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16 宇宙船の危機と、あの日のぬくもり
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ミズホ号、航行中。
目的地へ向かう途中、ナビゲーションが突然ざらついたノイズを発し、軌道計算が乱れる。
「ピリカ、何かおかしいです。重力波の、異常反応を、検出――」
ソルの声が機械的に硬くなる。
「えっ、でもさっきまで正常だったのに…!」
ピリカがコクピットで操縦桿を握り直した。
「おい、見ろ。前方に黒いモヤみたいなのが……!」
宇宙空間に、淡くゆらめく影のような帯が広がっていた。
それは“流星のなれの果て”とも呼ばれる微細隕石雲(ミクロメテオロイド・ベール)。
高速で漂う微粒子が、船体の外殻にじわじわと損傷を与えていく。
「装甲レベル、徐々に低下。避けきれません……!」
「くっ……!」
ピリカは歯を食いしばり、モフルは即座に地図を開いた。
緊急避難可能な星系を――
「ピリカ、前に温泉カプセルを作ってくれた技術者の星、レッカ9番星が近いぞ!」
モフルの声がひときわ大きく響いた。
「決めた、レッカ9に緊急着陸する!」
ミズホ号は緊急モードで突入。船体が微かに震え、警報音が絶えず鳴る。
薄いクラック(ひび割れ)が外部パネルに現れ始めていた。
「耐熱シールド、あと、15分しか、持ちません!」
ソルが叫ぶ。
ピリカは祈るように操縦桿を握った。
「お願い…!あと少しだけでいいから、がんばって…!」
───そして。
緊迫の末、ミズホ号はレッカ9番星の整備ドックに、なんとか着地した。
「ふぃーっ、ふぅ~~っ!間に合った!」
モフルが思わずぺたんと座り込み、もふもふがしぼんだように見えた。
「ピリカ、モフル。ワタシたち、生きています」
船外ハッチがゆっくり開いたその先に、作業服姿の技術者のおばあさんが立っていた。
「こりゃまた…ギリギリだったねぇ。もう少し遅れてたら、船体がパリッと割れてたかもよ」
老技術者のコユキさんは、くしゃっとした笑顔で言いながら、ミズホ号の船体をトントンと叩いた。
その手つきは、まるで長年連れ添った相棒をなだめるようだった。
「すみません、急に寄ってしまって……」
ピリカは少し気まずそうに言う。
「なに言ってんの、ピリカ。あたしゃあんたの顔が見られただけで、今日一日上機嫌さ」
そう言いながら、マサノばあさんはトーチを手に、船体の微細クラックに細やかな溶接を始める。
細くまっすぐな火花が走り、ススっとクラックが消えていく。
「おばあさん、ミズホ号のシールドが重力波でズレたみたいなんだ。対策、あるか?」
「あるともさ。重力波のゆらぎを感知して、シールドを自動補正するナノ膜。ちょうど試作品が一枚あったんだよ」
「試作品……って、またあんたの手作りか?」
モフルが鼻をひくつかせながら聞く。
「手作りが何か悪いかい。工場製より、心がこもってるんだよ」
「ほう……じゃあ、“手作りの焼き芋”と似たようなもんか」
モフルがしみじみ言って、笑いがこぼれる。
「なに言ってんの、焼き芋はね、アルミの包みを開けるときが一番楽しいの。あんたたちも食べな」
そう言って、マサノばあさんは船の影に持ってきていた小さなストーブを開けた。
「来ると思って、温めておいたよ」
パチパチと炭がはぜる音。しっとり甘い香りが、修理の煙の中にふわりと混ざった。
「いい匂い……」
ピリカが思わず、ふっと顔をほころばせる。
「修理はもうすぐ終わるさ。ゆっくり焼き芋食べて、ひと息つきな」
マサノばあさんはそう言いながら、最後の調整ボルトを締めていく。
「この人間、悪くないな」
モフルがぽそっと言った。
「フフ……ありがとう」
コユキばあさんは笑って、モフルの頭をもふもふと撫でた。
修理は無事完了。
焼き芋の甘みと、心を包むようなやり取りが、ピリカたちの次の旅路に小さなぬくもりを残す。
修理を終えたミズホ号は、再びふわりと宇宙に浮かびあがろうとしていた。
重力安定パネルがなめらかに起動し、機体はぴんと張ったような静けさを取り戻している。
「……エネルギー、充填、完了」
ソルの声が淡々と響く。
「航路、再設定した。次の配達先まで、コースに問題なしだ」
モフルも淡々と報告するが、その声の奥にどこか名残惜しさがあった。
タラップの上で、ピリカは最後にもう一度、コユキばあさんを振り返った。
「ありがとう、おばあさん。焼き芋も、修理も……」
ピリカの目に、じんわり光が宿る。
「お安いご用さ。ピリカ、あんたはあんたの旅をするんだよ」
「うん。でも、また来てもいい?」
「もちろんさ。船が軋んだら寄っていきな。焼き芋、いつでも焼いて待ってるよ」
「約束ね!」
ピリカは、にっこりと笑って右手をあげた。
マサノばあさんも、その皺だらけの手を高く掲げて答えた。
「焼き芋が、冷めないうちにね」
そのやり取りに、モフルが「やれやれ」と言いながらも耳をぴくぴくとさせる。
タラップがゆっくりと上がり、ミズホ号のハッチが閉まる。
数秒の静寂のあと、船体は青い光をまとって、音もなく宙に浮かび上がる。
その尾を、マサノばあさんはしばらく見つめていた。
ポケットの中には、ピリカがうっかり忘れていった、小さな焼き芋の皮が一枚。
