星屑宅配便 ~あったかいもの、お届けします~

真田奈依

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19 わすれもの星の「記憶便」

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 ミズホ号が向かったのは、淡いもやに包まれた青緑の星──〈ネモフローラ〉。
 ここは「わすれもの星」と呼ばれていた。
 住人たちは、だれもが少しずつ、大事なことを忘れていく。
 名前や出来事、人とのつながりさえも、気づかぬうちに指のあいだからこぼれ落ちてしまうのだ。

「この星に届けるのは、“においの記録帳”だよ」
 ピリカが抱える荷物には、薄く香りのついた分厚いノートが入っていた。
 開くと、ページごとにラベンダー、パンの焼ける香り、焚き火のにおい……
 それぞれの記憶を呼び戻す“香りのしおり”がついている。

 届け先は、丘の上の小さな家。
 扉を開けたのは、ふしぎな瞳の少女──ミーナだった。
「おばあちゃんが、だんだん私のことを忘れていくの。悲しい」
 ミーナは静かに言った。
 おばあちゃんはやさしい人だった。
 一緒にお菓子を焼いてくれたし、ミーナの髪を結ってくれた。
 でも今は、朝になるたびに「あなた、どちらさま?」とたずねる。

「でもね、これを開くと──」
 ミーナはそっと“においの記録帳”をおばあちゃんに差し出した。
 そのページには、パン生地のにおいと、勿忘草わすれなぐさの押し花が挟まれていた。
 ふわりと広がる、あまい香り。
「……あら、これは……」
 おばあちゃんの瞳がゆっくりゆれて、小さく笑った。
「ミーナ……ね? 一緒にパンをこねた……あの朝の……」
「そう、覚えてる? うれしい……」
 少女の目に、涙が浮かぶ。

 庭に咲いていた勿忘草わすれなぐさは、昔、おばあちゃんが“名前を忘れないおまじない”として植えた花だった。
 風にゆれて、青い小さな花が、ささやくように咲いていた。

 別れ際、ミーナは、勿忘草の花束を手渡してくれた。
「ありがとう。ピリカちゃんたちが来てくれて、本当によかった」
「こちらこそ。忘れたくない日が、またひとつふえたよ」
「わたしも忘れない」



 その夜、ピリカはミズホ号のちゃぶ台でメモを取っていた。
「“忘れられる”ってさびしい。でも、“思い出せる”って、うれしいね」
「記憶って、不思議な、ものですね」とソルが静かに言った。
「おれはもう、熱帯星〈ルチア〉の苦しみは忘れたいぞ……」とモフル。
 ピリカはひとこと、ノートに書き記した。
〔香りは、思い出を連れてくる。〕



《配達完了:記憶(においとともに呼び戻す)》
 今日も、届けてきました。だいじな想いと、ちいさなぬくもりを。
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