星屑宅配便 ~あったかいもの、お届けします~

真田奈依

文字の大きさ
17 / 40

17 豊穣の星の「おすそわけ便」

しおりを挟む
 ミズホ号が降り立ったのは、〈クレマ〉──食べ物がふんだんに育つ、豊穣の星だった。
 この星では、農作物を大切に育てる一族が代々暮らしており、届け物はその一族から「お礼の品」として宇宙の各地に送られる“季節の実り便”だった。
「今回は、〈星ナス〉と〈もふ香柿〉の出荷です」と、星の住人ノイが言った。まだ小さな女の子で、ピリカと同じくらいの年齢。けれど、荷の準備は彼女の役目だった。

 船を降りるなり、ピリカは重たそうなクレート(梱包用の箱)を両腕に抱えて、よろよろとよろけた。
「ピリカ、それは、ワタシが、運びます」
 ソルがすかさず手を差し伸べたが、ピリカは首をふった。
「ううん、大丈夫! これは僕の仕事だから」
「おれもいるんだぞ。おれの背中、見てみろ。荷物乗せるのにちょうどいいだろ?」
 モフルがもふもふの背を見せたが、ピリカはへらっと笑っただけだった。
「ううん、ありがと。でも、僕が届けたいの。ぜんぶ、自分で」

 一歩、また一歩。クレートは重くて、汗が額をつたう。けれど、ピリカはがんばって歩き続けた。
(これは大切な荷物だから。落としたり、壊したりしたら――)
(……僕が、ちゃんと届けなきゃ)
 ピリカの心には、どこか“一人で背負うことが正しい”という思い込みが残っていた。
 だからこそ、誰かに頼ることが、少しだけ苦手だった。
 しかし――───


 積荷を終えたあと、ピリカたちは村の広場で行われる「おすそわけの昼食会」に招かれた。
 陽の光が降りそそぎ、あちらでもこちらでも笑い声があがる。
 どこからか、焼きたてのパンの香りがただよってきた。
「おーい、おなかすいてないか? この焼きかぼちゃパン、甘くてうまいぞ!」
 パン職人のおじさんが笑いながら、ひとかたまりのパンをピリカに差し出す。
「えっ……でも、僕、集荷に来ただけで――」
「よかよか。クレマでは、食べ物も気持ちも“わけあう”のが当たり前さ。遠慮はいらんよ」
 ピリカは、恐る恐るパンを受け取る。かすかに湯気が立ちのぼり、ほんのりと甘い香りが鼻をくすぐった。
 その瞬間――心の奥に、何かあたたかいものがふわりとひらいた。
「“わけあう”って、もらうことじゃないんだ。自分の持ってるものを、誰かと分けること……なんだ」
 つぶやいたピリカの手の中で、焼きかぼちゃのパンがほくほくとやさしいぬくもりを伝えていた。

「なあ、ピリカ。おれの背中に乗ってる、マロングラッセ一緒に食べよーぜ」
 モフルがしっぽをぱたぱたさせながらやってきた。
「ワタシも、お分けできます。よろしければ」
 ソルも紅茶の香りを漂わせながら、小さなカップを差し出した。
 ピリカはうれしそうに笑った。

 星の人々が当たり前のように果物を分け合い、パンをちぎって差し出し、スープの鍋を「みんなで食べよう」と笑う姿を見て、ピリカの心に小さな変化が生まれた。
「うん! じゃあ僕も……。このパン、ちぎってみんなで食べよ!」
 ひとつのしあわせが、三つに分けられたその瞬間、ピリカのなかで、“届けること”と“わけあうこと”が、やさしくつながった。
 そんな“しあわせのカケラ”に触れるまでは、一人っ子だったピリカはまだ、知らなかったのだ。



「これ、ひとつだけちょっと熟れすぎちゃって。荷に入れられないけど……捨てるのもかわいそうで……」
 ノイは恥ずかしそうに差し出した〈もふ香柿〉を見て、ピリカはにっこり笑った。
「じゃあ、それはぼくたちで食べるよ」
 モフルの耳がぴくんと動き、ソルのボディランプが小さく明滅する。
「……それって、ほんとに、いいの?」とノイが聞いた。
「うん。食べものを分けてもらうって、すっごくうれしいことだよ」





 出発後のミズホ号。ピリカはちゃぶ台に、ひとつの果実を三つに分けて並べた。
 ピリカは熟れすぎた部分を自分の分にまわして、ふっとつぶやいた。
「……こうやって、“みんなにどうやってあげよう”って考えるのも、楽しいね」
 その言葉に、ソルは一瞬だけ無音になった後、やさしい声で答えた。
「それはきっと、“誰かと過ごす”ことの、第一歩ですね」
「うん。前は、全部ひとりで抱えてたからさ。……あ、いや、荷物も、おやつもね」
 三人で笑い合うミズホ号の船内。
 ぬくもりを分けあう時間の中、ピリカの中にある“ひとりだった頃の自分”が、すこしずつ遠くなっていく。
 それは、何かを失ったわけではない。
 誰かと一緒にいることで、むしろ“自分が増えていく”ような、そんな不思議な感覚だった。



《集荷完了:〈星ナス〉と〈もふ香柿〉(分けあい済み)》
 誰かと分けあえるものがある。それが、しあわせのはじまり。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

君を探す物語~転生したお姫様は王子様に気づかない

あきた
恋愛
昔からずっと探していた王子と姫のロマンス物語。 タイトルが思い出せずにどの本だったのかを毎日探し続ける朔(さく)。 図書委員を押し付けられた朔(さく)は同じく図書委員で学校一のモテ男、橘(たちばな)と過ごすことになる。 実は朔の探していた『お話』は、朔の前世で、現世に転生していたのだった。 同じく転生したのに、朔に全く気付いて貰えない、元王子の橘は困惑する。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【短編】淫紋を付けられたただのモブです~なぜか魔王に溺愛されて~

双真満月
恋愛
不憫なメイドと、彼女を溺愛する魔王の話(短編)。 なんちゃってファンタジー、タイトルに反してシリアスです。 ※小説家になろうでも掲載中。 ※一万文字ちょっとの短編、メイド視点と魔王視点両方あり。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

処理中です...