「まったく、急ぐとロクなことないんだから。――でも、また来るね、あの子は」
宇宙に向かって、再び小さく手を振った。
目的地へ向かう途中、ナビゲーションが突然ざらついたノイズを発し、軌道計算が乱れる。
「ピリカ、何かおかしいです。重力波の、異常反応を、検出――」
ソルの声が機械的に硬くなる。
「えっ、でもさっきまで正常だったのに…!」
ピリカがコクピットで操縦桿を握り直した。
「おい、見ろ。前方に黒いモヤみたいなのが……!」
宇宙空間に、淡くゆらめく影のような帯が広がっていた。
それは“流星のなれの果て”とも呼ばれる微細隕石雲(ミクロメテオロイド・ベール)。
高速で漂う微粒子が、船体の外殻にじわじわと損傷を与えていく。
「装甲レベル、徐々に低下。避けきれません……!」
「くっ……!」
ピリカは歯を食いしばり、モフルは即座に地図を開いた。
緊急避難可能な星系を――
「ピリカ、前に温泉カプセルを作ってくれた技術者の星、レッカ9番星が近いぞ!」
モフルの声がひときわ大きく響いた。
「決めた、レッカ9に緊急着陸する!」
ミズホ号は緊急モードで突入。船体が微かに震え、警報音が絶えず鳴る。
薄いクラック(ひび割れ)が外部パネルに現れ始めていた。
「耐熱シールド、あと、15分しか、持ちません!」
ソルが叫ぶ。
ピリカは祈るように操縦桿を握った。
「お願い…!あと少しだけでいいから、がんばって…!」
───そして。
緊迫の末、ミズホ号はレッカ9番星の整備ドックに、なんとか着地した。
「ふぃーっ、ふぅ~~っ!間に合った!」
モフルが思わずぺたんと座り込み、もふもふがしぼんだように見えた。
「ピリカ、モフル。ワタシたち、生きています」
船外ハッチがゆっくり開いたその先に、作業服姿の技術者のおばあさんが立っていた。
「こりゃまた…ギリギリだったねぇ。もう少し遅れてたら、船体がパリッと割れてたかもよ」
老技術者のコユキさんは、くしゃっとした笑顔で言いながら、ミズホ号の船体をトントンと叩いた。
その手つきは、まるで長年連れ添った相棒をなだめるようだった。
「すみません、急に寄ってしまって……」
ピリカは少し気まずそうに言う。
「なに言ってんの、ピリカ。あたしゃあんたの顔が見られただけで、今日一日上機嫌さ」
そう言いながら、マサノばあさんはトーチを手に、船体の微細クラックに細やかな溶接を始める。
細くまっすぐな火花が走り、ススっとクラックが消えていく。
「おばあさん、ミズホ号のシールドが重力波でズレたみたいなんだ。対策、あるか?」
「あるともさ。重力波のゆらぎを感知して、シールドを自動補正するナノ膜。ちょうど試作品が一枚あったんだよ」
「試作品……って、またあんたの手作りか?」
モフルが鼻をひくつかせながら聞く。
「手作りが何か悪いかい。工場製より、心がこもってるんだよ」
「ほう……じゃあ、“手作りの焼き芋”と似たようなもんか」
モフルがしみじみ言って、笑いがこぼれる。
「なに言ってんの、焼き芋はね、アルミの包みを開けるときが一番楽しいの。あんたたちも食べな」
そう言って、マサノばあさんは船の影に持ってきていた小さなストーブを開けた。
「来ると思って、温めておいたよ」
パチパチと炭がはぜる音。しっとり甘い香りが、修理の煙の中にふわりと混ざった。
「いい匂い……」
ピリカが思わず、ふっと顔をほころばせる。
「修理はもうすぐ終わるさ。ゆっくり焼き芋食べて、ひと息つきな」
マサノばあさんはそう言いながら、最後の調整ボルトを締めていく。
「この人間、悪くないな」
モフルがぽそっと言った。
「フフ……ありがとう」
コユキばあさんは笑って、モフルの頭をもふもふと撫でた。
修理は無事完了。
焼き芋の甘みと、心を包むようなやり取りが、ピリカたちの次の旅路に小さなぬくもりを残す。
修理を終えたミズホ号は、再びふわりと宇宙に浮かびあがろうとしていた。
重力安定パネルがなめらかに起動し、機体はぴんと張ったような静けさを取り戻している。
「……エネルギー、充填、完了」
ソルの声が淡々と響く。
「航路、再設定した。次の配達先まで、コースに問題なしだ」
モフルも淡々と報告するが、その声の奥にどこか名残惜しさがあった。
タラップの上で、ピリカは最後にもう一度、コユキばあさんを振り返った。
「ありがとう、おばあさん。焼き芋も、修理も……」
ピリカの目に、じんわり光が宿る。
「お安いご用さ。ピリカ、あんたはあんたの旅をするんだよ」
「うん。でも、また来てもいい?」
「もちろんさ。船が軋んだら寄っていきな。焼き芋、いつでも焼いて待ってるよ」
「約束ね!」
ピリカは、にっこりと笑って右手をあげた。
マサノばあさんも、その皺だらけの手を高く掲げて答えた。
「焼き芋が、冷めないうちにね」
そのやり取りに、モフルが「やれやれ」と言いながらも耳をぴくぴくとさせる。
タラップがゆっくりと上がり、ミズホ号のハッチが閉まる。
数秒の静寂のあと、船体は青い光をまとって、音もなく宙に浮かび上がる。
その尾を、マサノばあさんはしばらく見つめていた。
ポケットの中には、ピリカがうっかり忘れていった、小さな焼き芋の皮が一枚。
「まったく、急ぐとロクなことないんだから。――でも、また来るね、あの子は」
宇宙に向かって、再び小さく手を振った。
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