朝が来た。
ルアは、静かに目を開けた。
そのまましばらく天井を見つめていた。
胸の奥が、じんわりとあたたかい。
「……ありがとう」
そう呟くと、彼はそっと枕に手を置いた。
ミズホ号の出発前、ピリカたちがふり返ると、彼はしっかりと手を振っていた。
「夢を見たよ。遠く離れている妹に夢で逢った」
「妹さんに、またお手紙書いてみてはどうですか?」
ピリカが声をかけると、ルアは照れたように、でもうなずいた。
「そうだな。夢の話でもしてみようかな――“うさぎのオムライス”のこととか」
《配達完了:まくら(やさしい香りつき)》
夢の中で、ほんとうに逢えることがある。
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